⚪️掌編小説|蜜柑堂書店 第八話
第七話からの続き
目の前に、蜜柑さんの椅子がある。
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蜜柑さんが昼時、一、二時間ほど外出する際はぼくが店番をする。
店番と言っても、その間は何故か来客がぱったり途絶えてしまうので、それを本当に店番と呼べるかどうかは疑わしい。
けれども、とにかく、番はする。
店の奥にある半開放の執務室が会計カウンターを兼ねており、店番のときはそこに自分の椅子を持ち込んで座ることにしているのだが、今日、そんな様子をついに見兼ねたのか、蜜柑さんがわたしの椅子を使えば良いのにと言ってくれたのだ。
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椅子には小さなクッションというか、白い花柄の座布団がふわっと乗っかっている。ほんのつい直前まで蜜柑さんが座っていた座布団である。
そこにはまだ蜜柑さんの温もりがあるはずだ。
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谷崎なら布地の質感を撫でて確かめたり、頬を寄せたり、匂いを嗅ぐに違いない。
それどころか、座布団を恭しく持ち上げ、抱きしめてみたり、あるいは机の上に乗せてまじまじと眺め、生地のシワの寄り方や、そこに糸屑などの付着物がないかと微に入り細を穿って観察するだろう。
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乱歩なら躊躇わず顔を埋める。
あるいは懐からルーペなどの探偵道具を取り出し、そこに何やら事件性などを仮説して、これはあくまで捜査なのだと呟いたりするかもしれない。
その上で、結局顔を埋めるだろう。
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川端はどうか。
多分ひたすら待つ。
温もりが消えかかるその瞬間を待って、そっと手をかざし、触れない。あくまで触れずに「ああ、ここには先刻まで確かにあの女の尻が在った」などと言いながら掌を団扇にしてそよそよと匂いの痕跡を嗅ぐかもしれない。
だが、すべては既に失われている。
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三島ならこうだ。座布団を椅子ごと回転させ、つまり椅子全体と自分とが正対する配置を作り、一呼吸してからそれに最敬礼する。
その上で、その椅子に座り、背もたれにゆっくりと体を預けながら、全身にその感触を確かめ、最後にブルブルッと身震いする。そんな気がする。
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芥川は、とりあえず分析するに違いない。
最初は座るか座らないか、そんなことを考えている。ところが、いつの間にか、単なる座布団でしかないものと、そこに座ろうとして躊躇している自己の距離を測ろうとして深みにはまっていく。腕組みなどして、また頬杖なんかついちゃったりして。
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漱石は時間を稼ぐ。
新聞を開いて読むふりをしたり、胃が悪いくせに珈琲を淹れたりして、でも結局飲まない。
半刻ほど過ぎたあたりで、ようやく座布団をまじまじと眺め、それを右端に寄せてみたり、斜めにしてみたり、そうやってミリ単位で配置を検分したりはするものの、最終的にはひっくり返して裏面に座るのではないか。
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太宰は座布団には座れまい。
座布団を持ち上げて、椅子に座る。そこでふと手に持った座布団の置き場所に困り,何を思ったか自分の膝に乗せてしまう。明らかにそういうタイプだ。そして当然、自己嫌悪に陥る。
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安吾は、そうだな、座布団を床に叩きつけて、一度踏んづけそうだ。そうやっておいてから表面の埃をぱたぱたと叩き、何食わぬ顔で元に戻すとそこにどっかと座るのだろう。頼むからやめてくれ。
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志賀直哉は普通に座る。
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ぼくは結局、自分の椅子を持って来てそこに座った。
(第九話に続く)
*見出し画像は@羽さんの作品です。
