【わかってきたぞ】天使に関する備忘録15【悟り・気づき】
おれだ。前回の続きだ。カバラ研究は難解なので一休みして、天使の話に戻すとしよう。
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天使十階
十字軍やレコンキスタによって西欧キリスト教社会とイスラム教社会の接触が強くなると、両者の仲立ちをする存在としてユダヤ人が活動するようになる。これによりユダヤ教でも刺激を受けて様々な哲学や神学に関する議論が深まり、いわゆるカバラ思想が発展することになったが、この頃にはユダヤ教でも天使の位階(ヒエラルキー)について議論されている。
前に見たように、キリスト教における有名な天使の9位階は、新プラトン主義の思想である「流出説」を取り入れたものだ。第一原因たる神から知恵や光や力が流出し、高次なものから低次なものが流出して、万物が創造されていく。密教の曼荼羅だと大日如来から諸仏菩薩や天部などが流出するが、ユダヤ・キリスト・イスラム教における神とは唯一神に他ならない。
新プラトン主義はエジプト・バビロン・ペルシア・ギリシア・インドなどの古代宗教とユダヤ・キリスト教が混交して生じたものではあるが、ユダヤ教やキリスト教、イスラム教は神学理論を築き上げるためにこれを利用し、教義の中に取り入れた。おかげで新プラトン主義の思想自体は歪められながらも残存していくが、キリスト教の天使9位階は三位一体を3倍したもので、ユダヤ教やイスラム教で採用するわけにはいかない。そこでユダヤ教では、律法の根幹をなす十戒から10のセフィロト(文字・数字・言葉)が作られ、これに対応する10の位階が設定されたのだ。
偽ディオニュシオスが9位階を提唱してから600年以上も後、マイモニデスの『ミシュネー・トーラー』(1170-80年頃に編纂)では、第一をハヨト・ハ・コデシュ(聖なる生き物)、第二をオファニム(車輪)、第三をエレリム(Erelim/勇士たち)、第四をハシュマリム(Chashmalim/琥珀色に輝く者たち)、第五をセラフィム(熾天使)、第六をマラキム(御使)、第七をエロヒム(神[の如き者たち])、第八をベネ・ハ・エロヒム(神の子たち)、第九をケルビム(智天使)、第十をイシム(Ishim/人々)とする。ケルビムとハヨト・ハ・コデシュを別扱いとし、エロヒムを天使のこととしているなど、キリスト教の天使の位階とはいろいろ異なっている。
エレリム
エレリムとはイザヤ書33:7の「見よ、勇士たちは外にあって叫び、平和の使者はいたく嘆く」からで、これはユダの王ヒゼキヤにアッシリアの軍勢が迫っていることを告げる場面だ。このためエレリムは死や国家の悲劇の瞬間と関連付けられるというが、なぜ第三位にいるのかは定かでない。
ハシュマリム
ハシュマリムとは『エゼキエル書』1:4の「わたしが見ていると、北の方から激しい風が大いなる雲を巻き起こし、火を発し、周囲に光を放ちながら吹いてくるではないか。その中、つまりその火の中には、琥珀金の輝きのようなものがあった」という部分からだ(新共同訳ではこう訳されるが、より古い口語訳では「青銅のように輝くもの」とされる)。
琥珀金とは金と銀の合金で琥珀色をしており、ギリシア語では琥珀と同じくエレクトロン(electron)という。琥珀を毛皮と擦り合わせると軽いものを引き寄せる力が生じる(静電気)ことは古代から知られていたが、その力を磁力と分けてelectricusと名付けたのは西暦1600年の英国の科学者ウィリアム・ギルバートであるから、古代人が稲妻めいた光を琥珀金と結びつけたのは偶然だろう。『エゼキエル書』では四つの生き物と車輪の他に天使は描写されないが、この輝くものは別扱いだろうか。
イシム
イシムとはアナシム(Anashim)ともいい、ヘブライ語で人/男を指す普通名詞イーシュ(Ish)の複数形だ。人/男はアダム(Adam/赤いもの、赤土/血から作られたもの)ないしベネ・アダム(アダムの子ら、人の子)と呼ばれるが、『創世記』2章では神がアダムの肋骨から女を創造した時、アダムは「これは私の骨の骨、肉の肉。男(イーシュ)から取ったものだから、これを女(イシャー/Isha)と名付けよう」と告げたとある。女から男が生まれるのではなく、最初は男から女が創造されたというのだ。
聖書では「アダムの子ら」でない存在、人の姿をした天使たちのこともアナシムとかイシム、イーシュと呼ばれている。アブラハムやヤコブ、ダニエルが遭遇した天使たちなどだ。マイモニデスによれば、イシムは預言者と語り幻の中で彼らに現れる存在であり、人間の精神にほぼ到達可能なためにそう呼ばれるのだという。またエノクが昇天してメタトロンになったように、人間がこの位階の天使に昇格することもできるという。
知恵(ホクマー)は呼ばわらないのか、悟り(ビナー)は声をあげないのか。これは道のほとりの高い所の頂、また、ちまたの中に立ち、町の入口にあるもろもろの門のかたわら、正門の入口で呼ばわって言う、「人々(イシム)よ、わたしはあなたがたに呼ばわり、声をあげて人の子ら(ベネ・アダム)を呼ぶ。思慮のない者よ、悟りを得よ、愚かな者よ、知恵を得よ。
その他の位階
マイモニデスの天使10位階の他にも、カバラ文献などにはいくつかこれ以外の天使10位階を論じた部分がある。13世紀後半に編纂された『ゾーハル』では、上からマラキム、エレリム、セラフィム、ハヨト・ハ=コデシュ、オファニム、ハシュマリム、エリム(Elim)、エロヒム、ベネ・ハ=エロヒム、イシムとするし、14世紀の『マセケト・アツィルト』ではセラフィム、オファニム、ケルビム、シナニム(Shinanim)、タルシシム(Tarshishim/シナニムともども『第三エノク書』に見える)、イシム、ハシュマリム、マラキム、ベネ・ハ=エロヒム、エレリムとし、同じく14世紀の『ベリト・メヌカー』ではエレリム、イシム、ベネ・エロヒム、マラキム、ハシュマリム、タルシシム、シナニム、ケルビム、オファニム、セラフィムとし、16世紀の『レシト・コクマー』ではハヨト・ハ・コデシュ、オファニム、セラフィム、ケルビム、エレリム、タルシシム、ハシュマリム、エリム、マラキム、イシムとする。面子はだいたい同じで、順番が入れ替わっているだけだ。これらの位階はキリスト教の天使9位階のようには定着しなかった。
メルカバ神秘主義
歴史的順番が前後するが、いわゆるカバラ思想が発展する前、ユダヤ教には「メルカバ神秘主義」という秘密の奥義があったという。これは『列王記』『エゼキエル書』や『エノク書』にあるように、神の戦車(メルカバ)に乗って昇天し、天の宮殿(ヘカロット)に到達して直接神に触れようというものだ。『形成の書』以後のカバラ思想は文字・数・言葉によって神の創造の業を学び現実世界をも操作しようという新プラトン主義的魔術で、ニンジャスレイヤーで言えばコトダマを用いた現世へのハッキングだが、メルカバ神秘主義は直接自我をオヒガンにダイブさせる危険な手法なのだ。道中には門番の天使たちが立ちはだかっており、その名や然るべき秘密の文言(パスワード)を唱えれば通ることができるが、戻って来れなければそのまま01分解して死ぬか、オヒガンの存在に変容してしまう。このへんはエジプトの『死者の書』から来ているのかも知れない。
ルーツはユダヤ教が成立するより遥か昔、原始的シャーマニズムにまで遡り得る。預言者は単に神の言葉を預かるだけでなく、神秘的なヴィジョンによってメッセージを受け取って来た(黙示)。エノクやエリヤ、エゼキエルやダニエルもそうだが、ナザレのイエスも復活後に昇天したとされるし、エッセネ派系クムラン教団の死海文書、新約聖書にも、昇天の話や黙示文学的テキストがしばしばみられる。エルサレム神殿の壊滅後、ユダヤ教はファリサイ派の律法学者を中心とする宗教となったが、エッセネ派などから合流したこれらの神秘主義思想を無視することもできなかったのだ。
律法学者や祭司たちは、過度の神秘主義への傾倒を禁止している。『タルムード』にも「お前にとって難しすぎるものや、お前の力を超えたものを探すべきではない。(禁止の)命令には敬意を払って考えろ。秘密にされているものを見る必要はない」との文言があるし、「それについて自分で理解していない限り、人前で説明してはいけない」ともある。また「賢明で判断力があり、慎重で、十分な年齢と学識を重ねた者でなければ、秘密の奥義を授けてはならない」とも。もっともなことだ。
◆rise◆
◆fall◆
【続く】
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