偶像崇拝王マナセの改心──日本人も囚われる高き所への信仰
聖書の神の価値観は、十戒に表されます。
その第二戒は「偶像崇拝するな」です。
この戒めは、日本人にどう映るでしょうか。
📍下の記事ではお天道様が実は、聖書の神のようであり、日本人は知らず知らずに創造主を畏れ敬い、親しんでいるのかもしれないことを考察しました。
しかしながら現代の日本社会は、マナセの時代を想起させます。
マナセとは──
聖書の中で偶像崇拝の悪名高き王として語られる人物です。
マナセの偶像崇拝は、国全体の価値観を変えてしまい、後の王国滅亡の原因となりました。
この時代は、現代の日本社会と重なる点が多いのです。
📌この記事では──
マナセの偶像崇拝から、終末期の今、日本人が学べることを考えます。
1|偶像崇拝王マナセの時代
マナセは南ユダ王国の第14代の王で、55年間、治めました(列王下21章1節)。
マナセの偶像崇拝は、列王記下21章にあります。
順に見ていきましょう。
① 高き所を再建し、異教の礼拝を公認した
マナセの父ヒゼキヤ王は、神に従順だった王として知られます。
マナセは父の宗教改革を無にし、取り壊された「高き所」を再建しました(列王下21章3節)。
これは、国家全体の価値観の転換を意味しました。
② バアルの祭壇を築いた
またマナセは、異教の豊穣神バアルの祭壇を築きました(列王下21章3節)。
豊穣神崇拝には神殿娼婦や男娼が関与する性的な儀式を伴い、バアル崇拝は神殿の聖さを汚し、社会全体を道徳的に腐敗させる要因になりました。
③ アシェラ像を造り神殿に置いた
アシェラは異教の最高神エルの妻とされ、豊穣の女神として崇められました。
アシェラの祭儀にも、豊穣祈願にかこつけた売春行為に結び付く側面をもっていました。このアシェラ像がマナセによって、神殿の中に置かれたのです(列王下21章3,7節)。
④ 天の万象を拝む祭壇を築き仕えた
マナセは、神殿の庭に天の万象(星々や惑星)を拝むための祭壇を築き、それらを神々(道を示すもの)として仕えました(列王下21章3-5節)。
これは古代バビロニアやアッシリアの占星術的な信仰に影響されたものと考えられます。
⑤ 自分の子を火に焼いて捧げた(モレク崇拝)
マナセは、自分の子を火に焼いて捧げる行為をしていました(列王下21章6節)。
これはモレク崇拝という異教の儀式で、幼児や子どもを火の中で焼くという残酷なものでした。
モレク崇拝は、カナン人やアモン人(周辺諸国の民)の間で行われており、神が厳しく禁じた行為でした(レビ18章21節、申命12章31節)。
⑥ 占い・魔術・口寄せ・魔法使いを用いた
またマナセは、占い・魔術・口寄せ・魔法使いを用いました(列王下21章6節)。これらも律法で厳しく禁じられていました(レビ19章31節、申命18章10-12節)。
これらの行為は、神への信頼を放棄し、異教の霊的な力に頼るものでした。
⑦ 主の宮に多くの異教の祭壇を築いた
マナセは神殿の中にいくつもの異教の祭壇を築きました(列王下21章4-5節)。
神殿はもはや神のためのものではなく、異教の神々の混合施設(宗教のデパート)と化したのです。
⑧ 民を惑わせ周辺諸国の民以上の悪を行わせた
マナセによって惑わされた国民の悪は、悪ゆえに神に滅ぼされた周辺諸国の民よりも酷かったとあります(列王下21章9節)。
そのため神は「エルサレムとユダに災いを下す」と宣告し、王国が滅ぶことになりました(列王下21章12節)。
⑨ 預言者たちを迫害した
またユダヤの伝承によると、マナセは神の預言者をのこぎりで挽き殺したとされています(ヘブル11章37節)。彼は神の警告を聞こうとせず、預言者たちを迫害し、神の言葉を拒絶したのです(列王下21章16節)。
なぜ、これほどまでのことを行ったのかと疑問に思うかもしれません。
マナセの即位は12歳でした。
当時の南ユダ王国の置かれた情勢から、彼を取り巻く助言者の影響を受けて周辺諸国との関係を築くため、政治的(周辺国の圧力)・文化的(周辺文化との妥協)・霊的(見えるものに頼る)などの要因が絡み合った結果だったと考えられます。
2|現代の日本社会の傾向
では、現代の日本社会の傾向を、マナセの時代に重ねて概観してみます。
① 日本社会における高き所
マナセが再建した「高き所」は物理的なものでしたが、聖書が嫌う本質は場所そのものではなく、自分を高くする心にあります(マタイ23章12節)。
日本社会では「高学歴・高収入・高名(有名)」など、高き所に憧れる価値観が共有されています。
これは努力や向上心そのものを咎めているのではなく、低き者に対する自身の高ぶりを指摘しています。
② バアルやアシェラを容認する傾向
日本にも豊穣や繁栄を願う風習があり、その祭りの中で性的な表現(性器を象った像を担いだり表象物を祀る)が残っています。
現代では、テレビやネット、SNSによる流行の拡散が人々を霊的関心から物的関心へと誘導し、ときには貞潔さが軽く扱われる風潮も見られます。
③ 占いやスピリチュアルに頼る
雑誌やテレビの星占い、おみくじ、手相、姓名判断など、運勢占いが抵抗なく受け入れられています。
また、スピリチュアル、霊媒、お祓いといった見えない存在を認める一方で、創造主への認知にはつながらない傾向があります。
④ 頼れるものなら何にでも拝む混合宗教
日本では、冠婚葬祭において、神道・仏教・キリスト教などが雑居しており、多様な神々を混在させる点で、マナセの混合宗教と似ています。
自分の願望を叶えることや、不安を取り除くために、見境なく拝む傾向にあると指摘されます。
⑤ 深く考えずに、わが子を捧げる
もちろん、日本には人身供犠のような残酷な行為はありません。
しかし「伝統だから」「文化だから」「みんながやっているから」と深く考えずに子どもを流行りの行事に参加させたり、世の中の風潮に従うことを肯定する姿があります。
世の価値観に迎合する構図は、マナセがわが子をモレクに捧げた姿とどこか重なります(マルコ7章9節)。
3|マナセは、改心の象徴でもある
マナセは、偶像崇拝王として名高いだけでなく、実は深い「改心の象徴」ともなっています。
マナセの改心と民
神はマナセと民に、立ち返るよう預言者を通じて告げましたが、彼らは心に留めませんでした。
後にマナセは、敵軍に捕らえられ青銅のかせに繋がれ、捕虜として連行されました。その苦難の中でマナセは神を願い求め、その前に大いに身を低くして祈りました(歴代下33章10-13節)。
神はその祈りを聞き、彼をエルサレムに戻しました。
その後マナセは、自分が建てた異教の神々の偶像や祭壇を取り除き、神への専心を回復し、神に仕えることを民に促したと記録されています(歴代下33章14-16節)。
マナセは──
南ユダ王国の歴史上、最も酷い偶像崇拝へと民を導いた王でありながら、最も深く悔い改めた王としても記録されているのです。
しかし民は、神に立ち返ったものの、その後も高き所で犠牲をささげ続けたとあります(歴代下33章17節)。
4|いま、日本人がマナセ時代に学べること
マナセによって敷かれた偶像崇拝の風潮は、国全体が醸す「空気」となり、多くの人を知らぬ間にのみ込み、無意識の中へ溶けていきました。
現代の日本社会にも、同じものが見えます。
上昇志向の焦り
貞操観念の緩み
霊的渇望の迷い
付和雷同の流れ
これらは、誰かに押しつけられたものではありません。
社会に満ちた風潮が、人々の心の向きを否応なく決めてしまうのです。
日本人は、空気を読むことに長けています。
しかしその強みが、ときには「流されやすさ」にもなります。
その流されやすさの中で、心と風潮との不一致から生まれる小さな違和感は、ひそやかに心の中に芽生えます。
このままではいけない気がする──
それは天の声が、あなたの心に気づかせようとしているのかもしれません。
【箴言 4章23節】
油断することなく、あなたの心を守れ、命の泉は、これから流れ出るからである。
マナセが方向を変えたのは、堕ちるところまで落ちて苦難を味わい、どん底で自分が流されてきた風潮の正体に気づいたからと言えます。
私たちもまた──彼のように苦難を味わってからではなく──歩む方向を選び直すことができるのです。
高き所を取り除く
マナセが改心し、身を低くして神に立ち返ったあとも、民は依然として高き所で犠牲をささげ──自分を人より高くすることを──続けました。
王が命じても、民の内面までは、そう簡単には変わらなかったのです。
世の中で暮らすには、ときには風潮に流され、妥協し、周囲に巻かれて生きる──そうした「人の知恵」が働きます。
それは現実社会の中で身を守る能力でもあります。
しかし、その風潮に違和感を感じるとき、私たちは立ち止まりそれと対峙し、抗い、葛藤していく必要があるでしょう。
心を守る営みは、決して簡単ではないのです。
そのようなときに、マナセに学ぶならば──
葛藤のただ中で、自分を低くしまことの神に頼る心を持てるかどうかということでしょう。
心が揺れるときに──
胸に手をあてて「天の神さま、祈りが聞かれることを感謝します。誘惑に陥らないように悪から守ってください」と静かに頼ってみませんか(マタイ6章9-13節)。
その小さな祈りが、流されそうな私たちの心を守り、きっと光の方向へと歩む力を与えてくれるはずです。
【詩篇 138篇6節】
主は高くいらせられるが低い者をかえりみられる。しかし高ぶる者を遠くから知られる。
📍こちらの記事も是非お読みください。

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