その氣持ちに、名前をつけてあげる
「なんだかわからないけど、しんどい」理由をうまく言えないのに、胸のあたりが重い。
イライラしているような、泣きたいような、でも、そのどれとも違うような…。
「どうしてこんな氣持ちになるんだろう」
その「わからなさ」こそが、しんどさの正体なのかもしれない、と私は思っています。






名前のわからない氣持ちは、本当にしんどい…。
「痛い」という一言の奥に、たくさんの氣持ちが隠れているのを感じる。
この先どうなるのか不安。家族に迷惑をかけている申し訳なさ。それがぜんぶ、「痛い」という短い言葉に押し込められている。
そして、例えば「本当は、明日の検査が怖くて眠れないんです」とぽつりと言葉にできたとき、ふっと表情がゆるみ心は少し軽くなる。
痛みそのものは、なにも変わっていないのに…。
正体のわからない氣持ちは、どう扱っていいのかわかりません。
姿の見えない不安は、実際よりもずっと大きく感じられます。
でも、「これは寂しさなんだ」「私は今、不安なんだ」と名前がついたとき、その氣持ちは、手のひらにのせられるくらいの大きさになってくれるような感覚があります。
名前をつけるのは、その氣持ちと、一緒にいられるようになるためだとも思います。
氣持ちに名前をつけるとき、「不安」「怒り」と、まじめに呼ばなくても大丈夫です。
むしろ、ちょっとくすっと笑えるくらいの、面白い、またはかわいい名前をつけてあげます。
例えば…
胸のあたりがなんとなく重いときは、「モヤッとちゃん」。
そわそわして落ち着かないときは、「ソワソワ座衛門」。
理由もなくイライラしてきたら、「プンプン坊や」。
夜になると不安がふくらむなら、「ふわふわ風船くん」。
……どうでしょう。「不安が止まらない」と言うと胸がぎゅっとしますが、「あ、また、ふわふわ風船くんが飛んで来たんだなぁ」と思うと、なんだか、ちょっとだけ肩の力が抜けませんか。
これは、ふざけているわけではないのです。
名前を面白くかわいくすると、その氣持ちが「対立する敵」ではなく、「ちょっと困ったさん」くらいになってくれる。
すると不思議と、こちらも身がまえずに、そばにいてあげられるようになりやすくなると思います。
氣持ちというのは、追い払おうとするほど留まるところがあります。
でも、「まあ、いてもいいか」と思えたとたん、心が軽くなることがよくあります。
名前をつけて、少し肩の力が抜けたら、その奥もそっとのぞいてみましょう。
たとえば「プンプン坊や」。強くて、とげとげして見えますよね。でも、その下には、たいてい、もっとやわらかい氣持ちが隠れています。
わかってほしかったのに、わかってもらえなかった寂しさ。
うまくやりたかったのに、できなかった悔しさ。
本当は疲れているのに、休ませてもらえない苦しさ。
プンプン坊やは、そのやわらかい氣持ちを守るために、いちばん外側でがんばってくれている、けなげな子でもあります。
だから、「この子は、何を守ろうとしているのかな」と、奥をのぞいてあげてほしいのです。
その奥にいるのは、たいてい、ずっと昔から同じことで傷ついてきた、小さなあなたです。
「ちゃんとしなさい」と言われ続けた子。
「わがままを言ってはいけない」と、我慢してきた子。
その子が、大人になった今も、同じ場面でびくっと反応している。
名前をつけるというのは、その小さなあなたに、「そこにいたんだね」と氣づいてあげることでもあるのです。
名前をつけると、氣持ちはやわらいでいきます
胸がざわざわしたら、少しだけ手を止めて、心の中でこう声をかけてみてください。
「あ、モヤッとちゃん、来たね」
「今日はソワソワ座衛門が元氣だなあ」
「ふわふわ風船くん、さみしかったんだね」
無理に前向きになろうとしなくても、追い払おうとしなくても大丈夫です。ただ、となりに座って、うなずいてあげる。
不思議なもので、氣持ちというのは、否定されるとかえって暴れ、受け止められると、静かになっていきます。
泣いている子どもが、叱られると余計に泣いて、「悲しかったね」と抱きしめられると落ち着いていく感じです。
あなたの心の中にいる小さなあなたも、きっとずっと、そうやって受け止めてもらうのを待っていたのだと思います。
今日、もし名前のわからないしんどさに出会ったら、かわりに、面白いかわいい名前をつけて、こう言ってあげてほしいのです。
「そこにいても、いいんだよ」と。
あなたが自分を大切にしてあげる、いちばんやさしい方法だと、私は思っています。
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