正義はいつ実現されるべきか―― 再審と抗告制度、失われた時間のはざまで
「たとえ10人の真犯人を逃すとも、1人の無辜(むこ)を罰することなかれ」
これは、ドラマ『アンチヒーロー』の中で緑川検事(木村佳乃)が語ったセリフです。
この言葉は、18世紀のイギリスの法学者ウィリアム・ブラックストンの言葉に由来し、刑事司法の大原則である無辜の推定**を象徴しています。
正義を貫く立場にあるはずの検察官が、こうした言葉を口にすることに私たちはある種の痛みと希望を同時に感じます。
なぜなら現実の司法では、その“1人の無辜”が裁かれてしまう場面を、私たちはあまりにも多く目にしてきたからです。
「時間より正義が優先されるべき」――高井康行弁護士の発言
福井の再審無罪判決に関連して、NHK『クローズアップ現代』に出演した元検察官・高井康行弁護士はこう語りました。
>「時間より正義が優先されるべきだ」
この発言は、検察による再審開始決定への抗告権が再審の長期化を招いているとの批判を受けて語られたものです。
高井氏の主張は、再審制度の中立性を保つためには検察側にも抗告権が必要だという、制度的バランスの視点からのものです。
それでも残る「時間の喪失」という代償
無罪が確定するまでに奪われた、30年という月日は、いったい誰がどう取り戻すのか?
検察の抗告によって再審の確定が何年も遅れる構造は、制度の正義を守る一方で、「人生の正義」を著しく損なう可能性があります。
この「制度」と「人生」のズレこそ、再審制度が抱える最大の課題です。
ドラマのセリフが心に残るのは、それがまだ現実には“理想”だからです。
しかし、だからこそ現実を少しでもその理想に近づける努力が必要です。
再審制度の改善に向けた提案
・再審開始決定への抗告を制限する
・再審請求の審理に明確な期限を設ける
・科学的証拠や新証拠の評価基準を明文化する
これらは制度改革の一歩に過ぎませんが、冤罪による人生の喪失を減らすための現実的な方向性になり得ます。
終わりに ― 正義は誰のためにあるのか?
正義は「制度」と「人間」のあいだに存在します。
その揺らぎと向き合い続けることこそが、私たち一人ひとりにとっての正義の出発点なのかもしれません。
> 今日はもう1本、「思想は誰に届くのか―吉本隆明と柄谷行人の比較から考える」 も投稿しています。
一見まったく違うテーマに見えますが、どちらも「人間にとって正義や思想はどのように届くべきか」という問いにつながっています。
よろしければ、あわせてお読みいただければ幸いです。
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