人間不信と回避型が「推し」に救われる理由|回避型オタクなりの解釈
突然ですが、私には長年応援している推しがいます。
たまに記事に登場する私の推しですが、今日は推しについて話そうかな。
※ちなみに私は古のオタク兼界隈的に、普段は推しのことを「自担」と呼んでいます。でも世間では「推し」という言葉の方が浸透しているから、この記事ではあえて推しと呼ぶことにします。
先日、いつものようになんとなくSNSを見ていたら、こんな投稿を見かけました。
「推し活に依存してしまう人の深層心理には人間不信が隠れている事が多い」
「人を信じられないからこそ、お金を払えば裏切られない関係に安心する」
人によっては不快に感じる人もいると思うし、推し活をしている人全員がそうなわけじゃないけど、私は、わかるかもって思ったです。
回避型なのに、約20年同じ推しを好きでいる
私は典型的な回避型なのですが、実は20年近く変わらず好きな推しがいます。
なんでこんなに続いているのかについては、正直自分でも意味がわからない。笑
「高校入ったらオタク辞めるんだろうな」とずっと思っていたし、高校を卒業したらさすがに辞めるでしょ、成人したら辞めたいな、社会人になったらもうオタクなんてしていないでしょ、30までやっているわけないでしょって。
気付いたらこんな感じだったし、自分でも飽きない自分が気持ち悪い笑
でもここまで来ると「推しがいる」というより、「推しがいる人生」が通常運転になりすぎていて。
安心感とか救いとか、そういう大袈裟なものですらなくて、好きなことが当たり前。自分にとってなくてはならない空気みたいな感じ。
だって人生の半分以上好きなんだよ。そりゃ生活の一部になるでしょ。
私の推し活は、たぶん普通とちょっと違う…のかなあ
ここだけの話、好きになったときは小学生だったし、当時はリアコ気味だったりちょっと同担苦手みたいな時期も経験しました。笑 でもそれは中学生までで、それ以降は推しに対して疑似恋愛みたいな感覚は一切消えました。
遭遇したいとも別に思わないし、ロケ地巡りみたいなのも正直興味ない。繋がりたいとも思わないし、認知されたい欲もほぼなくて。ただ、ステージに立っていてくれればいい。ずっとキラキラしていてくれればいい。なんかもう、それだけなんだよね。
私の推しって本当に多趣味で、好きになったときの推しは10代だったのに、今ではもう40代。趣味も見た目も魅せ方も何もかもがコロコロ変わるから、まじで飽きないの。毎回「またうちの推しはなんかおもしろいことしてんな」とか「今あの人こんなことにはまってんだ」とか、時には「ねえ、何この髪型笑笑 やめてくれ笑」みたいなものとか。笑
こんなに人に飽きっぽい私が、唯一飽きない人なのかも。
あまりにも多趣味な推しだから、たくさん影響を受けた。お洋服も、音楽も、感性も。自分だけじゃ見つけられない世界や景色、経験を推しに見せてもらった。最近はさらに新しいジャンルの仕事が増えていて、これからもたくさんいろんなものに触れるきっかけになってくれるんだろうなと思うと、勝手に楽しみでもあります。いつも、新しい世界を見せてくれてありがとうね。
回避型と推し活が異様に相性がいい理由
そんな私の推しの話はおいといて。ここからは、あの投稿を見て私が一番感じたことについて話そうと思います。
勘違いされがちなんですけど、回避型って「愛情がない」わけじゃないんですよね。だから人を好きになれないわけでもなくて。ただ、好きになったときに発生する責任や不安が怖いだけなんです。相手の感情を受け止めること、期待に応えること、ちゃんと向き合うこと。それが積み重なると急に苦しくなって、距離を取りたくなってしまうんです。
愛されたくないわけじゃないし、愛したい気持ちはある。でも求められると怖くなる。期待されると逃げたくなる。
でも推しって、それがないんです。
勝手に好きでいられるから相手と向き合う必要はないし、しんどいときは自分から離れられる。そして相手から愛情を求められることはないので、関係性に苦しくなりません。
そう思うと「回避型なのに推しに一途」って、矛盾しているようでめちゃくちゃ整合性があると思うようになりました。私のような回避型にとって推しって、安心して好きでいられる存在なのかもしれません。
推し活コミュニティが「安全な場所」になる理由
大前提、私が回避型っていうのはあるんだけど、よく考えたら私の周りのオタク友達、回避型か男性不信っぽい子がめちゃくちゃ多いことにも気がつきました。
もちろん全員がそういうわけではないけれど、人間関係で疲弊したことがある人、人を信じるのが少し怖い人、人と壁を作りがちな人、人間関係は狭く深くな人はかなり多い気がします。
推し活コミュニティって独特で、「人」ではなく「好き」を通して繋がれるので、無理に深く踏み込まなくても成立するし、本当の自分を全部見せなきゃいけない場面が発生しにくい。
とはいえ、私もオタク同士で知り合って10年以上、今ではなんでも話せる親友や家族も公認の友達もいるし、その中で本気で大切な友達もできたりするんだけどね。
熱量には、ブレーキも必要だと思う
とはいえ、推し活にはもちろんそういう側面もあると思っていて。
オタクの熱量ってエスカレートしやすい。もっと近付きたい、認知されたい、特別になりたい。その気持ち自体は好意を持ってしまった以上、自然なものだと思うけれど、行き過ぎると「推しが好き」と「推しを追い詰める」の境界線を越えてしまうことがあります。
依存と執着は違うし、執着とストーカーも違う。推しとオタクのその辺の線引きはしっかりしたいよね。
もちろん私は、所有したい気持ちは一切なくて。ただ見ていたい。
ずっとキラキラしていてほしい。アイドルしていてほしい。そんな気持ちです。
ずっとアイドルでいてくれてありがとう
あの投稿を見て、20年好きでいられたのって、推しが安心して好きでいられる相手だったからなのかなって感じました。
ずっと好きでいさせてくれてありがとう。ずっとアイドルでいてくれてありがとう。いつも楽しませてくれてありがとう。出会えてありがとう。
これからも推しが表舞台に立ち続けているうちは、勝手に好きなんだろうな。
※自分が回避型になった背景については、こちらの記事で書いています。
同じグループのオタクしてるかも!って人がいたらコメント・フォローお待ちしています♡笑
