芸人ごっこ 第9話 (創作大賞エンタメ原作部門)
高畑と正式に組み始めてから1ヶ月後に、年明けに行われるライブのオーディションがあった。
そのライブは東京の老舗お笑い事務所である 千人舎 の養成所生との対抗戦ライブで、そこに選ばれた5組は事務所所属になるのは確定的で、その後も事務所が推してくれるとの噂だった。
高畑は細井と同じく細長い顔と細長い胴体の人間だったが、その演技力と表現力がまるで違っていた。
圧倒的な演技力と表現力があるがネタを書く能力が弱い高畑と、表現力や演技力は皆無だがネタだけ書ける私はまるでお互いに足りないピースを埋めるパズルのようにカチッとハマった。
私は当時ニュースでチラホラ出始めていたストーカーを題材にしたネタを作った。
内容は、高校生の男子がクラスの女子にストーカーしてしまう自分に悩んで担任の先生に相談したら、担任の先生はそんな男子生徒の気持ちによりそってくれた。
そして先生は、愛する人をつけまわすのが何が悪いんだ、ストーカーの何が悪いんだ、と男子生徒に言ってくれたが、実は先生はその男子生徒のストーカーだった、というネタを作ったのだが、当時のストーカーという題材の新しさと、先生役の高畑の圧倒的な表現力で、ネタ合わせをした瞬間にブラッシュアップなんかしないでも合格を確信したほどだった。
オーディションを無事に合格した我々は選抜クラスに上がった。
細井はいなくなってしまったが、日本で1番大きいお笑い事務所のネタの授業の選抜クラスに上がって、その中でも上位5組に入った私は、もしかしたら本当に売れることができるかもしれないと思うようになった。
そう思えば思うようになるほど、私は自分に足りないものに対しての不安が大きくなっていった。
それは私が芸人としては致命的にしゃべりが下手なことだった。
高校、大学と私はただぼんやりと横松尚志のしゃべりのマネをしていただけで、養成所に入る前から芸人を目指してボケとツッコミの鍛錬をしていたような人間とはしゃべりのレベルが違っていた。
特にネタの選抜クラスにいる人間達は、ボケたりツッコんだりするレベルがテレビで観ていた芸人みたいなクオリティーだった。
私はテレビで観ていた芸人みたいと思ってしまうこと自体が、自分が芸人の卵であるという自覚のないことを自覚していた。
なんとかしないといけないと思っていたとき、私に2人市長というコンビのボケの迫田君が話かけてきた。
「馬高畑のネタええなあ。自分が書いてるんやって?7期のネタで1番おもろいんちゃう?」
2人市長も千人舎との対抗戦ライブに選ばれていた。
私は同じ選抜クラス同士で千人舎のライブに出るライバルなのに、あっさりとネタの負けを認めてしまう迫田君の真意を測りかねていた。
「あっ、えっ、ありがとう。2人市長、ずっと選抜にいるのすごいよね」
と私が言うと迫田君は
「まあ、このレベルなら選抜は当然やろ。俺ら養成所入る前フリーで少しやっててん。ルーレットもその時から知っていたんやで」
と言った。
ルーレットも選抜クラスのコンビで、千人舎とのライブに選ばれていた5組の中の1組だった。
そうか、選抜クラスに入るような人間はフリーで芸人やってたような人も多いのか。
それを聞いた私は、さらに自分が場違いな人間な気がしてしまった。
落ち込みそうになった私に、迫田君は
「でも、俺らネタ弱いねん。本当は漫才やりたいねんけど、今の表現力やったら漫才やっても上に勝たれへんからコントやってんねんけど、上手くいかへんねん。ライバルにこんなこと言うの違うかも知れへんけど、伴の書くコントおもろいから、どうやったら上手くいくかアドバイスしてくれへん?」
と言った。
現時点で負けている部分を素直に認めて、見栄やプライド等がなく、他人に教えを乞えるこの人は見ている景色が違うと思った。
高校卒業した後、フリーで芸人などをして養成所に入ってきた迫田君は、大学卒業後に入ってきた私より2才年下だったが、精神的に芸人の卵にすらなりきれてない私とは違って、今の段階でまぎれもなく1人前の芸人だった。
私は
「これから2人市長のネタを見て俺が気づいたことやわかることは言うようにするけど、俺からも頼みがあるんだけどいい?」
と言った。
迫田君は
「ありがとう。じゃあ今度、俺らのネタ見てや。それで、伴の頼みって何?」
と言ったので、私は
「俺、実はしゃべりが全くダメで、特に普通の会話の中のツッコミが全然わかんないんだよね。だから俺がネタのアドバイスをする変わりに俺にしゃべりを教えてくれない?」
と言うと、迫田君は爆笑しながら
「お前、おもろいな。芸人でしゃべりがダメなんて自分から言うやつおれへんで。よし、ほんなら、これからは俺がお前のしゃべりの師匠で、お前が俺のネタの師匠な」
と言った。
意気投合した我々は、そのまま迫田君が1人暮らしをしている千葉県の松戸市のアパートにいって、これまでの台本を見せて貰った。
面白い。
発想は素晴らしい。
ただ、気になった点があった。
2人市長のコントはボケのセリフもツッコミのセリフも面白いけれど、読んだ台本は全部説得力に欠けていた。
例えば、1つ目に見た台本はファミレスのコントだったのだが、ファミレスに入ったら、最初から迫田君演じる店員が変なヤツでおかしなことを言っていた。
その店員にツッコミの川本君がなんでやねんとか、何してんねんとか、ツッコミを入れていたのだけど、ボケのセリフもツッコミのフレーズも面白いけど、私は台本上だからではなく、現実に見たとしてもそのコントには没入できないと思った。
それは整合性と必然性が欠如していたからだった。
ファミレスの店員さんはお客さんが入店した場合、本来、最初に言う言葉は《ご来店ありがとうございます》とか《いらっしゃいませ》とかなのだが、2人市長のコントは最初からボケを入れていて《またのご来店お待ちしております》というセリフになっていた。そしてそれに対して川本君が《いやいや、いま、来たとこやねん。いきなり帰らそうとすなよ》とツッコミを入れていた。
私はその1行目の違和感から指摘した。
漫才ではなくコントなのだから、最初の1行目から成立してない。
漫才の場合は、迫田君と川本君という人間として、もしも2人がファミレスの店員と客だったらというテイでやるのでいきなりツッコミをいれるのも成立する。
だけどコントの場合は、そのコントの世界の中の住人として振る舞わなければならない。
世の中には変な人もいるからひと言目にボケるのはまだアリかもしれないけど、常識人の視点の川本君がいきなりツッコミを入れるのはおかしい。
もし現実だとして、ファミレスに入って店員さんにいきなり《またのご来店お待ちしております》と言われてでてくる言葉は《いやいや今来たとこやねん》 じゃなくて《えっ?》だと思う。
もしかしたら自分は気がつかなかったけど、ちょうど帰るお客さんがいて、その人に言ったのかもしれないのに、いきなり《今来たとこやねん》とツッコんでしまった場合は常識人の視点のはずの川本君が変な人である可能性を感じてしまう。
それにもし店員さんが変な人だとして、最初から面白い掛け合いがはじまるのが不自然だ。
初対面の変な店員に変な事を言われたら、常識ある人は面白い掛け合いをせずに、すぐに怖くなって退店するはずだ。
そのファミレスに留まらなければいけない理由が明示されてないから、話に説得力が出てこない。
私はそんな指摘を台本の隅々までして、修正案を提示した。
養成所に入ってから4カ月間、私はネタを書かずにずっと芸歴0年目の芸人のネタを見ていた。
私は、芸歴0年目の芸人のネタに没入できなかった。
最初は私が昔からコントや漫才にあまり興味がなかったので没入できなかったのかと思ったが、興味なかったとはいえ、少しはテレビなどで漫才やコントを見たことはあって、それらは見ることはできたのに養成所の芸人達のネタは見ているのが苦痛だった。
面白い、面白くない以前に、違和感がすごくて没入できなかった私は、ネタを書かずにヒマだったのでその理由を分析していた。
養成所に入ってきた500人の中で、1番コントや漫才を見てきていないド素人の私だからこそ、芸歴0年目の若手のネタの違和感や矛盾に引っかかっることができたのかもしれなかった。
私のネタに対する違和感のダメ出しと修正案の提示を聞いた迫田君は
「お前、マジですごいな。ずっと探してた金村さん、やっと見つけたわ」
と言った。
私が
「金村さん?」
と言うと迫田君は
「かねにぃや、かねにぃ、金村さんや」
と言った。
金村さんは、ファインファインファミリーと呼ばれる、ファインファインの後輩芸人の1人だった。
金村さんは芸人としても売れていたが、横松尚志の懐刀的な存在で、ファインファインがメインを務める番組の構成作家も多数担当していた。
迫田君は
「俺らは、ファインファインを倒して天下を取る。そのためには駒が必要や。特に金村さんの役割のヤツが重要で、今まで何人か候補に近いヤツがおったんやけど、イマイチピンとこなかった。お前や‼ 俺らにとっての金村さんはお前や‼ 絶対、上に連れていくから力貸してや」
と言った。
私はそれを言われて嬉しい思いも湧いたが、ここまで本音を言った人には誠実に答えようと思って
「金村さんか… ありがとう。だけど、迫田君は俺を金村さんと言ってくれたけど、迫田君が俺にとっての横松尚志になるかは今日だけじゃわからないよ。それに芸人をやる以上、自分が横松尚志になるつもりでやるし」
と言った。
私は芸人としての覚悟もしゃべりのスキルもなく、場違いな所にきてしまったという思いを抱えているのとは裏腹に、しゃべりの技術さえ身に着ければ、ネタは評価されてるし、勝負できるのではないかという自我が芽生えていた。
私の言葉を聞いた迫田君は
「やっぱり、伴、ええなあ。今までのヤツとは心意気が違うわ」
と言った。
私はその言葉を聞いて、迫田君が ばん という ん で終わる呼び捨てがしづらい名字を平気で踏み込んできて、すぐに呼び捨てが出来るのは、自分が面白いという自信があるからなのだろうなと思った。
それに対して、私は相方の高畑以外の全ての人間に 君づけ していた。
その日から迫田君と私は毎日一緒にいるようになった。
つづく
第10話
