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芸人ごっこ   第11話 (創作大賞エンタメ原作部門)

自分で言うのもなんだが、ネタが少し弱く、養成所の時の千人舎との対抗戦ライブでもギリギリ5番目で選ばれていたと思われる2人市長が同期ではじめてのテレビ出演を勝ちとったのは、ネタの相談を私にするようになったことが大きかった。

もともと発想が素晴らしかった迫田君のネタを台本製作能力だけが取り柄の私が手伝っていたことで、クオリティーが格段に上がっていた。

それに対して、私のコンビの馬高畑はテレビ出演どころかゴングショーの合格も2回で止まったまま1年目が終わろうとしていた。

その頃から、高畑が陰で私の事をボロクソに言っているという話を同期や先輩からチラホラ聞くようになっていた。

高畑は1度だけ私に

「あまり、迫田とつるむなよ。同期の弟子になったっていう情けない噂が広まっているぞ」

と言ってきたことがあった。

迫田君とはしゃべりとネタでお互いに師匠と弟子になったはずだったが、私を他の人間に取られたくないと思ったからか、同期や先輩に私の事を弟子にしたとか、アイツは俺らの金村さんやから一緒に連れていくとか、そういうことを吹聴するようになっていた。

実際に迫田君の私への束縛と執着は激しくなっていた。

実家が裕福だった迫田君は、松戸市のアパートの家賃を親に払って貰っていたので、あまりバイトをしていなかった。

基本的に週1回のラミナTheたてもとの劇場出番と月に1、2回、渋谷や新宿の小劇場の出番しかなかった我々はバイトをしないと時間が余っていた。

迫田君はその余った時間の全てを私と過ごしたがった。

鉄男、いまどこや? はよ、松戸こいや。  
鉄男、いまどこや? 鉄男、いまどこや?

人間は求められるのは嬉しいものだが、度が過ぎると精神的に負担になる。  

私は馬高畑のネタを考える時間も欲しかったし、彼女のユミコと会う時間も欲しかったので、八木君のように毎回呼ばれてすぐにいくわけではなかった。

私は迫田君の事を嫌いになりたくなかったので、いけないときはキッパリと断っていたが、それでも月に15日以上は会っていた。

ある日、私がユミコと会っていて電話にでなかったときに、迫田君からの着信が20回以上もあった。

とんでもない数の着信に、何かあったのかと思って折り返しの電話をして

「どうした?何かあったの?」

と聞くと、迫田君は

「いまどこや?」

と言ったので、私が

「いまは彼女と会ってるけど」

と言うと、迫田君は

「彼女と俺、どっちが大事なんや?今すぐ松戸こいや。お前、連れていけへんぞ」

と言ったので、私は

「俺は君の事を面白いと思うから一緒にいるだけで、連れていってもらいたいから一緒にいるわけじゃないし、別に連れていかないと思うなら構わないよ」

と言った。

迫田君は

「ボケや、ボケ、鉄男、マジになんなや。デート終わったら電話してや」

と言った。 

私は20回以上電話してきてからの、今すぐこいや がボケなわけないだろと思いながらも、たぶん、八木君や今まで迫田君が金村さん候補としてピックアップした人間達が、彼の才能と、一緒に連れていくというニンジンにヨダレを垂らして言う事を聞いていたからワガママになったのだろうなと思った。

考えるとそれも無理もないことだった。

立本の養成所に入って芸人になろうとする人間は、基本的にクラスや学校で1番面白いと言われていた人が多かった。

しかし、現実に芸人になってみると、上には上がいて、大半の人間は生まれてはじめて、面白いということにおいて挫折を経験することになる。

そして、その自分を挫折させた圧倒的に面白い人間が、お前をファミリーとして連れていくから、俺の言うことを聞け、今すぐ俺の家にこい、と言うのだ。

ワラをも掴む想いで迫田君の連れていくという言葉にすがり、そして皆、甘やかしていたのだろう。

私がしゃべりにおいて圧倒的な挫折を経験したのに、迫田君が差し出すワラを掴まずに彼の言いなりにならなかったのは、プロの芸人としてデビューしてたのにも関わらず、どこかアマチュア精神が抜けてなかったからであった。 

芸人としてデビューした以上、その道で食べていけるようになるために、どんな手段を使っても上にあがっていくのを目指すべきだ。

それなのにアマチュア精神が抜けない私は、売れるとか、食べていけるようになるとかよりも、自分のネタが通用するかどうかと、自分がネタ作りを手伝っている2人市長のネタが通用するかどうかにしか関心が湧かなかった。

そして迫田君は、今まで自分で相手にニンジンを垂らして言うことを聞かせていたのにも関わらず、ニンジンに食いついた相手との打算による付き合いに心の奥底で傷つくというワガママな自己矛盾を抱えていた。

コイツらは俺が好きなのではなく、売れたいから俺に近づいているだけなのだと心の奥底で傷ついていた。

そんな時に自分の言いなりにならず、しゃべりさえ教えてあげたら、ネタ製作を手伝ってくれる便利な男に出会い、その男は打算なくただ面白いから一緒にいるだけだという。

そんな状況だったから、彼は私に芸人同士の打算的な付き合いを超えたものを求めて、メンヘラの恋人が愛を確かめるがごとく、着信の雨を降らせたのだろう。

「俺と彼女、どっちが大事なんや」はただの同期芸人に言うには狂いすぎている。

そして私は、迫田君のそんな狂ったところさえ面白いと思ってしまっていたので、可能な限り一緒にいた。

面白いと思えば、狂ったことを言う人さえ受け入れてしまう、圧倒的に受動的な性格を持つ私もある意味狂っていたのかもしれなかった。

まあ、芸人なんて誰しも狂ったところがあるものなので、芸人としては特段、騒ぎ立てるほどのことでもなかった。

私は彼女とのデートを終え、その足で迫田君の住む松戸のアパートに向かった。

なんとなく20回の着信の仕返しをしたくなった私は、連絡を待っている迫田君に、逆に電話をせずにイキナリ部屋を訪ねることにした。

狂うほど電話をしてきて私の折り返し電話を待っている相手に対して、電話をせずにいきなり家に行って、インターホンを直でピンポンするのが最適な仕返しに思えた。

電話をせずにアパートにいったら、もしかしたら迫田君は誰かと約束ができてしまっているかもしれないし、出かけてしまっているかもしれない。

訪問することが無駄に終わるかもしれないリスクをはらんだ行動だったが、別に空振りに終わってもよかった。

空振りは空振りでエピソードになればいいし、舞台で使えるエピソードにならなかったとしても、迫田君に後から、なにしてんねん、と言われて笑えれば少なくとも空振りのもとはとれると思った。

松戸のアパートに着いて、連絡しないで、直でインターホンを押すと、出てきた迫田君は満面の笑みで

「なにしてんねん」

と言った。

私は2発目のフレーズで例えツッコミがくるかと期待していたが、嬉しそうに笑うだけで追撃はこなかった。

その時点で私は迫田君の特性を思い出して嫌な予感がしたので、ファミレスに誘ったけれど断られて、家で過ごすことになった。

少しの間、2人で雑談をしているとやはり私の予感が当たった。

迫田君が臭くなったのである。

迫田君は嬉しい事があったり、極度にテンションが上がると臭くなるのが常だった。

それを知っていた私は、臭いがこもる室内を避けたるためにファミレスに誘ったのだが、その私の意図を敏感に感じとって、彼はファミレスに行くのを断ったのだった。

私が一緒にいるようになるまでは誰も指摘しなかったみたいだが、私は一緒に過ごすようになってからすぐにその違和感を指摘した。

最初は認めなかった迫田君だが、くり返しの私の指摘にそれを認めるようになり、臭くなる現象をフェロモンが出たと呼ぶようになっていた。

私は何度も一緒に過ごしているうちに、その現象の原因をつきとめていた。

原因は当然ながら、フェロモンなどではなかった。

迫田君は普段は家でも外でも臭くなかった。

私は迫田君が臭くなるたびに

「今‼ 今、臭くなった‼」

と捕まえて事情を聴取した。

度重なる事情聴取と現場検証の結果、迫田君が臭くなるのは家にいるときにテンションが上がった時だというのがわかった。

家にいるときは迫田君はハーフパンツで過ごしていた。

臭いはテンションが上がった日のハーフパンツから漏れでていた。

私は逮捕する度に

「今、なんかした? 今、臭くなったけど、なにか違う行動した?」

と言ってデータを集めて真相をつきとめた。

迫田君はテンションが上がると無意識で肛門を開くクセがあったのだ。

そして臭いはその無意識に開かれた肛門から出ていた。

テンションが上がっているときに会話する場合は、当然、力の入った会話になる。

肛門を開いたまま力をいれることにより、迫田君がフェロモンの放出と呼ぶ臭害が発生していたのだった。

その日の迫田君は、私の連絡なしの直ピンポンによほどテンションが上がったらしく、早い段階で臭くなった。

そうなった場合、私はいつも素早くファブリーズを部屋全体と迫田君のハーフパンツの肛門部分にかけるのだが、その日の迫田君はテンションが上がりすぎて、どうしても私にフェロモンを嗅がせたくなったらしく、ファブリーズを取りにいこうとした私を後ろから羽交い締めにした。

そして羽交い締めにしながら

「嗅いでくれや‼ なあ、鉄男‼ 俺のフェロモン嗅いでくれや‼」

と叫んだので、私が

「もうバケモノだろ」

と言って、2人で腰が砕けるほど笑った。

青クサく、ケツのクサい青春だった。

 

つづく



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