焼き鯖定食とモモノハナ
ツケが回ってきた。
曲げた親指の第二関節を噛む悪い癖が出て、司書を激怒させた俺は流水で指を冷やしながら睡眠と覚醒の間を往来している。
ああ……頭が痛い。
胃から湧き上がるえもいわれぬ匂いに嗚咽が止まらない。
おかげで前頭葉のモヤが晴れてきた。
視線を上へやる。
「成瀬川土左衛門……か……?」
哀しいやら可笑しいやらバケモノの映る鏡に向かい薄ら笑いを浮かべた。
そそくさと後ろを通り過ぎ右のドアから出て行く奴ら。
「おい! 汚ねえな! 手くらい洗えよバーカ!」
俺は叫ぶ。
ガッチャンと音がしてから、0.5拍後に。
すっかり感覚を失っている右手をコートのポケットに突っ込む。
自席に戻ろうとするとあの司書がむくれっつらで俺の城を破壊している。
「え、あ! ちょっと!」
やめてくれよ。
この城を作るだけで二時間と十三分かかったんだ。
ポケットから出した手で、奴の腕の中の一冊だけでもと奪還を試みるも背後から手首を掴まれた。
嫌な冷たさが頬に飛んでくる。
俺は咄嗟に左の手の甲で拭った。
無臭だ。
掴まねている右手を睨むと透明と埃とがベッタリとまとわりついている。
思わず声が出た。
ポリエステルめ。
おめえは水を飲まないんだな。
「ダメですよ、先輩。図書室の正しい使い方、お教えしましょうか……?」
司書は腕の中の城の堅剛な壁だったものを軽く持ち上げてから鼻で笑い去っていった。
「……いい加減離せよ。」
背後の人間は俺よりだいぶ背が高いらしい。
らしい、と言ってもこいつの正体はわかっている。
悔しいんだ。
だから、悔しいんだ。
右肩より下がどんどん熱をなくしていくのがわかる。
一度戻ってきたはずの感覚はまた失われかけている。
「先輩の利き手は確か、右。でしたよね?」
肩甲骨が嫌な軋み方をしている。
気管が震えて空気が肺に入らない。
ふっと最大限に軽くした息を吐く。
せめてもの強がりだ。
左目の下が引き攣る。
つま先から脳天まで、すっかり氷で覆われてしまった。
もう身動きが取れない。
俺は突き刺さる視線はそのままにへなへなと膝から崩れ落ちようとする。
それをこいつは許さない。
蜘蛛に噛まれた蝶のように身を捩る俺に奴は囁いた。
「先輩、僕、お腹が空きました……」
桃の花の、青っぽい匂いがした気がする。
ようやく離された腕をだらりとぶら下げ俺は振り向きもせず言った。
「ピーシーズ食堂でいいか……?」
図書室を出て、食堂へ向かいまっしぐら。
あいつは、そぞろ歩きのふりをする俺に背を向けて一目散に駆けて行く。
……巻いてやろうか。
ふと過ったその瞬間。
あいつは振り向き、ぼやっとした瞳で嫌味っぽく笑みを浮かべまた向き直って歩き出した。
俺は噛んだ下唇を舌で押し返しながら、言葉を腹の底へ、拳をポケットの中へしまい込んだ。
食堂はごった返している。
奴は俺の両肩に手を乗せると左耳に「A」、右耳に「納豆」、もう一度左耳に「妥協の冷奴」と囁き、猛然と空席を探索しに旅立っていった。
俺は券売機に夏目漱石を突っ込む。
戻ってくる。
もう一度突っ込む。
戻ってくる。
背後顔ざわついている。
クソが。
俺は舌打ちひとつ、財布を漁り野口英世を送り込む。
すんなりだった。
A定食……納豆……妥協の冷奴……
いや、妥協の冷奴ってどれだよ!
二つ目の舌打ちをしたところで後ろの学生にどやされる。
「遅えよ!」
俺はB定食のボタンを叩いた指をそのままそいつに向け叫んだ。
「うっせえよ! 少しは待てこのなり損ない法曹めが!」
……勝ったな。
その男は左腕の六法全書をわなわな震わせながら青鯖みたいな顔をして固まっている。
ざわめきは消え、天使でも通ったみたいに静まり返っている。
「お前らみんな、大きな赤ちゃん! 寝てやがれ!」
捨て台詞を吐いて俺はあの腹っ減らしを探しにいった。
「先輩、ダメですよ? あんまり大きい声出したら。」
「あいつらの方がうるさいだろう!」
俺は窓際に屯しているテニスサークルの輩を指差す。
奴はその指を両手で包んで机との間で押し潰した。
「いけません。人様を指差すのは、もっといけません。」
空の青いのに腹が立つ。
椅子の不均衡に腹が立つ。
胃のむかつきをそのままに、B定食の掠れ文字を睨んでいる。
しばらくして奴は鮭を突き回しながら言う。
「味噌汁っておかわり自由でしたよね?」
「知らん。俺はここ、初めてなんだ。」
「三年もいて、ですか?」
「悪いか?」
俺は鯖の塩焼きを神経質に崩しながら返した。
「味噌汁、おかわり自由なんですよ。」
「ふうん。」
「おかわり自由なんですよ。」
だから、なんだ。
わかってはいる。
しかし、いくらなんだって調子に乗りすぎだろう。
「おかわ……」
「わかった。わかったから。さっきくらいでいいのか?」
味噌汁をよそいながら思う。
ここにトリカブトでもギョウジャニンニクでも入れてやれるだけの気概があれば、と。
俺はそっと味噌汁を置く。
半ば意地になって米をかきこんだ。
「なあ……」
「はい?」
「この間……悪かった。」
「え?」
本気でわかっていない。
これはとぼけているわけでもなんでもない。
「だから、その……あれだよ。すまなかった。」
ズーっと音を立てて、奴はおそらくワカメを吸い込んでいる。
「どれのこと、言ってます?」
もう俺は奴の方を向けない。
「だから! あれだよ!」
「どれですか?」
額の少し上に痛みが走る。
帽子が床に落ちた。
拾おうと手を伸ばす。
「お部屋では、お帽子は脱ぎましょうね。先輩。」
奴は微笑みながら、俺の髪をギリギリと掴んでいる。
「それから、ごめんなさいは相手の目を見て言うこと。」
鯖の皮の焦げてないないところがギラギラ光っている。
「この間……バカとか……花がどうしたとか……」
顎関節が錆びついて上手く言葉が出てこない。
「バーカ、バーカ……」
握られているのは前髪でもなんでもなく心臓だろう。
「青鯖が空に浮かんだような顔、しやがって……」
奴は笑っている。
目は焼いた鯖の如く白んでいる。
俺の顔はきっと青ざめている。
「なんの花が、お好きですか……?」
ああ……ああ……
「モ、モ、ノ、ハ、ナ……」
ここでようやく前髪が解放される。
ふうとため息をつく。
「はい、正解。よくできました。」
焼き鯖の死んだ目の男が顎をあげて拍手している。
俺はただ項垂れて、残りの鯖をどうしたのか覚えてはいないのだった。
さて、私が学食に連れてきたのは誰だったのか。
わかったあなたは逆に怖い。
さて、本日1月29日はどなたの誕生日でしょう。
私は今左耳の後ろに手を置いていますよ。
ん?
聞こえませんね。
はい、もう一度!
正解です。
そう。
L'Arc〜en〜Cielのhydeさんです。
ラルクといえば私、私といえばラルク。
黙れ?
はあ?
黙んねえよ!
……失礼。
十六歳の私は思いました。
ああ、おかしいな、なんで私のお父さんはhydeさんじゃないのかしら。
年齢はほとんど変わらないじゃない?
だから私はドーパミンを垂れ流しながら考えました。
もし、hydeさんと親子だったら。
幼少の時分には、一緒にいくつもの種をあの丘へ浮かべたいし、もう少し大きくなったら夏休みにでも道づれに罰を受ける前に新しい箱舟で光を探したい。
反抗期には「息の根止めておけばよかったなんて思うだろう、あの朝に。」って悪態ついて困らせたい。
でもこれだけは約束する。
蝶々は捕まえても磔にはしない、絶対に。
(hydeさん、お誕生日おめでとうございます。
変なこと言ってごめんなさい。
これからも応援しています。)
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童謡を勘違いして世界観がラルクになった話。
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Lyric:YukiO
切ないほどに奪われて
哀しいほどに笑っている
ハッピーバースデーは鳴り止まない!
呼びかけても呼びかけても戻らない日々も
美しい
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よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し