【自己紹介】「小さなわたし」を見捨てず生きてきた、私への手紙 │ 50歳から自分の人生を取り戻すために
私のnoteを見つけてくれて
ありがとうございます。優花です。
初めて出会う方に
私を知ってもらう最初の手紙を届けるように、
noteへ綴る思いを改めてここに残しておきたいと思いました。
私は、今
「心の奥の小さな声を言葉にする」
というテーマで思いを綴っています。
・楽しみな予定の前に苦しくなること。
・動けない自分を責めてしまうこと。
頑張っているのになぜか息苦しくて
同じ悩みを繰り返す。
そんな気持ちを長い間、一人で抱えてきました。
でもnoteに出会い
言葉を積み重ねるようになりました。
今思うのです。
その苦しさは、弱かったからではなく
ずっと自分の気持ちに蓋をして、言葉を飲み込みながら生きてきたからなのだと。
これは
長い間置き去りにしてきた自分を、50歳を機に
もう一度迎えにいくように生き直していく。
そんな決意表明のような私の自己紹介です。
そしてもうひとつ。
私の通ってきた
人生の痛みや生きづらさの経験を
同じように
名前のない苦しみに戸惑っている方の心へ
私の言葉にして届けたいと思っています。
それはまだ小さな言葉かもしれません。
でもその経験を通して
優しくて誰よりも頑張り屋さんの誰かに
「今だけは自分を責めずに、少し座って深呼吸してみようかな」
と感じられる安心を届けたい。
これが、私が生きなおすと決めてから芽生えた小さなつぼみのような願いです
もう本当の気持ちを押し込めたまま、生きられなくなった
私は25年以上、
パニック障害と共に生きています。
あの頃の私は、それまで普通に生きてきた私の人生を
パニックに全て壊されたと思っていました。
でも、本当は違いました。
ずっと飲み込んできた気持ちが、心の奥で限界を超えて
「もうこれ以上は頑張れないよ」
と身体を止めてまで教えてくれたんだと。
それは、まるでパンパンに膨らんだビーチボールを無理やり水の中に押し込んで沈め続けるようでした。
悲しくても無理に笑って
苦しくても大丈夫なふりをして
本当の気持ちを押さえつけながら生きてきました。しかもそうしてることさえ気づかないまま。
誰かにこの言葉にならない苦しさを聞いてほしい。
もうこれ以上自分の気持ちを置き去りにしたまま
生きていけない。
顔も出さなくてもいい。
見えも張らなくていい。
無理に頑張らなくていい。
ただ
「素の私」を言葉にできる場所を探していました。
誰かに勧められたわけではありません。
救いを求めるように
50歳になる月に私はnoteに辿り着きました。
「小さなわたし」が生まれた場所
私の両親は仲が悪く、
私は小さい頃から
家の空気を読む子どもでした。
お母さんを悲しませないように。
お父さんを怒らせないように。
本当の気持ちより、
“いい子でいること”を
優先して生きてきたのだと思います。
寂しくても、
怖くても、
「大丈夫」と飲み込んできました。
家族が壊れないように、
私は必死だったのだと思います。
でも本当は、
一番助けてほしかったのは
私自身でした。
今思うと、
その頃から私の中にはもう
置き去りにされた
「小さなわたし」がいました。
パニック障害と生きてきた私
私がパニック障害と診断されたのは、
娘がまだ3歳になったばかりの頃でした。
突然、感じたことのない不安感と
まるで体全部が心臓になったかのように激しい動悸と吐き気がとまらない。
地獄のような日々のはじまりでした。
パニックになる前日に戻りたい。
何万回過去に戻りたいと思ったかわかりません。
幼い我が子に何もできなくなって
家族に迷惑をかけている。
そんな自分が許せなくて
「早く消えてしまいたい」
そんな暴言を自分に浴びせ続ける日々でした。
パニックのままでも守りたかった娘たちへ
私には二人の娘がいます。
発作への不安を抱えながらの子育ては、
苦しさと罪悪感の連続でした。
途中で逃げ出した学校行事。
行けなかった場所。
してあげられなかったこと。
私はずっと、
「普通のお母さんになれない」
と自分を責めていました。
でも今なら思うのです。
あの頃は
毎日できなくなった事ばかりを
数えて落ち込んでいたけど
怖くても
不安でも
逃げ出したくても
他のお母さんとは違っても
私は娘たちを愛することだけは
やめなかった。
完璧じゃなくても、あの時の私は
私なりの精一杯で娘たちを守ろうとしていました。
あなたたちの母になれたことを
心から感謝しています。
「ありがとう。ありがとう」
上の子はもうすぐお母さんになります。
下の子は医療の道へ進むために毎日血のにじむような努力をしています。
不安に押しつぶされて、布団の中で娘を起こさないように息を殺して
泣いた夜を今でも思い出すと、喉の奥が熱くなってきます。
それでもそのままの私で娘たちを育てられたこと。
もし、今の私がその頃の私を迎えにいけるなら「よくここまできたね。」
そう声をかけたいです。
「小さなわたし」と手を繋いで人生を生き直す
50歳になって
ここにいるよ
みて!気づいて!
そう叫び出した「小さなわたし」の
存在に気づいたとき
やっと私の生き直しが始まりました。
倒れるまで頑張ることや
誰かのために自分を削ることを手放して
長年置き去りにしてきた
小さなわたしの声に耳を澄まして
迎えにいくように一緒に生きていく。
私はまだ、乗り越えた人ではありません。
パニックも完治していません。
あの時の傷もきれいに
なくなったわけじゃない。
それでもこれからは
私の体と心を責めるのではなく
後回しにしてきた心の奥の声を
一番最初に聞いてあげる。
ようやく気づいた
自分が息をしやすくなるように生きていく術を
今度は同じ思いを抱える人へ
震えながらも届けていきたい。
そう思わせてくれたのは
間違いなく私のnoteを読んでくれる方が
いてくれるからです。
「当たり前は奇跡の連続」と思いながら生きている私には
私の人生の経験を、立ち止まって読んでくださり
コメントまで送ってもらえることが
3ヶ月前の私には想像もしていない現実だったからです。
これからnoteで人生のパズルを完成させるために
書いていきたいピースがあります
🧩「心の奥の小さな声を言葉にすること」
長い間後回しにしてきた自分の声に、耳をすませていく記録です。
🧩「両親との距離と自分の人生を生きる事」
親を責めるためではなく、自分の人生を生きるために書いていきます。
🧩「何もできない日を責めないということ」
動けない日も生きてるだけで十分ということを自分に渡す言葉です。
🧩「50代からの生き直し」
もう遅いではなくやっとこれから自分の限られた時間を楽しみ直す記録です。
🧩「パニック障害とともにそれでも今日を生きる事」有料記事として深く届けています。
克服法ではなくパニックと生きる日々の中で見つけた小さな安心を集めていきます。
長文をここまで読んでくださった方
本当に本当にありがとうございます。
今noteを初めて3ヶ月この記事を書き終えた上で
あの頃の小さなわたしに言ってあげたい
言葉があります。
「そのままの私でも私を誰よりも一番に守ってあげてほしい」
「もう何も足さなくていい」
私は今ここにいます
「何をしても自分を責めるのが止まらない」
「名前のない飲み込まれそうな不安が消えない」
そんな気持ちの方がいるとしたら
私は頑張れと励ましたいわけでも
劇的な変わり方の方法を
届けたいわけでもありません。
ただあなたの隣に座って
あなたの心の奥にある言葉にならない気持ちを
一緒に見つめていきたいと思っています。
今も心も体も揺れながら生きている
今の私だからこそ
体温ごと届けられる言葉があると信じています。
後回しにしてきた心の声が
あなたに話しかけてるかもしれません。
でもその声はあなた一人ではまだ小さくて聞こえないかもしれない。
ちょっと「静かにして」と流してしまうかもしれない。
その時はここを思い出してください。
私はその声を一緒に、両手でそっとすくうことができます。
心の奥にある、その声をなかったことにしないでほしいのです。
不安な気持ちも震える心も
どうか全部そのままで
あなたの直感を信じて私に話してみてください。
最後に
ここまでの長文をよんでくださり
ありがとうございます。
「もし今、言葉にならない苦しさを抱えている方がいたら、心を込めてお話をうかがいます」
「あなたの苦しみも痛みも、もう責めないで大丈夫です。」
私はここであなたを待っています。
あなたの中の小さなわたしが声をかけた
そのタイミングで。
こちらに置いておきます。
必要な方の心へ🕊️
わたしからの最初の手紙があなたへ届けば嬉しいです。
優花
