【読書記録】振り回されるのはやめるって決めた 「わたし」を生きるための自他境界
今回は、2025年7月に出版された若山和樹著『振り回されるのはやめるって決めた 「わたし」を生きるための自他境界』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の読書記録をまとめました。
いつも親やパートナーの顔色をうかがってしまう
人からの頼み事を断るのが苦手で、仕事を引き受けすぎてしまう
周りに合わせすぎて自分の意見がわからなくなってしまう
こうした傾向を持ち、その結果、いつも心身のエネルギーを消耗させてしまっている場合、自分と他者の間にある境界線に何か問題が発生しているかもしれません。
本書は人間関係における自他の境界(バウンダリー)について、臨床心理学の観点から包括的に説明されている一般向け書籍です。
本書にはその元となったnote記事が存在し、それは以下の記事です。
人間関係における「境界線(バウンダリー)」に関して注目を集めた上記の記事が編集者の目に止まり、それが本書の執筆につながったと著者は述べています。
私自身、以前から人間関係における「自他境界」や「境界線」、「バウンダリー」といったものに関心はありましたが、本書を手に取るきっかけとなったのはパートナーからの「読んだ上で、どんな内容だったか聞かせてほしい」というリクエストでした。
著者はnoteにおいても書籍においても読みやすく、かつ包括的に「自他境界(バウンダリー)」について述べられているため、その内容を詳細に読書記録としてまとめ直しても面白い内容になるとは思えません。
そのため、今回の読書記録は本書が述べる「自他境界(バウンダリー)」の基本について触れた後、本書を読んだ上で連想されたアイデアなども合わせてまとめられればと思います。
自他境界(バウンダリー)とは?
自他境界(バウンダリー)の定義
「自他境界」について著者は、「こころと体の領域における、ここまでが自分の範囲で、そこから先が自分でないもの(他者)の範囲であることを示す境界線」を意味する言葉と述べています。
なお、「自他境界」ないし「境界線」、「バウンダリー」には明確な定義は存在せず、これまでさまざまな研究者たちによって定義づけられてきました。
著者はいくつかの文献を引きながら、書籍内でも以下のように紹介しています。
(バウンダリーは)私たちを定義します。何が私であり、何が私でないのか、その範囲を明確にします。私がどこで終わり、他の人がどこから始まるのかを示します。
安心できる心地よい人間関係を築きやすくするため、期待と欲求を明確に示す行いのこと
個人としての自分を定義し、他者とどのように関わるかを決定する区切りの線
「わたしはわたし」「あなたはあなた」という心の境界線
では、具体的にどういったものが自他境界(バウンダリー)として機能するのでしょうか?
著者は物理的な境界線、精神的な境界線、外的な境界線の3つを挙げ、以下のように整理しています。
物理的な境界線:皮膚、物理的な距離、時間など
精神的な境界線:言葉、感情的な距離など
外的な境界線:法律、文化、第三者の存在など
自他境界(バウンダリー)の役割
以上を踏まえ、著者は自他境界(バウンダリー)について以下のように述べています。(強調筆者)
バウンダリーは単に外部からの侵入を防ぐためだけでなく、心身を健全に保ち、さらに他者とうまくつながることを可能にします。なぜかというと、バウンダリーによって自分と他者との区別が明確になると、私たちが何を優先すべきかが見極められるようになり、自分の持っている力を効率よく振り分けられるようになるからです。
そうやって効率よく力を用いることができると、私たちは人とのつながりのなかで、自分が注いだ以上の力を得られるようになります。これが私たちに心地よさや元気さ、楽しさなどをもたらしてくれるのです。
一般的に自分と他者の境界線を明確にする、となると「No!」や「いや!」を伝えることが強調されますが、人と人とが心地よい関係性を築く上では不十分です。
著者は自他境界(バウンダリー)の働きとして、自分と他者を明確に区別することに加え、自分の力を効率的に使えるようにするという点を強調しています。
いつも親やパートナーの顔色をうかがってしまう
人からの頼み事を断るのが苦手で、仕事を引き受けすぎてしまう
周りに合わせすぎて自分の意見がわからなくなってしまう
これらの傾向・状態は適切な自他境界(バウンダリー)を設定できておらず、自分の力を効率よく使えていない状態と言えます。
また、境界を設定する上で「No!(いや!)」や「Yes!(ほしい)」を伝えることは大きなエネルギーが必要となり、伝えた後も大小の罪悪感を感じてしまうことは避けられません。
「嫌なら嫌と言えばいいのに」それでも言えない。
そのような時は、そもそも自他境界(バウンダリー)を設定するための基本的な基盤が脅かされていたり、力が失われている場合もあります。
自他境界(バウンダリー)を理解する上で、自分と他者の境界線を明確にすることだけではなく、人間関係とそこに流れる心理的エネルギーの循環の健全さ/不健全さ、また、自他境界(バウンダリー)を安定させる要因・環境という3点を意識することはとても重要です。
なお、本書を読み進める上で「力の効率性」「エネルギー」「心理的エネルギー」など一見、わかりやすそうでわかりづらい表現もあったのですが、著者はこれらの考え方はフランスの心理学者ピエール・ジャネ(Pierre Janet)の「活動心理学」から着想を得て、採用した考え方であるとのことです。
ピエール・ジャネの考え方に関して著者は以下のnote記事でも紹介されているので、詳しくはこちらもご覧ください。
自他境界(バウンダリー)×〇〇
以上、書籍及び著者のnote記事に基づき自他境界(バウンダリー)についてざっと見てきました。
ここからは書籍内の記述で気になった点や、私自身がこれまで見聞きしてきた技術、知見と自他境界(バウンダリー)についてまとめていければと思います。
自他境界(バウンダリー)の主張とNVC
『振り回されるのはやめるって決めた』において著者は、バウンダリーづくりの「最良の方法」として以下の3つを紹介しています。
バウンダリーを主張する(「いや」「ほしい」を伝える)
境界線をメンテナンスする
環境調整をする(適切な距離をとる)
このうち、バウンダリーを主張するのポイントとしては「わかりやすく端的に」「 相手にしてほしいことをはっきりと」「 自信を持って堂々と」「 ぶれない姿勢で一貫して」などが挙げられますが、この言葉で端的に相手に伝える姿勢はNVC(Nonviloment Communication)が想起されました。
「NVC(Nonviolent Communication)」はアメリカの心理学者マーシャル・B・ローゼンバーグ氏(Marshall B. Rosenberg)が提唱したコミュニケーション法です。
国内では「非暴力コミュニケーション」や「共感コミュニケーション」という名称で紹介されることもあるNVCは、ローゼンバーグ氏自身の「私たちに本来備わっている人を思いやろうとする気持ちを引き出し、心の底から与え、自分自身と相手と理解し合うためのコミュニケーション」についての探求の末に生み出されました。
NVCの特徴的な点として、人と人とのコミュニケーションにおいて観察(observations)、感情(feelings)、ニーズ(needs)、リクエスト(requests)の4つの要素を意識することの重要性が挙げられます。
自分は相手のある言動に対してどのように感じたのか?(感情)
相手の言動は自分の大切にしたい内面のどこに触れたのか?(ニーズ)
それを踏まえ、相手に何をしてほしいのか?(リクエスト)
NVCはこのような形式で相手に自身の内面や具体的なアクションリクエストを伝え、他者と共感的に繋がろうとします。
こうした姿勢や主張の形式は『振り回されるのはやめるって決めた』におけるバウンダリーの主張と重なる部分の多さが感じられました。
マーシャル・B・ローゼンバーグ氏及びNVCについては、以下の記事でも取り上げています。参考までにご覧ください。
自他境界(バウンダリー)と自立
『振り回されるのはやめるって決めた』を読み進めていくと、上記のようなバウンダリーづくりの「最良の方法」を取ることができないなど、境界線の問題が複雑化している場合にどうするか?といったシチュエーションも扱われています。
このような場合に著者が提案しているのが、以下の3つのステップです。
絆をつくる
力を取り戻す
小さなバウンダリーを設定する
ここで注目したいのが、1の「絆をつくる」です。
人はパートナーや親、友人などさまざまな関係を構築している中で、適切な境界を設定できている関係、問題を抱えた境界を設定している関係など、その関係性における自他境界(バウンダリー)の質が異なる場合があります。
著者は、適切な境界を設定できている関係の場合には相互に心理的な力を供給しあうことができ、問題を抱えた境界を設定している関係の場合、どんどん自分から相手へ力が流出してしまうと説明しています。
これは、著者が引用している心理学者ピエール・ジャネの心理的経済(psychological economics)に基づく考え方です。
そして、境界線の問題が複雑化している時にこそ、適切な自他境界(バウンダリー)を設定できている関係を増やしていくこと、つまり、「絆をつくること」が、解決策になりうると言います。
親、恋人、友人のいずれかに境界線の問題が発生していても、趣味の友達や会社の仲間、あるいは専門技能を持つ支援者と適切な自他境界(バウンダリー)を設定できている関係を築くことで、自分への力の供給量を増やし、小さくバウンダリーを設定していくことの助けとなります。
このような心理的経済の考え方に触れたときに過ぎったのが、『自立は、依存先を増やすこと 希望は、絶望を分かち合うこと』と題された、熊谷晋一郎氏のインタビュー記事です。
新生児仮死の後遺症により脳性まひの障害を持つ熊谷晋一郎氏は、インタビューの中で自身の東日本大震災発生時の経験も踏まえつつ、自立について以下のように語られています。
『実は膨大なものに依存しているのに、「私は何にも依存していない」と感じられる状態こそが、“自立”といわれる状態なのだろうと思います。だから、自立を目指すなら、むしろ依存先を増やさないといけない。』
人は誰しも当たり前のように多くの人々と関わり、関係を築く社会的な存在です。
そして、適切な関係は互いに力を供給しあうことができると、ピエール・ジャネを引用しつつ本書の著者は述べています。
また、適切なバウンダリーを設定している関係を増やすほど、力の供給量は増え、それはさらに自身の力を効率的に使うことを助けてくれます。
これはまさに、熊谷晋一郎氏の言う「自立」に近づくアプローチではなかろうかと感じられました。
上記の記事の初出は2012年であり、初めて目にした時もハッとさせられる内容でしたが、自他境界(バウンダリー)という観点から新たにその「自立」の真意や価値が見直されたように思います。
終わりに
以上、簡単にではありますが、若山和樹著『振り回されるのはやめるって決めた 「わたし」を生きるための自他境界』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の読書記録をまとめてきました。

はじめに記したように、本書を手に取ったきっかけは、読書好きな私がパートナーから「読んで内容を聞かせて」というリクエストからでした。
結果的に私の仕事、プライベートを共に見直すきっかけとなり、とても良い本との出会いとなりました。
そして、問題のある自他境界について物理的・精神的に距離を取る、環境調整を行うといった「最良の方法」についても、できる範囲では既に取り組んできていたことも振り返ることができました。
他方で、外的な境界に関連する社会制度、法律、文化といったより大きな視点で捉えた場合、やはり自他境界に混乱が起きてしまいやすい時代背景があることも実感し、それを自分の立場から捉え直すことができたように思います。
仕事における自他境界(バウンダリー)というテーマもさまざまな文献等で取り上げられていると著者は本書内で述べている他、ジョナサン・マレシック著『なぜ私たちは燃え尽きてしまうのか』(青土社)なども引きつつ、現代の社会背景について著者は以下のように紹介しています。
ここ半世紀の間、産業構造は製造業中心の経済からサービス中心の経済へとシフトしました。これは、仕事の成果が、製造と言う直接的な作業によってもたらされるものから、サービスという態度や感情といったものによってもたらされるものへ変化したということができます。さらには、私たちが仕事を通じて自己実現することが奨励され、自らの才能や価値観といったものも仕事に捧げることが求められるようになっています。
こうした態度や感情、才能や価値観といったもの、すなわち人格は、本来は精神的な境界線において守られ、自分の内側に留めておくべきものです。しかし、現代に生きる私たちはそれを仕事へと引っ張り出してこざるを得ない文化で生きているのです。
私自身はこれまでチーム、組織、そして組織間の協力や協働を促進するためのファシリテーションや情報発信に取り組んできましたが、それら1つひとつの取り組みはそれらチーム、組織、組織間にある文化や構造、長い時間をかけて形成されたパターンなどを「緩やかに変容させていく不断の取り組み、積み重ね」であると認識して向き合ってきました。
そして、今回扱った自他境界(バウンダリー)の知恵もまた、私たち一人ひとりが健康的な関係性を他者と構築することを助けてくれるだけではなく、問題ある自他境界(バウンダリー)を生み出す文化や構造に目を向けるきっかけになりうる、と確信できました。
著者は『振り回されるのはやめるって決めた』内や出版後の『自他境界(バウンダリー)の書籍について』というnote記事においても関連する書籍や情報について紹介してくれており、本書からさらに手を伸ばして知見を広げるためのヒントも提示してくれています。
私自身も探求を続けていこうと思いますが、ぜひ本読書記録をご覧いただいた皆さんも以下の参考リンクなどからさまざまな研究者、専門家の意見に触れてみていただけると嬉しいです。
さらなる探求のための参考リンク
自他境界(バウンダリー)の書籍について|カウンセリングルーム9B
自分と他者を区別する境界線「バウンダリー」とは?ソーシャルワーカー鴻巣麻里香さんによる解説|こここ
職場の人間関係に「線を引く」コツ、いつも一生懸命で疲れすぎてしまう人へ精神科医がアドバイス。「ずるい」人のマネもしちゃっていい!|東洋経済オンライン
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