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izuming0821
頑張らなくなった私、意外と何も失ってなかった
🌿「頑張らない私」にも、存在価値はあるのか?
「頑張らなくても、私は存在していいのか?」
この問いは、
答えを出そうとしてきたというより、
ずっと心の奥に置いたまま、生きてきた問いでした。
🌻 今年の夏、起きたこと
今年、右腕を怪我して、家事ができなくなりました。
「できないなら、やらない」
今回は、そう決めました。
正直、罪悪感はありました。
でも不思議と、
それで私の価値が下がった感覚は、ありませんでした。
🍃 お盆の帰省で感じたこと
お盆に、夫の実家へ行ったときも同じです。
これまでの私は、
いわゆる「いい嫁モード」で、気を張って過ごしていました。
でも今年は、
意識的に、ふっと力を抜いてみました。
頑張らない
無理に役割を果たそうとしない
それでも、
私の扱われ方も、場の空気も、
大きくは変わりませんでした。
🤔 ひとつの気づき
ここで、ひとつ気づいたことがあります。
頑張っている私だから
価値があったわけではない。
頑張らない私になったからといって
価値が消えるわけでもない。
つまり——
頑張っても、頑張らなくても、
私の存在価値は、変わらなかった。
……え、そうなの?と
内心ちょっと驚きました😳
🍉 じゃあ、今までの「頑張る私」は?
じゃあ、
今まで必死に積み上げてきた
「頑張る私」って、何だったんだろう。
無駄だった、とは思いません。
あれはあれで、
生き延びるために必要だった私。
でも、
もう少し力を抜いても、生きていていい
そんな選択肢が、今の私には見えてきました。
🌙 この文章を届けたい人へ
この文章は、
「今すぐ何かを変えたい人」
「前向きにならなきゃと思っている人」
に向けたものではありません。
ただ、
もう十分、頑張ってきた気がする人
それでも、まだ力を抜くのが怖い人
「このままでいいのかな」と、立ち止まっている人
そんなフェーズにいる人と、
静かに共有できたらいいなと思って書いています。
また書きます🕊️
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似たようなことを定期的に繰り返しています
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