契り
「ああ、僕と兄弟になりたいとか?」
また、始まってしまった。
なにがとは言わない。
始まってしまった。
こいつと知り合ってからの三ヶ月、世の中の大抵の突拍子もない出来事への耐性はついてきたように思う。
いまだにだめなものといえば咄嗟に思いつく限りでは虫くらいのもので、おっさんの爆発的なくしゃみだとか、バイト先にやってくる客達の理不尽な言動なんかはもうどうということもなかった。
とはいえ刺激があると言えば聞こえはいいが、あり過ぎるのも考えものだ。
「いや、そういうことでは……」
「まあそう遠慮なさらず。」
薄まりつつあった麦茶を飲み干した白石は、ルーズリーフに線を引き始めた。
「まず、一番平和的なのは……」
「あー、ちょっと、ちょっと待て。」
兄弟になるのに平和的もクソもあるもんか。
「『一番』ってことは、そんなにいくつも方法があるっちゅうことかい……?」
俺の免疫系細胞がパニックを起こしたらしい。
古の映画の主人公みたいな喋り方になってしまった。
白石は線を引きかけた格好のまま固まっている。
「白石?」
「はい。」
「何してんの?」
「待っているのです。」
「何を……?」
白石は俺を向き、まばたきを繰り返した。
「もう、いいよ。」
「では、僭越ながら続きを……」
いくらなんだって律儀が過ぎるのではないか。
そう思った瞬間にはもう、奴はシャーペンの芯を縦横無尽に走らせている。
「ええ、もちろん。平和的でないものもございますから。」
嫌な予感しかしない。
「それとも、最も物騒な方法からお話しましょうか?」
「結構です。」
「では、一番平和的な方法からお話しましょう。」
白石はルーズリーフに「Ⅰ」と書き入れた。
「まず一つ目。君が僕の妹と結ばれることです。」
「はあ?」
思わず声が裏返った。
「つぐみチャン……だっけ……?」
「よくご存知で。」
ご存知も何も、結構好みのタイプだ。
とは言えない。
死んでも言わない。
いや、死んだら言えない。
そもそも写真でしか知らない。
会ったこともなければ話したこともない。
しかも自分の妹と同い年だ。
何より白石の妹だ。
つまり、妹も白石……
だめだ。
いよいよ考えがまとまらなくなってきた。
「この場合、君は僕の弟になります。一ヶ月ほど君の方が先に歳をくいますがね、僕がお兄さんです。」
「は?」
「『は?』と言われましても……」
「きっと誕生日ケーキは君と僕、二人で一つにまとめられてしまうんでしょうね。」
妙に具体的な話をするんじゃない。
「もう一つは僕が君の妹君と結ばれることです。ですがこれ、君はお嫌でしょう?」
俺は首を縦に振った。
白石は紙上の「Ⅱ」にばつ印を記しつつ、続ける。
「でしょうね。ただこれならば僕が君の弟になります。」
「お前が」
俺は白石を指差した。
「俺の」
俺は俺を指差した。
「弟に?」
「ええ。」
白石は得体の知れない緑色のギラギラがついたクッキーをかじる。
「その折りにはぜひ、兄上と呼ばせてください。」
「嫌だよ。」
「そうですか……では兄様、はいかがでしょう?」
「それも嫌だよ!」
「ではなんとお呼びすれ……」
「そういう問題じゃねえよ。」
「では、何が問題なのでしょうか?」
白石は自分の顎先に触れ、首をひねった。
「全部だよ! 全部嫌だ! 全部大問題だ!」
思いの外大きく出た声に俺が一番驚いている。
白石も白石で、もともと大きな眼をさらに見開いて固まっている。
コップの中の麦茶の氷が音を立てた。
すっかり飲みそびれていたことに気づく。
「いずれにせよ、こうすれば兄にも弟にもなれる、というお話です。」
エアコンの送風口からゴォっと音と冷気が噴き出した。
道理で身体も思考も熱くなるわけだ。
「なあ、白石。」
「はい?」
「兄弟になる方法……とやらはまあ、理論的には理解できた。」
「さすがです。」
「でもさ……」
ルーズリーフへの書き込みは、裏面に突入している。
「お前の妹と俺の妹の気持ちはどうなるんだよ。」
紙を掻く音が止まった。
「それは……」
「それは?」
「今後の課題ですね。」
そう言ってシャーペンを置いた白石は身体を伸ばし、あくびをひとつした。
目尻に流れた涙をそのままにこちらを向いた。
「あとは一人の女性を……」
「やめろ、わかった」
「何がわかりました?」
絶対に言わせない。
なぜ、こんなにも自分が頑なになったのかはわからない。
ただ、言わせたくなかった。
言われたくなかった。
白石はすっかり冷め切った紅茶を飲み干すと、何か探すような顔をして部屋を見渡した。
俺はあえて見ないふりをして、何も言わずに差し込み始めた西陽を疎ましく眺めていた。
今日も今日とて【習作】です。
一応読切ですが、
とつながります。
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いつもの連載、こっちはそろそろ再開します。
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こっちも場合によりそろそろ再開します。
【習作à la carte】
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ゆきお様・解説
男も女も関係はない。
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