明日が来るから、眠りたくない日々に。
皆さん、こんばんは。
睡眠は大切だ。
誰しも分かっていると思いますし、何かしら眠りのために環境を整える努力をされている方は多いでしょう。
でも、最近、「寝たい」と思えていますか?
「寝よう」じゃなくて「寝たい」です。
この2つには、少し差があるんですよね。
私は何度かうつ病などの精神疾患を経験していて、今も双極性障害を抱えています。基本的には一生投薬治療が必要です。
そういう経験をした人ほど、「明日が来るから、寝たくない」という感覚に覚えがあるものだと思います。
疲れて家に帰ってくる。
やりたいことが色々あったけれど、ぼんやりしてしまう。
ぼんやりしている間に、寝る時間になる。
明日になれば、また会社に行かなければならない。
行きたくない。
明日を先延ばしにするために、眠るのをやめる。
1時になる。2時になる。
仕方なくベッドに入って、目を閉じる。
今日だけではなくて、過去にあった嫌なことまで、次々に浮かんでくる。
悲しみは感じない。ただ、涙が出る。
明日なんて来なければいいのに。
そんな風に。
でも、昔は違った、という方も多いのではないでしょうか。
明日友達と遊びに行く約束をした。早く明日になってほしい!
クリスマスの前日。プレゼントが楽しみだな。早く朝が来ればいいのに!
もう何日か寝たら、夏休みだ。早く寝よう!
かつて睡眠は、ワクワクする明日にジャンプするための、スキップボタンのようなものだった。
いつから、来てほしくない明日を呼び寄せる儀式になってしまったのでしょう。
大人になってから、友達との予定は、うまくいかせなきゃと、こなすべきタスクのように思えるし
クリスマスはプレゼント選びから、相手に喜んでもらえるか、緊張して
夏休みは、また仕事という名の苦行が始まるまでの猶予期間に思える。
毎日は「楽しむ」んじゃなくて「やり過ごす」もの。
早く終わりが来ないかな、なんて言葉が、口癖になってしまっていませんか。
そう思ってしまう原因に、「明日が辛すぎる」ということもあると思います。
会社に行くたびにわけもなく涙が出て、何日も体が重くて、
「みんなそうだろう。私だけが辛いんじゃない」なんて思ってしまうのですが、そんなにつらいのはやっぱり、放置して良い状態ではありません。
体を引きずって、頑張って仕事には行けているのかもしれない。
けれど、その代わりに何を失っているでしょうか。
「できる」ことと「やっても大丈夫」なことの間には、明確な差があります。
他の人はもっと楽しそうに、気軽に生きているのに。
もし、自分だけがこんなに辛いとしたら、それは自分が「弱い」のではなくて、今の環境が著しく自分に合っていない可能性があります。
他の人が同じ環境で耐えられているかどうかは関係ありません。私たちは一人ひとり違っていて、同じ環境でも合うかどうかは個人差がある。
例えば、仕事。
納得してから働きたいタイプの人にとって、意図が理解できない命令が多い環境はストレスですが、あまり深く考えず誰かの指示に従っていた方が楽な方もいます。逆にそういう人が、深く考えることを求められる仕事に就くと、それはそれでストレスです。
どちらかが「ダメ」なわけではなく、適正とは、そういうものじゃないでしょうか。
「置かれた場所で咲きなさい」は、元の文脈はさておき、雇用側にとって都合の良い言葉ですね。
昔、新卒の採用面接で「希望と違う部署に配属されたらどうしますか?」と聞かれました。
私は、こう答えました。
「そこが私に合うと判断いただいたということだと思うので、まずはそこでお役に立てるように精いっぱい頑張ろうと思います」
実際、私はそうしてきました。
でもどう頑張ってもそこで咲けなかった時のことは、考えていなかった。
今は、自分が咲く場所は自分で作りたいし
「置かれた場所で枯れそうになっている」なら、自分で咲く場所を選ぶのは、悪いことではないと思うんです。
すぐには無理でも、いつか自分がいきいきと咲ける場所に行けて「明日が来るのが楽しみだ」そんな日常が戻ってくると良いですね。
私は今、とりあえず、9月に発売するファイアーエムブレムの新作が楽しみで、早く9月にならないかなぁ…と思っています。小さなことで良いですね。
どんな人にも、「寝よう」ではなく「寝たい」と思いながら眠れる日が、来ますように。
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