芸人ごっこ 第1話 (創作大賞エンタメ原作部門)
あらすじ
2000年、大学4年生の伴は高校、大学の同級生の細井から突然お笑い芸人にならないかとの誘いを受けた。
彼女との結婚に向けて就職の内定が決まっていた伴だったが、細井の熱い誘いを受けて芸人になることを決める。
深い思慮なく勢いだけで飛び込んだお笑いの世界は、入るのは簡単でそこで勝ち抜くのが大変な世界だった。
若者特有のモラトリアム期と徐々に押し寄せてくる現実や世間との乖離、挫折と栄光の向かう先は一体どこなのか…夢が叶った者がいる限り、必ず夢破れて挫折した者もいる。
この物語は成功者の話ではない。これは夢破れた者達の挫折とその後に見る景色や仲間との絆を描いた物語である。
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2000年6月、大学4年生の私のもとに手紙が届いた。
それは関東を中心に展開しているスーパーマーケットチェーンを運営する会社から、受けていた就職試験が最終面接に進んだことを告げる手紙だった。
世間では就職氷河期と言われ、皆が大学3年生になったばかりの頃から競うように就職活動をする中、夏休みに出た宿題を8月31日までやらない小学生のように、私は大学3年の終わりまで就職活動を全く行わなかった。
めんどくさい事を後回しにしていたのもあるが、就職活動を行わないのは人生の目標を達成してしまって脱け殻のような精神状態にあったことも原因だった。
私は子供の頃から両親に大学だけはいって欲しいと言われていた。
父は北海道の富良野で6人兄弟の末っ子に生まれて、高校をケンカで中退、どこまで本当かはわからないが、20歳くらいのときに反社会的勢力から他人を助けるために揉め事を起こし、地元にいることが出来なくなったため、東京の自衛隊に逃げるように入隊して、そこで何年か真面目に働いて自衛隊の紹介で特殊法人、今でいう独立行政法人に就職をしたとのことだった。
通常、自衛隊は国を守りたい志を持つ人が入隊するものだが、父の場合は反社会的勢力から自分を守ってもらいたくて入隊したらしい。
父が就職した独立行政法人は本来、中卒の父が入れるような会社ではなかったが、自衛隊での真面目な働きぶりと運転技術が認められて、法人の幹部などの運転手として働く総務部採用として自衛隊の紹介で就職したのだった。
父は自衛隊にも会社にも感謝していたが、何年たっても出世できない自分に対して、大卒で入社した人間達がほんの数年で自分より役職が上になるのを見て、息子には絶対に大学にいって欲しいと思うようになった。
母は4人兄弟の2番目に生まれた。
兄弟は1番上は男、2番目は母、3番目は男、4番目は女だった。
60年前、母が子供の頃の世の中の考え方としては、男は学歴が必要だが、女は結婚して家に入るので特に学歴は必要ないというのが一般的だった。
それでも勉強が好きだった母は大学にいきたかったが、祖父に男2人の大学の学費は出すが、女はどちらか1人分の学費しか出せないと言われ、可愛がっていた妹に譲るために進学を諦めた。
そんな2人の子供として生まれた私は小学生の頃から週に6日、進学塾と公文に通わされていた。
放課後、皆がクラブ活動や公園で遊んでいるのを横目に見ながら私は毎日習い事に通っていた。
皆は遊んでいるのになぜ自分だけ毎日習い事をしなければならないのかと両親に聞くと、毎回、お前は大学に行かなければならないから習い事をするんだという答えが帰ってきた。
そしていつもその後に、大学にさえ行けばあとは何をしてもいいから大学だけはいって欲しいと言われていた。
そんな大学に特別な思いを抱く両親から、ことあるごとに大学にだけはいって欲しいと言われるうちに、私の中でも人生の最終目標が大学にいくことになっていた。
本来、大学とは仕事であったり、勉学であったり、人生の目標を達成するための学びをしにいく所であるのに、大学に行くこと自体が人生の目標になってしまうのは本末転倒である。
そのあたりは、本来、国を守りたいと思う人間が入る自衛隊に、反社会的勢力から自分を守って欲しいと思って入隊した父の息子であるから血筋は争えないと言えるのかもしれない。
小学生の頃から週に6日も習い事に通ったのにもかかわらず、私が入った大学はいわゆる3流と言われる大学だった。
地頭があまり良くないのに加えて、持って生まれた怠け者な気質が私を3流大学に誘った。
私は高校受験の時に両親から大学の附属高校を受けるように言われていた。
正直、偏差値的には2流の大学の附属には行ける偏差値だったが、自分がギリギリ行ける高校に行って毎日苦労するならば、3流の附属にいって少しでも楽をしたいという思いで3流の附属しか受験しなかった。
両親には、附属高校といっても全員が大学に進学できるわけではないから、2流の附属にいって大学に行けなくなるよりは3流の附属にいって確実に大学に行きたいという、3流への熱い想いを語ることにより賛同を得た。
両親はむしろ、そこまで大学に行きたいと思ってるのかと感心していた。
目論み通りあまり努力をしなくても附属高校から大学に進学できたのにもかかわらず、私はしっかりと達成感を得ていた。
それはプロ野球選手が子供の頃から努力に努力を重ね、土日も放課後も全て野球に捧げ、18歳でドラフトに指名されて得る達成感と似ていた。
違うのは、彼らは努力していて私は努力してないという点と、彼らにはドラフト指名された後にプロ野球選手として活躍する目標があるのに対して、私にはその先の目標がないということだった。
私は大学入学で達成感を得ると同時に燃え尽きていた。
そんな大学入学で燃え尽きた私が何とか就職活動を開始した理由は彼女の存在だった。
私は18歳の時に大学のサークルで出会った、同じ年のユミコという女の子に一目惚れした。
すぐに告白したが彼氏がいるからという理由であっさりと断られた。
しかし私はあきらめなかった。
怠け者の私が人生で唯一努力したのがユミコとの恋愛だった。
ユミコの友人と仲良くなり、彼氏との状況をリサーチしながら、3度目の告白で交際に至ったときには3年の歳月が経っていた。
大学入学で燃え尽きた私に、新たにユミコと結婚したいという目標ができたので、遅ればせながら就職活動を行ったのだった。
ユミコとの結婚を考えて就職試験を受けたのが関東を中心に展開しているスーパーマーケットチェーンだった。
地方への転勤がないというのと、あまり大きい会社じゃないから何となく仕事が楽そうというのが就職試験を受けた理由だった。
7月の最終面接は役員との集団面接であり、そこまで進んでいれば、よほどのことがない限り落ちないというのがその会社の通例だった。
ユミコとの結婚に向けて理想の楽そうな仕事をほぼ手中におさめた私に、附属高校時代からの友人の細井から連絡があったのは最終面接を告げる手紙がきた次の日だった。
細井とは高校2年で同じクラスになり、すぐに仲良くなった。
細井はその名前にぴったりの細長い顔と細長い胴体をしていた。
附属高校なので大学も一緒だったが、学部やサークルが違っていたので高校の時ほどは頻繁にあわなくなっていた。
居酒屋に呼び出された私は、ほぼ就職が決まったことで上機嫌だったが、細井は お疲れ と言ったきり、酒も飲まずに無言で顔をこわばらせていた。
無言の細長い顔は余計に細長く見えた。
10分くらい沈黙したあと、細井は意を決したように言葉を発した。
「伴君、俺、お笑い芸人になろうと思う」
全く予想外の角度からの言葉に私は絶句した。
そして、絶句している私に細井はもうひと言
「俺達ならできると思うんだ。一緒にお笑い芸人になってくれないか?」
と言った。
意外だった。
確かに細井は深夜にやっている若手のお笑い番組やラジオを聞いていたけれど、芸人になりたいなんて言っているのをひと言も聞いたことがなかった。
私が
「本気なのか?」
と聞くと細井は
「もちろん、本気だ。俺は今まで会った中で自分より面白いと思った人間が2人いて、それが伴君と大学のサークルで知りあった山田なんだ。正直、どちらを誘うか悩んだ。山田は明るくて皆の人気者だけど、伴君はダークで深い気がするんだ。俺はダークで深い笑いの方が好きだから伴君とやりたいと思ったんだ」
と言った。
私は細井の熱を帯びた演説を聞いているうちにいろいろなことが頭にうかんだ。
まず最初に思ったのは、やはり私の名字は呼び捨てしづらい名字だなということだった。
ばん という2文字の名字は呼び捨てをするのには短すぎるのと ん で終わるリズムが人間の無意識には心地良くなくて、大概の人は私を 君づけ で呼んでいた。
同じ ん で終わるのに ばん は呼びづらいのに
ばんくん ならリズム的に心地良くなるのが不思議だ。
そして人間は 君づけ をすると何年付き合っても微妙に埋まらない心の距離がある。
細井とは対等な友達として付き合ってきたが、呼び捨てをする私は細井を お前 と呼ぶのに対して、君づけの細井が私を お前 と呼んだり、友達同士特有の乱暴な言葉を使うことは一切なかった。
細井の話を聞きながら、そんな全く関係のないことが頭に浮かんできたが、関係のある疑問も浮かんできた。
私のことをダークで深くて面白いと思っていて、自分もそのほうが好きならなぜ山田と迷うのだろう。
答えは明白だった。
山田は顔がカッコよくて、私が普通だからだろう。
山田は私も何回も会ったことがあるが、かなり顔が整っている。
表舞台に出ようと本気で思ったからこそ、山田のビジュアルと私を天秤にかけたのだろう。
どうやら私は応募してないのに細井の相方になる一次面接を通過したようだった。
つづく
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