アダムからキリストまでジャスト4000年──聖書の年数を数えた結果
聖書は、アダムからキリストまで、きっかり4000年を啓示しています。
聖書にある几帳面とも言える年数を見て、「もしかしたら、アダムから年数を数えられるのでは」と思ったことはありませんか?
実際に数えてみたら、なんと──
キリスト到来まで、きっかり4000年になったのです!
📕聖書だけでアダム創造から年数を数えました
① アダム創造~アブラハム誕生
アダムから年数を数える
【創世記 5章】
3節 アダムは百三十歳になって、自分にかたどり、自分のかたちのような男の子を生み、その名をセツと名づけた。
6節 セツは百五歳になって、エノスを生んだ。
9節 エノスは九十歳になって、カイナンを生んだ。
12節 カイナンは七十歳になって、マハラレルを生んだ。
15節 マハラレルは六十五歳になって、ヤレドを生んだ。
18節 ヤレドは百六十二歳になって、エノクを生んだ。
21節 エノクは六十五歳になって、メトセラを生んだ。
25節 メトセラは百八十七歳になって、レメクを生んだ。
28-29節 レメクは百八十二歳になって、男の子を生み、「この子こそ、主が地をのろわれたため、骨折り働くわれわれを慰めるもの」と言って、その名をノアと名づけた。
👉130+105+90+70+65+162+65+187+182=1056年
💡アダム創造~ノア誕生=1056年
【創世記 7章11-12節】
それはノアの六百歳の二月十七日であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。
【創世記 11章10節】
セムの系図は次のとおりである。セムは百歳になって洪水の二年の後にアルパクサデを生んだ。
ノアの六百歳に洪水があり、ノアの子セムは洪水の二年後に百歳ですので、ノアが六百二歳のとき、セムは百歳です。
ノアとセムの差は、602-100=502年。
ノアが五百二歳のとき、セムを生みました。
💡ノア誕生~セム誕生=502年
【創世記 11章】
10節 セムの系図は次のとおりである。セムは百歳になって洪水の二年の後にアルパクサデを生んだ。
12節 アルパクサデは三十五歳になってシラを生んだ。
14節 シラは三十歳になってエベルを生んだ。
16節 エベルは三十四歳になってペレグを生んだ。
18節 ペレグは三十歳になってリウを生んだ。
20節 リウは三十二歳になってセルグを生んだ。
22節 セルグは三十歳になってナホルを生んだ。
24節 ナホルは二十九歳になってテラを生んだ。
👉100+35+30+34+30+32+30+29=320年
💡セム誕生~テラ誕生=320年
【創世記 11章32節】
テラの年は二百五歳であった。テラはハランで死んだ。
【創世記 12章4節】
アブラムは主が言われたようにいで立った。ロトも彼と共に行った。アブラムはハランを出たとき七十五歳であった。
テラが二百五歳で死んだとき、アブラム(後のアブラハム)は七十五歳ですので、205-75=130年。
テラが百三十歳のとき、アブラムを生みました。
💡テラ誕生~アブラハム誕生=130年
以上を整理すると、
💡アダム創造~ノア誕生=1056年
💡ノア誕生~セム誕生=502年
💡セム誕生~テラ誕生=320年
💡テラ誕生~アブラハム誕生=130年
👉1056+502+320+130=2008年
✅アダム創造~アブラハム誕生=2008年
② アブラハム誕生~アブラハム契約
アブラハム契約
【創世記 17章1-8節】(アブラハム契約)
アブラムの九十九歳の時、主はアブラムに現れて言われた、
「わたしは全能の神である。あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。わたしはあなたと契約を結び、大いにあなたの子孫を増すであろう」。アブラムは、ひれ伏した。
神はまた彼に言われた、
「わたしはあなたと契約を結ぶ。あなたは多くの国民の父となるであろう。あなたの名は、もはやアブラムとは言われず、あなたの名はアブラハムと呼ばれるであろう。わたしはあなたを多くの国民の父とするからである。
わたしはあなたに多くの子孫を得させ、国々の民をあなたから起そう。また、王たちもあなたから出るであろう。
わたしはあなた及び後の代々の子孫と契約を立てて、永遠の契約とし、あなたと後の子孫との神となるであろう。
わたしはあなたと後の子孫とにあなたの宿っているこの地、すなわちカナンの全地を永久の所有として与える。そしてわたしは彼らの神となるであろう」。
上記のとおり、アブラムが99歳の時、神は彼と契約を結び、アブラハムの名を与えました。
✅アブラハム誕生~アブラハム契約=99年
ちなみに契約の内容は、次のとおりでした。
アブラハムに多くの子孫を得させ、国々の民を起こす
アブラハムと代々の子孫と永遠の契約をする
アブラハムと子孫の神となる(神の民とする)
アブラハムと子孫とに、カナンの全地を永久に与える
割礼が契約のしるしとなる(創世17章9-14節)
③ アブラハム契約~出エジプト
出エジプト
【出エジプト記 12章40-41節】(出エジプト)
40節 イスラエルの人々がエジプトに住んでいた間は、四百三十年であった。
41節 四百三十年の終りとなって、ちょうどその日に、主の全軍はエジプトの国を出た。
ここにある「イスラエル」とは、ヤコブの血筋による子孫ではなく、信仰による神の民のことです。
また「エジプト」とは、この世全体(諸国民の中)の象徴です。
40節の「エジプト」には当時のカナンも含まれ、諸国民の中に住んでいたという意味合いになります。
41節は「エジプトの国」になっており、こちらは地理的な国を指しており区別されています。
一部の古代写本(サマリア五書、七十人訳)には、次のように記述されています。
サマリア五書

ハイライト部分を訳すと「さて、イスラエルの子らとその先祖たちが、カナンとエジプトに住んでいた期間は四百三十年であった」となります。
七十人訳(LXX セプトゥアギンタ)

ハイライト部分が「カナン」で、訳せば「イスラエルの人々が、エジプトの地とカナンの地に住んだ期間は四百三十年であった」となります。
以上のことから、
イスラエル(神の民)の人々が、
エジプトとカナン(諸国民の中)に住んでいた。
この二つの要件を満たすのは、カナンに寄留していたアブラハムが、契約によって神の民になった時からであり、これが430年の起算点になります。
パウロはこのことを理解しており、次のとおり述べています。
【ガラテア人への手紙 3章17-18節】
わたしの言う意味は、こうである。
神によってあらかじめ立てられた契約が、四百三十年の後にできた律法によって破棄されて、その約束がむなしくなるようなことはない。
(中略)
ところが事実、神は約束によって、相続の恵みをアブラハムに賜わったのである。
「神によってあらかじめ立てられた契約」とは、アブラハム契約のことで、「四百三十年の後にできた律法」とは、モーセ律法のことです。モーセ律法は、エジプト脱出の年に与えられました。
つまり、アブラハム契約から出エジプトまでが、430年です。
✅アブラハム契約~出エジプト=430年
④ 出エジプト~ソロモン王の治世第四年
ソロモン王の治世第四年
【列王記上 6章1節】
イスラエルの人々がエジプトの地を出て後四百八十年、ソロモンがイスラエルの王となって第四年のジフの月すなわち二月に、ソロモンは主のために宮を建てることを始めた。
これはそのままで、出エジプトからソロモン王の治世第四年までは、480年です。
✅出エジプト~ソロモン王の治世第四年=480年
⑤ ソロモン王の治世第五年~バビロン捕囚
バビロン捕囚までの年数を数える
【列王記上 11章42節】
ソロモンがエルサレムでイスラエルの全地を治めた日は四十年であった。
ソロモン王の全治世は40年で、ここでは治世第五年からの年数を数えます。
40-4=36年ですので、36年を採用します。
💡ソロモン王の治世第五年からの年数 36年
ソロモン王の死後、国は南北(南ユダと北イスラエル)に分裂しました。エルサレムのある南ユダ王国の王の治世を数えます。
【列王記上】(南ユダ王の治世)
14章21節 ソロモンの子レハベアムはユダで世を治めた。レハベアムは王となったとき四十一歳であったが、主がその名を置くために、イスラエルのすべての部族のうちから選ばれた町エルサレムで、十七年世を治めた。その母の名はナアマといってアンモンびとであった。
15章1-2節 ネバテの子ヤラベアム王の第十八年にアビヤムがユダの王となり、エルサレムで三年世を治めた。その母の名はマアカといって、アブサロムの娘であった。
15章9-10 イスラエルの王ヤラベアムの第二十年にアサはユダの王となり、エルサレムで四十一年世を治めた。その母の名はマアカといってアブサロムの娘であった。
22章42節 ヨシャパテは王となった時、三十五歳であったが、エルサレムで二十五年世を治めた。その母の名はアズバといい、シルヒの娘であった。
【列王記下】
8章16-17節 イスラエルの王アハブの子ヨラムの第五年に、ユダの王ヨシャパテの子ヨラムが位についた。彼は王となったとき三十二歳で、八年の間エルサレムで世を治めた。
8章25-26節 イスラエルの王アハブの子ヨラムの第十二年にユダの王ヨラムの子アハジヤが位についた。アハジヤは王となったとき二十二歳で、エルサレムで一年世を治めた。その母は名をアタリヤと言って、イスラエルの王オムリの孫娘であった。
11章3節 ヨアシはうばと共に六年の間、主の宮に隠れていたが、その間アタリヤが国を治めた。
12章1節 ヨアシはエヒウの第七年に位につき、エルサレムで四十年の間、世を治めた。その母はベエルシバの出身で、名をヂビアといった。
14章1-2節 イスラエルの王エホアハズの子ヨアシの第二年に、ユダの王ヨアシの子アマジヤが王となった。彼は王となった時二十五歳で、二十九年の間エルサレムで世を治めた。その母はエルサレムの出身で、名をエホアダンといった。
15章1-2節 イスラエルの王ヤラベアムの第二十七年に、ユダの王アマジヤの子アザリヤが王となった。彼が王となった時は十六歳で、五十二年の間エルサレムで世を治めた。その母はエルサレムの出身で、名をエコリアといった。
15章32-33節 レマリヤの子イスラエルの王ペカの第二年に、ユダの王ウジヤの子ヨタムが王となった。彼は王となった時二十五歳であったが、エルサレムで十六年の間、世を治めた。母はザドクの娘で、名をエルシャといった。
16章1-2節 レマリヤの子ペカの第十七年にユダの王ヨタムの子アハズが王となった。アハズは王となった時二十歳で、エルサレムで十六年の間、世を治めたが、その神、主の目にかなう事を先祖ダビデのようには行わなかった。
18章1-2節 イスラエルの王エラの子ホセアの第三年にユダの王アハズの子ヒゼキヤが王となった。彼は王となった時二十五歳で、エルサレムで二十九年の間、世を治めた。その母はゼカリヤの娘で、名をアビといった。
21章1節 マナセは十二歳で王となり、五十五年の間、エルサレムで世を治めた。母の名はヘフジバといった。
21章19節 アモンは王となった時二十二歳であって、エルサレムで二年の間、世を治めた。母はヨテバのハルツの娘で、名をメシュレメテといった。
22章1節 ヨシヤは八歳で王となり、エルサレムで三十一年の間、世を治めた。母はボヅカテのアダヤの娘で、名をエデダといった。
23章31節 エホアハズは王となった時二十三歳で、エルサレムで三か月の間、世を治めた。母はリブナのエレミヤの娘で、名をハムタルといった。
23章36節 エホヤキムは二十五歳で王となり、エルサレムで十一年の間、世を治めた。母はルマのペダヤの娘で、名をゼビダといった。
24章8節 エホヤキンは王となった時十八歳で、エルサレムで三か月の間、世を治めた。母はエルサレムのエルナタンの娘で、名をネホシタといった。
24章18節 ゼデキヤは二十一歳で王となり、エルサレムで十一年の間、世を治めた。母はリブナのエレミヤの娘で、名をハムタルといった。
南ユダ王国の王の治世
レハベアム 17年
アビヤム 3年
アサ 41年
ヨシャパテ 25年
ヨラム 8年
アハジヤ 1年
アタリヤ 6年
ヨアシ 40年
アマジヤ 29年
アマジヤ 52年
ヨタム 16年
アハズ 16年
ヒゼキヤ 29年
マナセ 55年
アモン 2年
ヨシヤ 31年
エホアハズ 0年(即位年の途中で退位)
エホヤキム 11年
エホヤキン 0年(即位年の途中で退位)
ゼデキヤ 11年
👉以上合計=393年
注:即位年の途中で退位した場合、在位した数か月は次の王の治世に吸収されるため、治世は0年になります。
王国分裂後、南ユダ王国の王は20人即位しました。
その治世の合計は、393年になります。
💡南ユダ王国の統治年数 393年
南ユダ王国滅亡の年
【エレミヤ書 39章2-10節】(南ユダ王国滅亡)
ユダの王ゼデキヤの九年十月、バビロンの王ネブカデレザルはその全軍を率い、エルサレムに来てこれを攻め囲んだが、ゼデキヤの十一年四月九日になって町の一角が破れた。
(中略)
バビロンの王はリブラで、ゼデキヤの子たちを彼の目の前で殺した。バビロンの王はまたユダのすべての貴族たちを殺した。
王はまたゼデキヤの目をつぶさせ、彼をバビロンに引いて行くために、鎖につないだ。またカルデヤびとは王宮と民家を火で焼き、エルサレムの城壁を破壊した。
そして侍衛の長ネブザラダンは町のうちに残っている民と、自分に降伏した者、およびその他の残っている民をバビロンに捕え移した。
しかし侍衛の長ネブザラダンは、民の貧しい無産者をユダの地に残し、同時にぶどう畑と田地をこれに与えた。
【エレミヤ書 40章10-12節】(貧しい者の収穫)
あなたがたは、ぶどう酒や夏のくだもの、油を集めて、それを器にたくわえ、あなたがたの獲た町々に住みなさい」。(中略)そこでそのユダヤ人らはみなその追いやられたもろもろの所から帰ってきて、ユダの地のミヅパにいるゲダリヤのもとにきた。
そして多くのぶどう酒と夏のくだものを集めた。
南ユダ王国の最後の王ゼデキヤの「十一年四月」とは、治世11年と4か月のことで、12年目のことです。
12年目のこの年は、ぶどう酒や夏の果物の収穫が記録されており、土地はまだ荒廃していません。
したがって土地の荒廃は、翌年からです。
このゼデキヤ王の12年目の年が、南ユダ王国滅亡の年で、バビロン捕囚開始の前年です。
💡ゼデキヤ王の12年目=南ユダ王国滅亡の年 1年
補足:
南ユダ王国の王の治世は、年度末の王を数えます。
即位年の途中で退位した王の統治期間が、次の王の治世に吸収され、治世0年となるのはこのためで、ゼデキヤは12年目の途中で退位しているため、治世は11年になります。
以上を整理すると、
💡ソロモン王の治世第五年からの年数 36年
💡南ユダ王国の統治年数 393年
💡ゼデキヤ王の12年目=南ユダ王国滅亡の年 1年
👉36+393+1=430年
✅ソロモン王の治世第五年~バビロン捕囚=430年
⑥ バビロン捕囚~神殿再建命令
神殿再建命令
【エレミヤ書 25章11節】
この地はみな滅ぼされて荒れ地となる。
そしてその国々は七十年の間バビロンの王に仕える。
【ダニエル書 9章2節】
すなわちその治世の第一年に、われダニエルは主が預言者エレミヤに臨んで告げられたその言葉により、エルサレムの荒廃の終るまでに経ねばならぬ年の数は七十年であることを、文書によって悟った。
【歴代誌下 36章21-23節】(神殿再建命令)
これはエレミヤの口によって伝えられた主の言葉の成就するためであった。こうして国はついにその安息をうけた。
すなわちこれはその荒れている間、安息して、ついに七十年が満ちた。
ペルシャ王クロスの元年に当り、主はエレミヤの口によって伝えた主の言葉を成就するため、ペルシャ王クロスの霊を感動されたので、王はあまねく国中にふれ示し、またそれを書き示して言った、「ペルシャの王クロスはこう言う、『天の神、主は地上の国々をことごとくわたしに賜わって、主の宮をユダにあるエルサレムに建てることをわたしに命じられた。あなたがたのうち、その民である者は皆、その神、主の助けを得て上って行きなさい』」。
上記のとおり、エルサレムは荒れ地となり70年間バビロン王に仕えました。
そして70年目に、「天の神は、主の宮をユダにあるエルサレムに建てることをわたしに命じられた」とあるように、神はペルシャ王クロスに神殿の再建を命じました。
これが神によるエルサレム神殿の再建命令で、バビロン捕囚から70年目でした。
✅バビロン捕囚~神殿再建命令=70年
⑦ 神殿再建命令~キリスト到来
メシア(キリスト)到来
【ダニエル書 9章25節】(メシア到来預言)
それゆえ、エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週あることを知り、かつ悟りなさい。
これは、ダニエル書にある有名なメシア(キリスト)到来の預言です。
「メシヤ(キリスト)なるひとりの君(王子)が来るまで、七週と六十二週ある」とあります。
七週と六十二週で六十九週。
つまり、
キリスト到来まで、六十九週という預言です。
一週は七日であり、ここでの一週は七年のことです。
エルサレムを建て直せという命令(神殿再建命令)が出てから、キリスト到来まで六十九週、つまり、69週×7年=483年です。
✅神殿再建命令~キリスト到来=483年
①~⑦ アダム創造~キリスト到来
アダム創造からキリスト到来までの年数が出揃いましたので、整理します。
✅アダム創造~アブラハム誕生=2008年
✅アブラハム誕生~アブラハム契約=99年
✅アブラハム契約~出エジプト=430年
✅出エジプト~ソロモン王の治世第四年=480年
✅ソロモン王の治世第五年~バビロン捕囚=430年
✅バビロン捕囚~神殿再建命令=70年
✅神殿再建命令~キリスト到来=483年
👉2008+99+430+480+430+70+483=4000年
ご覧のとおり、
アダム創造~キリスト到来=ジャスト4000年になりました。
✅アダム創造~キリスト到来=4000年
📌アダム創造~キリスト到来=4000年
この結果が、たまたま偶然だと思いますか。
キリストは、ちょうど4000年目に到来することが初めから計画されており、聖書の年数は、それを証しするために記述されていた、と考えるのが自然ではないでしょうか。
ちょうど4000年だなんて……
偉大な知恵の介入を感じざるを得ません。

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