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⚪️掌編小説|蜜柑堂書店 第七話

第六話からの続き

 誰かが大声で「お兄ちゃーん」と叫んでいる。

***

 大口顧客への配送準備に手間取り定時を少し過ぎてしまった。

 という訳で、初めての残業は色々思うところがそれはそれでありはするのだけれど、一先ず、残業とは店を出た時のいつもと違う空の色だとか、ようやく見慣れてきた駅までの道すがら、その風景に漂う微細だけれど見逃せない本日限りの違和感として顕在化する何物かだと言っておきたい。

「お兄ちゃん、遅いじゃん、今帰り?」

 ビックリした。叫んでいたのはルナちゃんだった。

***

 自分で言わせておいて何だけれど、外での「お兄ちゃん」呼びはかなり恥ずかしい。しかし、それを言おうものならこの子は絶対「おじさん」に戻してくるだろう。仕方ない。ここはスルーだ。

 学校帰りなのかルナちゃんは制服姿で、学校指定のボストンバッグとギターケースをそれぞれ肩から斜め掛けしている。まるで重装備の兵士みたいだ。

 しかも右手にはファミチキ、左手にはポークフランクを持っている。どちらも半分ほどなくなっているから交互に齧っているに違いない。完全に食いしん坊の食べ方じゃないか。

「珍しいね、残業?」

 ヌラヌラの唇でルナちゃんが言う。
 ぼくはポケットからハンカチを出した。

「これ綺麗だから使って良いよ、一回も使ってないから。口のまわり拭きな?」

 ルナちゃんは右手のファミチキを見て、それから左手のポークフランクを見て、最後に「はい」と言って顎を突き出した。顎というか、顔を。

***

 拭いた。

***

「ところで、お兄ちゃん、小説書いてるんでしょ?」
「え?」
「蜜柑さんが言ってた」

 蜜柑さんがぼくの話をルナちゃんにしていたことに驚いたのか、それともルナちゃんがぼくの「蜜柑さん」呼びを採用していることに驚いたのか。

 ぼくは頭が混線しがちなので応答がいつもワンテンポ遅れてしまう。

「書いているというか、いないというか、書いていなくもないけど……」
「あたしが書いた歌詞、読んでみてよ」
「歌詞、書くの?」
「うん。上着のポケットに紙切れあるから取って」
「え、ぼくが?」
「だって、ほら」

 困った子だ。

***

 ルナちゃんは「じゃあいつでも良いから感想聞かせてよね」と言って走り去った。ギターケースとボストンバッグの真ん中でポニーテールが揺れる。

 ぼくはルナポケから引きずり出した紙切れを手に持っている。四つ折りに畳んであるそれを開くと思いのほか雑な走り書きだったので笑ってしまった。

 雑ではあるけれど、でも汚くはない。乱れてもいない。上手いかと言ったら上手くはない。そういう字だ。世の中には整った雑さというものが存在することをぼくはこのとき初めて知った。

 ともあれ。それはこういう詞だ。

メモリーオブゴールド

【Aメロ】
「海岸駅」のベンチで
いくつもの電車を見送って
太陽をたっぷり吸い込んだ海が
光を空に返そうとしてる

【Bメロ】
まだ熱い頬
ほどけてく想い
影だけが少しのびた

【サビ】
キミの名前を叫ぶたび
胸の奥が光る
離れても消えない
ふたりだけの空

【Aメロ】
お揃いのピアスを開けて
永遠より長い時を過ごした
ふたり同じ周期を生きるため
月と金色の五芒星に祈る

【Bメロ】
笑うと揺れる前髪
何度も指にふれて
唇は冷んやりとして

【サビ】
キミの名前を叫ぶたび
胸の奥が光る
離れても消えない
ふたりだけの空

【Cメロ】
反対側のホームで
振り向いて消えた横顔
また会えるなら
この場所から始めよう

【ラスサビ】
キミの名前を叫ぶたび
胸の奥が光る
離れても消えない
ふたりだけの空

 これは彼女に対する雑なラベリング「食いしん坊の女子高生パンクロッカー」を撤回する必要がありそうだぞと、ぼくは本気でそう思った。

第八話に続く)


*見出し画像は@羽さんの作品です。
*関連エピソード:第五話


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