毎朝の電話をやめてみた。母の人生じゃなく私の人生を歩くために。
見守りという名の呪縛。
毎朝母に電話をしていた本当の理由
わたしにはずっと、呪文のように自分に言い聞かせてきたことがあります。
「朝は、絶対に母に電話をしなきゃいけない」
「もし電話をしなかったら、母が寂しがるかもしれない。」
「もし電話をしなかったら、母がわたしが元気じゃないとおもうかもしれない。」
そんな不安で胸がザワザワして毎朝電話をかける。
私の朝は自分のものではなくずっとずっと
「母のもの」でした。
泣いてるお母さんと小さなわたし
なんでこんなに極端に思い込んでしまうのか。
少しずつ小さなわたしに聞いてみると
記憶として鮮明に教えてくれました。
そこには幼少期に住んでいた家のリビングで泣いているお母さんの顔
私の両親は仲が悪く、母が父と喧嘩をして泣いている姿を小さい頃から毎日のように見ていました。
それを見る度、幼い私はこう思うんです。
「お母さんを助けなきゃ」
「私が笑わせてあげなきゃ」
「お母さんがわたしの前からいなくなる。」
ある日の夜も怒鳴り合いの声を聞きながら
布団の中で妹に
「お母さん、今日寝るかな……?」と
ひそひそ話しかけました。
(3歳の妹はいつも返事はなくすぐ寝ていました)
5歳の小さなわたしは、
どうしてもお母さんが心配でそっと布団を抜け出して冷たい廊下を歩いてリビングのドアへ。
ドアに耳をぴたっと当てて中の音を盗み聞きする
お母さん、泣いてないかな。
お母さん、生きてるかな。
そっか、この感情だったのか。
朝の電話の呪縛の正体は
お母さん今日も無事かを確認するための
お母さんを守りたいどこにもいかないで
と願うパトロールでした。
小さなわたしと仲直り中
それに気付いたあと
「電話をしてもしなくても、どっちでもいい」と思える日が増えてきました。
あんなに縛られていた気持ちなのに
電話をしたいか今はしたくないか、携帯に手を伸ばそうとするのを一旦やめて、小さなわたしに
きけるようになりました。
でもまだまだ電話をしない朝は
ザワつく気持ちになるときもあります。
そんなときはこう話しかけてみる。
「大丈夫、私が電話でパトロールしなくてもお母さんは生きていけるよ。」
50年近くの思い込みだから
そうそう簡単に手放せるわけじゃありません。
だけど今ははっきりとこう思ってます。
「お母さんの悲しみや苦しみは私のせいじゃない。そしてお母さんを幸せにするのも、私の仕事じゃない。」
私のための朝のミルクティー
今日も電話をかけずに、自分のために大好きな
ミルクティーをいれてnoteを書く。
やっと手に入れた「わたしだけ朝の時間」を
ほっとした気持ちで過ごしています。
次回はパトロールを引退して、初めて迎えた50才の誕生日。実はお母さんに対してモヤモヤの
気持ちが噴水のようにあふれた事がありました。
「届かなかった誕生日カード」
について書きます。
ここまで読んでくれたみなさん
ありがとうございます🤍
