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芸人ごっこ    第7話 (創作大賞エンタメ原作部門)

お笑い芸人 か 死か という口説き文句で私に就職を捨てさせた男は、芸人になるどころか養成所の段階で挫折して消えた。

電話も出なくなり、養成所にこなくなった細井が本当に死んだりしないか心配になった私は、何度も実家に押しかけるのは気が引けたので、同級生に頼んで様子を見てきてもらった。

すると細井は死を選ぶどころか、実家でお母さんが作ったご飯を食べながら、ぬくぬくと生を満喫していたようだった。

私は細井が元気そうだとの報告を受けて、ひとまずは安心したが、細井がやめたからといって私も簡単にお笑いをやめるわけにはいかなかった。

就職を蹴ってまではじめたお笑いを、相方がやめたからといって半年も経たないでやめたなんて、ユミコに言えるわけがなかった。

それにようやくネタの書き方がわかってきて、養成所でも結果が出始めていたので、1人でも続けたい気持ちになっていた。

私は細井とやる予定だった新しいネタを、1人用に書き直して発表することにした。

ちょうど次の回のネタの授業が講師の山本さん主催の養成所生によるライブのオーディションになっていて、勝ち抜いた10組は養成所生なのにライブに出れる上に、そのまま選抜クラスに選出されることが発表されていた。

ついにネタの授業も選抜クラスが作られる。

養成所を卒業した後に事務所所属になるためには、選抜クラスに入っておくのが大きなアドバンテージになると、養成所生の間ではもっぱらの噂だった。

私は事務所所属になりたいとか、芸人として売れたいとかよりも、自分の書いたネタがどこまで通用するのか試したい気持ちが強くなっていた。

1人でやるピンネタ用にするために、掛け合いを無くして、ひとり語りの朗読のような、セリフと手描きの絵をはさみこむ形式にしたネタは、思ったよりもスムーズに作ることが出来た。

その週のネタの授業はオーディションのため、エントリーした人間は全員ネタを披露することができた。

私は教室のホワイトボードのエントリー名に 馬選抜 と書いた。

細井が戻ってくるのを待つために、コンビ名をピンの芸名にしたとかではなく、純粋に 馬選抜 という響きが気に入っていたので、それをそのままピンの芸名として使っただけだった。

ピンのネタは、私が子供の頃から抱えていた手のひらに汗をかきやすいというコンプレックスをもとに作ったものだった。

その内容は手汗をかきやすく、常に手のひらが濡れていた中学生が、そのことが原因でいじめにあうというもので、同級生達からお前は手のひらが濡れているので寿司を握るのに便利だという突拍子もない言いがかりをつけられた少年が、侮蔑をこめた寿司マンというあだ名をつけられて毎日いじめられるという内容だった。

少し不条理が強めなネタだったが、そのいじめを苦に、世の中から消えてしまおうとして首を吊ろうとしたときに、手が濡れているのでロープに手がすべって失敗するという、手が濡れていることに起因したベタなオチにしたことで、わかりやすいネタになっていた。

ほとんど1人語りの朗読劇のようなネタだったけど、思ったよりも笑いが起こり、細井と2人でやったときのネタよりも評判がよかった。

次の日に1次予選通過の20組が発表されて、そこには 馬選抜 の名前があった。

500人いた同期の中から通過した20組の中で、ピン芸人は私1人だけだった。

火曜日の山本さんのネタの授業で1次予選を通過した20組は、木曜日の萩谷さんのネタの授業で10組に絞られることになっていた。

山本さん主催のライブのオーディションであるとともに、ネタの授業の選抜クラスの10組を選ぶのも同時進行だったために、最終決定は著名な演出家である萩谷さんに委ねられたみたいだった。

萩谷さんの前でもピンネタが上手くできて、もしかしたら選抜クラスに選ばれるかもしれないという私の淡い期待は、次の日の発表であっさりと砕かれた。

選抜クラスに選ばれなかったからといって特に落ち込んだりすることはなかったけれど、1つ困ったことが起きていた。

それはいきなりピンになって、ピン用のネタの作り方がわからない私は、コンビ用のネタしか頭に浮かばなかった。

しょうがないので、1度コンビ用のネタを完成させてから、ピンのネタにリライトするという、この前のオーディションの時のような作り方を試してみたけれど、上手くいかなかった。

そんな時に同期の養成所生から、発声の授業の講師が主催するライブの集団コントの台本が、私がこの前ネタのオーディションで発表したものに酷似しているので、ネタをパクられたのではないかと言われた。

私は発声の授業には出席してなかったので知らなかったが、授業の中で作られた班ごとに集団コントのオーディションが行われていたらしかった。

その中でオーディションを勝ち抜いてライブ出演が決まった班の台本が、私のピンネタの台本に似ているらしい。

私がそれを聞いてまず思ったのは、ネタをパクられた怒りよりも、発声の授業でも集団コントやライブがあるなら出席しておけばよかったということだった。

私のネタをパクったらしき台本を書いたのは、高畑という男だった。

高畑はこの間、私が落選したネタの授業のオーディションを勝ち抜いて選抜クラスに選ばれていたコンビのボケだった。

私は発声の授業のライブを観に行った。

確かにセリフの言い回しやフレーズはかなり近いものがあったし、設定は微妙に変えてあったが私のネタをパクったのは間違いなかった。

そして、残念ながらその集団コントは面白かった。

私は文句の1つも言ってやろうと思ってライブを観に行ったのだが、発表されたコントを見て、面白いと感じた時点でその気はなくなっていた。

むしろ、他者の台本を利用して面白いものを作る高畑に感心してしまっていた。

ライブの後、何人もの同期が

「お前のネタ、パクられていたよ」

と言ってきたがその都度、私は

「そうだね」

とだけ言っていた。

私はネタをパクられたことに執着することより、新しいピンのネタを作ることに力を注いでいたのだが、相変わらずコンビ用のネタしか頭に浮かばなかった。

ネタの授業では、完成度を上げるために何度も同じネタをやることが許されていたので、新しいピンのネタが浮かばなかった私は、オーディションで落ちたネタを3週間くらい少しずつ変えながらやり続けていた。

3週間目に講師から完成度を上げるより、そろそろ他のネタをやったらどうだと言われたので、もう次の週からは同じネタはできなくなった。 

その日の授業の終わりに教室から出ると、高畑に声をかけられた。

「今から、ちょっと話したいんだけど、時間ある?」

選抜クラスの授業は基礎クラスの後だったので、選抜クラスの高畑はこれから授業のはずだった。

私が

「別にいいけど、これから選抜の授業じゃないの?」

と言うと高畑は

「ああ、今日は授業でないから」

と言ったので、2人で喫茶店にいくことになった。

おそらくネタをパクったことを謝られるのだろう。

ネタをパクられた事は腹がたったが、高畑が私のネタをパクって作ったものを面白いと感じてしまった時に、ある意味で許していたのでわざわざ授業をサボってまで謝らなくてもいいのに、と思っていた。

喫茶店につくと高畑が

「最近、相方見ないけどどうしたの?」

と言ってきたので、私は

「ああ、来なくなっちゃったんだよね。だからオーディションでピンネタやったんだけど、ピンネタ難しいわ」

と言った。 それを聞いた高畑は

「じゃあ、相方いないんだ。それなら俺と組まない? 俺、伴のネタ、わりと好きなんだよね。俺達合うと思うんだよ」

と言った。  

ええ⁈ まじか、こいつ⁈ 

ネタをパクった相手をコンビに誘うか普通⁈ 

しかも、なんでパクっといてそんなに堂々してるんだよ⁈ なんならちょっと上から目線だし…

私は高畑の図太さに度肝を抜かれていた。 

それと同時に湧き上がってきた感情は 嬉しい という感情だった。

コンビに誘う という行為は、言わばあなたの笑いに惚れましたよ という告白のような行為だ。

養成所に入る前、テレビなどで芸人がコンビは夫婦や恋人みたいなものだと言っていたのをよく見てきたが、本当にその通りだった。

高畑の 告白 は素直に嬉しかったし、ネタをパクった人間をちょっと上から目線で誘う図太さや、ぶっ飛び方を面白いと思ってしまった。

私はまるで、少女マンガに出てくる俺様キャラの男子に 壁ドン されて 俺だけ見とけ と言われたような気分だった。

壁ドンされた私の気持ちは、 な、なによアイツ と言いながら頬を真っ赤に染めている地味系女子のようだった。  現実は男と男だが…

私は心の頬を染めながら、高畑に

「今、組んでる相方はどうすんの?」

と聞いた。 

高畑は

「ああ、もう解散届だしたんだよ。だからもう選抜じゃないから今日、授業でなかったんだよね」

と言った。

私はそれを聞いて、選抜クラスだと解散するときに解散届を出さないといけないという、1種の上級国民の嗜みを垣間見た気持ちが湧きながら

「選抜までいったのになんで解散したの?」

と聞くと、高畑は

「あのコンビだと養成所の選抜くらいが限界だと思ったんだよね。今より上を目指すなら、俺よりいいネタを書くヤツと組まないとダメだと思ったんだよね。それで伴と組みたいと思って解散したんだ」

と言った。 

俺様男子は急に デレ をぶっ込んでくるから困る。

しかも、私がコンビを組むことを了承していないのに解散するとは、何という自信と俺様っぷりだろうか。

高畑の行動は聞けば聞くほど芸人で、正直、私は魅力を感じてしまっていた。

しかも…高畑も細長い顔と細長い胴体をしていた。

元カレに対する未練…とかではもちろんないのだが、私は細井がいなくなってから作ったネタも細長い顔と細長い胴体の人間をイメージして作ってしまっていたネタだったため、高畑ならすんなりと当てはめることができる。

ネタの授業の講師から別のネタをやるように言われて、もう次の週からはピンのネタのブラッシュアップを発表するわけにいかなくなっていた私には、書き溜めていたコンビ用のネタがすぐに活用できる細長い顔の高畑は状況的に都合がよかったので、そういう意味でも新しい相方としては最適かもしれなかった。

ただ…そう…これも恋人同士に似た感覚なのだが、私は細井が急に消えたので、しっかりと細井とのコンビ別れの踏ん切りがついていなかった。

コンビ別れの踏ん切りがついていないのに新しいコンビを組むことに引っかかった私は

「とりあえず、正式に組むとかではなく、お試しでネタの授業に出てみよう」

と言った。

高畑も了承して、次回の授業の前の日にネタ合わせをする約束をして別れた。

そしてその日、私は最後の別れの儀式として、細井の携帯の留守番電話に、別の人間と組むことになったとメッセージを入れた。


つづく


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