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夫の飲みすぎに、私が罪悪感を抱いていた本当の理由。

👤夫の泥酔に、なぜか私が罪悪感を感じていた話。

昔の私は、夫が泥酔して帰ると眠れませんでした。
自力で歩けず、職場の人にタクシーで送られてくる。
玄関で倒れ込んで寝てしまう。
……その姿を見るたび、なぜか私が申し訳ない気持ちになっていたんです。

職場の人に迷惑をかけてしまったような気がして、心の中で何度も頭を下げていました。

そして毛布をかけながら、こんなことまで考えていた。

「もしかして、私が家庭で我慢させてるから、こんなに爆発しちゃうのかな」

なんなら、夜中に何度も玄関の夫の様子を見に行っていた。

今思えば、おかしな話です。

夫が飲みすぎるのは夫の問題であって、私のせいじゃない。
なのにあの頃の私は、まるで自分が引き金を引いたみたいに罪悪感を背負っていました。



👥罪悪感の正体は「境界線のなさ」

心理学的に言えば、これは境界線が引けていない状態。
他人の行動と自分の責任がごちゃ混ぜになっている。

こういうとき、人は「不適応的罪悪感」を感じます。
自分が直接傷つけたわけでもないのに、誰かの失敗や不調を≪私のせい≫と感じてしまう。
これは、子どもの頃から「人の感情を背負うクセ」がある人ほど、起きやすい。



年前までは依存していた

実は、1年前にも夫は飲み会帰りに仕事関係の仲間に付き添われて、
しかも人が変わったように暴言を吐きながら帰ってきたことがあります。
泥酔と脱水、熱中症症状が重なった結果でした。
その出来事がしばらくトラウマになって、飲み会の日は帰宅するまで眠れなかった。

「何かあったら私が動かなきゃ」
「私がちゃんと見ていないと危ない」

……今思えば、それは心配ではなく依存でした。
夫が崩れたら自分も崩れる、そんな結びつき方をしていたんです。



今は眠い。だから寝る。

それが今では、飲み会の日も普通に眠くなります。
夫が誰かに付き添われて帰ることになっても、「ありがとうございました。」で終わる。……そして私は寝ます。



過去の私が玄関で毛布をかけていたら、
今の私はこう言います。

「ほっといて寝よう。大人だから死なないから。毛布と水だけ置いとけば十分。」

これは冷たいわけじゃない。
ようやく、
「夫は夫の責任で生きる」
という当たり前を
信じられるようになっただけです。



そして不思議なことに、

私が心配しすぎず
マイペースに寝るようになってから、

夫は酔っても
自力で帰ってくるようになりました。


こちらが変わると、相手も変わる。 

これも境界線の効果です。


✦✦✦   境界線を引くのは、優しさだ ✦✦✦

他人の行動まで背負うと、共倒れします。

境界線を引くことは、相手を突き放すことではありません。

自分を守るための、
そして
相手に自分の人生を生きてもらう
ための優しさです。


罪悪感を手放したら、
飲み会の夜もぐっすり眠れるようになりました。


そして、
眠れるようになった自分の方が、
確実に優しい人間になっています。





次回は、**「ドライヤーの時間を、丁寧に」**という、罪悪感とは真逆のセルフケアの話をします。

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