【わかってきたぞ】天使に関する備忘録11【悟り・気づき】
おれだ。前回の続きだ。悪魔についてはきりがないので、ここらで天使の話に戻ろう。今回はメタトロンとサンダルフォンについてだ。
◆天◆
◆使◆
メタトロン
ユダヤ教の有力な天使にメタトロン(Metatron)というのがいる。なんかのゲームとかでおまえにもお馴染みだろう。しかしその名はユダヤ教の聖書(キリスト教徒のいう旧約聖書)には出てこない。キリスト教の新約聖書やイスラム教のクルアーンにも現れない。歴史上の時系列で最初に現れるのは『第三エノク書』と呼ばれる偽典においてだ。
『第一エノク書』のうち最古の部分は西暦紀元前4世紀頃に成立したとされるが、アラム語でひとまとまりの文書になったのは紀元1世紀頃とされる。『第二エノク書』は10世紀にギリシア語版からスラヴ語訳されたもので、14世紀の写本が最古だが、原典の成立年代は紀元1世紀後半に遡る可能性がある。『第三エノク書』は『宮殿の書(セフェル・ヘカロット)』『大祭司ラビ・イシュマエルの書』『メタトロンの上昇』などとも呼ばれ、2世紀頃にバビロンで作成されたともいうが、5世紀か6世紀頃に完成したらしい。原本はヘブライ語で書かれ、のちギリシア語などに翻訳されたという。なんか英語版のフルテキストがネット上にあるのでGoogle翻訳すれば読める。
これは2世紀に活動したガリラヤ出身のラビ・イシュマエルが、神から遣わされた大天使メタトロンと出会い、様々な知識を伝授されるという体裁で書かれている。彼は実は大洪水の前に神によって天に挙げられたエノクであり、地の塵で作られた地上の肉体を神に焼き尽くされ、火炎から成る新たな肉体に作り替えられ、人間から天使に変えられたのだという。
他の天使たちよりも新参者である彼は「若者(ナール)」と呼ばれているが(この呼び名はエノクに対して『第二エノク書』でも用いられる)、神の宮殿の御座近くに侍り、神の御名を帯びて「小ヤハウェ(ヤハド・ハ=カトン)」とも呼ばれる(カトンを使うニンジャではない)。また彼には70の異名があるとされ、そのひとつがヤホエル(Yaho-el/ヤハウェ-神)だという。しかし神そのものではなく人間から天使に昇格しただけの被造物に過ぎず、ミカエルやガブリエルより格上だが、彼より格上の天使が8人いるという。
『第一エノク書』ではすでにエノクが香油と衣を授かり天使と同じ姿になったとある。人間が神がかりになって霊魂が肉体から離脱し(ecstacy)、天国や地獄(オヒガン)を経巡った果てに殺されて解体され、新たな体に作り替えられて戻って来るというのは、古今東西に見られるシャーマン(巫師)の誕生秘儀だが、エノクは戻ってこなかったのでそのまま天使になったのだ。
メソポタミア神話によると、大洪水以前に昇天して神々に会ったアダパという賢者がいたが、彼は知恵の神エア(エンキ)に天国で飲食しないよう命じられていたため不老不死の神にはなれず、香油と衣は授かったが地上に送り返されたという。エノクの昇天神話はこれが元ネタだろう。
メタトロンの名の意味は定かでないが、ヘブライ語ではなくギリシア語のメタ(meta/後で)とトロノス(thronos/座)を合わせたもので「神の御座の後ろに侍る者」というほどの意味ではないかという。しかし御前や左右ならともかく、神の背後にいるというのは問題だ。またギリシア語のメトロン(metron/尺度)からとも、ミタトール(mitator/軍隊の案内人)からとも、ヘブライ語マッタラ(見張り番)やメマテル(保護する)からとも、イランの神ミトラ(契約)が取り込まれたものとも諸説ある。
『第三エノク書』はユダヤ教でもキリスト教でも正典とはされていないが、メタトロンについての言及はユダヤ教の口伝律法や注釈・議論などをまとめた聖典『タルムード』などにもわずかにある。あるラビは天上で座っているメタトロンの姿を目撃し、「天に2つの権威があるのか?」と叫んだが、神はメタトロンを燃える鞭で60回叩き、神ではないことを示したという。
キリスト教の正統教義ではイエス・キリストを神の御子である神とし、神の御座の右手に座すとするが、ユダヤ教ではそうはいかない。メタトロンに関する話が西暦紀元後にようやく現れるのは、イエスを神だとするキリスト教の教義に対抗するためなのかも知れない。新約聖書ではユダヤ教の聖書を引用し、ダビデ王を神の子として讃える詩篇を「詩篇を作ったのはダビデだから、これはダビデが受肉前の神の御子を讃えたのだ」と主張している。
いったい、神は御使たちのだれに対して、/「あなたこそは、わたしの子。きょう、わたしはあなたを生んだ」/と言い、さらにまた、/「わたしは彼の父となり、/彼はわたしの子となるであろう」/と言われたことがあるか。さらにまた、神は、その長子を世界に導き入れるに当って、/「神の御使たちはことごとく、彼を拝すべきである」/と言われた。
神は、御使たちのだれに対して、/「あなたの敵を、あなたの足台とするときまでは、/わたしの右に座していなさい」/と言われたことがあるか。御使たちはすべて仕える霊であって、救を受け継ぐべき人々に奉仕するため、つかわされたものではないか。
ユダヤ教ではイエスをキリスト(メシア)とか神の子だとか神だとかするわけにはいかないから、これはあくまで天使のこととしなければならない。そうしたわけで「神に取られて地上から消えた」父祖エノクを天使に変容させられた人間とし、キリスト教におけるイエスに相当する存在(ただし神ではない)としたのではなかろうか。なので彼は「小ヤハウェ」「神の御名を帯びた臨在の天使」と呼ばれ、もとは人間なので「人の子」と呼ばれているというわけだ。しかし人間として再び受肉したり、十字架につけられて人間の罪を贖ったりしてはおらず、神として崇められることもない。
なおクルアーン9章には、ユダヤ人が「ウザイル(Uza-il/力-神)」なる存在を神の子としていたとある。これは第二神殿時代の宗教指導者エズラのこととも、エノク=メタトロンのことともいう。7世紀には『第三エノク書』はもう成立しているはずだから、当時のユダヤ人の一部はそうした存在を崇めていたかも知れない。語源的にはアザゼルやシェミハザと同じではある。
ユダヤ人はウザイルを、アッラーの子であるといい、キリスト教徒はマスィーフ(メシア/キリスト)を、アッラーの子であるという。これはかれらが口先で言うところで、昔の不信心な者の言葉を真似たものである。かれらにアッラーの崇りあれ。かれらは(真理から)何と迷い去ったことよ。かれらは、アッラーをおいて律法学者や修道士を自分の主となし、またマルヤムの子マスィーフを(主としている)。しかしかれらは、唯一なる神に仕える以外の命令を受けてはいない。かれの外に神はないのである。かれらが配するものから離れて(高くいます)かれを讃える。
サンダルフォン
メタトロンの双子の兄弟とされるのがサンダルフォン(Sandalphon)だ。やはり聖書の正典には出てこないが、ユダヤ教の聖典タルムードやミドラーシュ(聖書解釈集)、カバラなどにおいて言及される。その名はヘブライ語のサンデク(名付け親)に由来するとされるが、おそらくギリシア語シナデルフォス(syn-adelphos)「同胞-とともに/共同の-兄弟」という語から来ており、メタトロンとともに働く同格の仲間ということになる。『第一エノク書』にはエノクが「人の子」を見る場面があり、自分と同じ姿をしていたので驚いたとあるが、エノクがメタトロンになったので双子が生じたのだ。
そこで、わたしは彼の足もとにひれ伏して、彼を拝そうとした。すると、彼は言った、「そのようなことをしてはいけない。わたしは、あなたと同じ僕仲間(シュン・ドゥーロス)であり、またイエスのあかしびとであるあなたの兄弟たち(アデルフォン)と同じ僕仲間である。ただ神だけを拝しなさい。イエスのあかしは、すなわち預言の霊である」。
『ヨハネの黙示録』には、案内役の天使にヨハネがひれ伏したので、ヨハネが天使からこう言われる場面がある。メタトロンがあくまで天使であるように、その双子たるサンダルフォンもあくまで天使なのだ。
後世の伝承では、サンダルフォンは足を地上につけたまま頭が天に届くほど背が高く、その背丈は人間の500年の旅路にも匹敵するとされる。また天使の王子たち(サリーム)の一員であって歌の達人であり、人々の祈りを集めて花輪を作り、神に届ける役目を担っている。さらに胎児の性別を神の命令を受けて定め、悪の天使サマエル(サタン)と戦い、天で見張りの天使たちを幽閉している場所を守護しているという。
メタトロンがかつてエノクという人間であったように、サンダルフォンもかつて人間であったとされ、その地上における姿は預言者エリヤであったとされる。彼は紀元前9世紀頃にイスラエル/サマリヤ王国で活動した人物で、旧約聖書『列王記』に登場し、ヤハウェの預言者としてサマリヤで盛んだったバアル崇拝に立ち向かった。彼はバアルの預言者たちと雨乞い対決で勝利したといい、のちに弟子エリシャを伴ってヨルダン川を東へ渡り、天から降って来た炎の戦車に乗って地上から取り去られたという。
彼らが進みながら語っていた時、火の車と火の馬があらわれて、ふたりを隔てた。そしてエリヤはつむじ風に乗って天にのぼった。エリシャはこれを見て「わが父よ、わが父よ、イスラエルの戦車よ、その騎兵よ」と叫んだが、再び彼を見なかった。
見よ、主の大いなる恐るべき日が来る前に、わたしは預言者エリヤをあなたがたにつかわす。
地上で死ぬことなく神に取り去られたということで、彼はエノクに匹敵する偉大な預言者とされた。『マラキ書』の最後には「主の大いなる恐るべき日が来る前に、主は預言者エリヤを人々に遣わす」とあり、新約聖書では洗礼者ヨハネがメシアの先触れたる「エリヤ」の再来であると説かれている。エリヤが昇天した場所はユダヤ教の聖地となっており、洗礼者ヨハネもそこで人々に洗礼を施していたのだ。イエスもエリヤの再来ではないかと噂されたが、福音書ではモーセとエリヤがイエスのところに降臨して会話したと記されている。エノクとエリヤだったらメタトロンとサンダルフォンの降臨というところだが、モーセは一応地上で死んでいるのでどうなのか。
◆天◆
◆使◆
【続く】
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