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【わかってきたぞ】天使に関する備忘録12【悟り・気づき】

 おれだ。前回の続きだ。今回からはユダヤ教の神秘主義思想「カバラ」について見ていこう。おれも詳しくないのでよくわからんがやってみる。

◆天◆

◆使◆


カバラとは

 まず、カバラとは何か。語源はヘブライ語の語根q-b-l(受け取る)にまで遡り、単に「受け入れられたもの、受け継がれたもの、伝承」を意味する。神がモーセに授けた律法もこの意味でのカバラと言えるが、ユダヤ教では文字で書かれた成文律法(トーラー/モーセ五書、ネビイーム/諸預言書、ケトゥビーム/諸書の頭文字をとってTNK/タナハ)の他に口伝律法(トーラー・シェベアル=ペ)があるとし、これをカバラとも呼んでいた。これは成文律法とは別に、神からモーセに口頭で伝えられたものであって、祭司階級や律法学者によって口伝で受け継がれてきたという。

 ユダヤには隣のフェニキアから伝わった文字(遡ればエジプトの文字)が古くからあったが、古代社会では基本的に口伝の方が文字よりも上等なものとみなされた。文字は保存状態が良ければ数千年にわたって残すことができるが、読み方がわからなければ伝わらないし、書かれたものが破壊されれば消えてしまう。だが口伝なら、文字では読み取れない微妙なニュアンスや発音、歌うような節回し、身振り手振りなどで生き生きとした「ことば」を伝えることができる。ソクラテスは「書かれた言葉は死んでいる」と言ったというし(そう伝わっているのは書き文字のおかげだが)、イエスもムハンマドも生前に神の言葉についての文書を書き残さなかった。人や社会に対して臨機応変に対応するなら、硬直した文字より口伝の方がいいわけだ。

 成文律法や預言書が成立したのはサマリヤ王国やユダ王国が滅んだ頃で、多くの口伝が失われる前に書き残しておかねばならないという動機があったからだ。ユダ王国の預言者エレミヤは書記のバルクに預言を筆記させて国王に提出したが、怒った国王は焼き捨ててしまったという。口伝も伝える人が絶えれば消えてしまうから、やむなく文字化されていくことになった。これも様々なバリエーションが生じ、紀元前3世紀頃にはギリシア語訳も出現するが、紀元1世紀後半頃にはタナハの正典(キリスト教徒のいう旧約聖書)が定められ、ヘブライ語版でなければ正典ではないとされた。

 また紀元1世紀から3世紀初めにかけて、口伝律法がユダヤ教の律法学者/教師(ラビ)たちによって編纂され、ミシュナー(反復するもの)と呼ばれる文書となった。この時代にはローマ帝国がユダヤを支配し、ユダヤ人の反乱が繰り返し鎮圧され、エルサレム神殿が破壊されて大祭司の伝統が途絶え、律法に定められた神殿での祭儀が行えなくなり、ユダヤ教そのものが存亡の危機にあった。これを編纂した律法学者のひとりラビ・アキバはバル・コクバの乱に関わって西暦135年にローマ軍に処刑されている。のちユダヤ教の最高指導者(ナーシー)に任命されたラビ・イェフーダーが3世紀初頭までにミシュナーを完成させたという。

 しかしこれに収まり切れなかった伝承も数多くあり、議論や注釈もこの後の時代にも続けられたので、3世紀から6世紀にかけてゲマーラー(完成させるもの)が編纂され、ミシュナーと合わせて『タルムード(研究)』という聖典となった。この時代にキリスト教が台頭してローマ帝国の国教となり、ユダヤ教徒はしばしば迫害されたので、多くのユダヤ人はローマの敵であるペルシア帝国に亡命した。ペルシアの首都クテシフォンは現在のバグダードの南東30㎞、バビロンの北西40㎞ほどのところにあり、近郊のセレウキアにはセレウコス朝の首都が置かれてヘレニズム文化が栄えていた。

 バビロンには捕囚以来ユダヤ人が住み着いており、律法もこの地で編纂されたといい、古くからユダヤ文化が根付いていた。その近くのセレウキアやクテシフォンにも多くのユダヤ人が住み着き、ローマ帝国で「異端」とされたキリスト教の諸派やグノーシス主義系諸宗教(マンダ教やマニ教)の信者も集まっていて、ゾロアスター教徒は少数派だったという。この高度な文明の地において、4世紀末までにエルサレムで成立したタルムード(エルサレム・タルムード)とは別に、5世紀末から6世紀にかけて現在のタルムード(バビロニア・タルムード)が成立したとされている。

 タルムードには本文であるミシュナー、注釈や議論を記したゲマーラーに加え、ラビたちによる補足資料であるトセフタ、ユダヤ教社会においてラビたちに承認された法体系であるハラーハー(歩く方法)、物語集であるアッガーダー(説明するもの)などが付随しており、その分量は膨大なものとなった。日本で手に入りやすい「旧約聖書」は少々分厚いとはいえ一冊の本におさまる程度だが、タルムード全巻はその何十倍にも及ぶ。

 これにも収まり切れない文献にミドラーシュ(探求されたもの)があり、タナハの解釈や注釈の形式をとって膨大な伝承が記録されている。他にも多種多様な文献が存在し、その全貌を掴むことは難しい。狭義のカバラ文献とはこの一部でしかなく、そもそも12世紀頃までは口伝律法をそう呼んでいたという。では、狭義のカバラとはどんなものだろうか。

形成の書

 最初の神秘主義的なカバラの文献とされるのが『セフェル・イェツィラー(Sepher Yetzirah)』だ。セフェルは、イェツィラーは形成・創造を意味し、神が世界をどのように創造したかが神秘主義的手法で解説されている。伝説では族長アブラハムが創世記18章でアドナイ(主なる神)と2人の天使に出会った時、神から啓示された口伝の奥義であるといい、またアダムやノアにも伝えられたというが、実際は2世紀のラビ・アキバによって、あるいは3世紀から6世紀にかけて編纂されたというのが通説だ。

 内容は実際難解で、専門家による解説がないとなんだかさっぱりわからないが、ノアやエノクやアダムより前、世界の創造そのものの神秘について書かれたものであるから重要なものだ。英語訳や和訳がインターネットの海に存在したので、消え去らぬうちに読み解いてみよう。

 32の知恵の神秘的な小路により、主(Yah)、万軍の主(YHVH Tzabaoth)、イスラエルの神(Elohe Israel)、生ける神(Elohim Hayym)、世界の王(Melek Olam)、全能の神(El Shaddai)、憐れみと恵み深く、いと高く上なる者、永遠に住まい、その御名は聖であり、高遠で聖なる方(といった神名)が、3つのセファリーム(Sepharim)、[すなわち]本/文字(sepher)、(sefor)、物語/言葉/音(sippur)によって刻まれた。

形成の書1:1

 まず、神が自らの(本質)を設定する。自分が「俺だ」と自我を設定しないと、創造という大業は成らない。神は『出エジプト記』でも「私は存在する」と名乗っており、名乗ることで己を存在させるのだ。それ以前には存在という現象そのものがない。神が名を設定するのに用いたのは3つの要素で、書かれた文字、そして(ことば)だ。いずれもs-p-rという語根を持つので、この3つの要素はコトダマの上では同一であるとされる。またギリシア語で「球」を意味するスパイラ(sphaira)と関係があるともいう。

(「32の知恵の神秘的な小路」のうちの)10は、言葉では言い表すことのできないセフィロト(Sephiroth)である。22は文字であり、万物の基礎である。[文字には]3つの母(a・m・s)、7つの双子、12の基礎がある。

形成の書1:2

 ヘブライ文字には22の文字がある。エジプトのヒエログリフがカナン(パレスチナ)に伝わって紀元前14世紀頃に原カナン文字となったが、その時にはすでに22文字から成っていた。これがフェニキア文字を経てヘブライ文字やアラム文字、ギリシア文字などのもとになり、現代の諸言語で使用される多くのアルファベットのもとになったのだ。神が言葉によって万物を創造したことは、『創世記』にも『ヨハネによる福音書』にもあるとおりだ。

 言い表すことのできないセフィロトは10であり、も同じである。[両手の]5本の指が5本の指と向き合い、その間には舌と体の割礼(blit/契約)によって、契約が確立される。

形成の書1:3

 32のうち22は文字で、10は両手の指の数、すなわち十進法による数字だ。古代メソポタミアでは六十進法が用いられ、月数などのように十二進法を用いることもあるが、エジプトやギリシア・ローマ・アラビア・チャイナでは指の本数を用いて十進法が使われたから、ユダヤでもそうしたのだろう。また22の文字にはそれぞれ数があてはめられ、1-10、20-100、200-900にあたるとされる。これをゲマトリア(Gematria/数秘術)といい、『ヨハネの黙示録』で示される獣の数字666がNRON QSR(50+200+6+50+100+60+200=666)すなわち「皇帝ネロ」であることでよく知られている。数は言葉で、言葉は数で表すことができるというので、隠語などに用いられたのだ。

 この10のセフィロトは神の言葉を宿しており、世界創造に用いられたが、神に存在を定義された被造物であって、天使として神に仕えている。『エゼキエル書』1章で神の御座を4つの生き物が運び、それが稲妻のように動いていたように、セフィロトはそのようなものとされる。キリスト教では「言葉は神であり、全てのものはこれによってできた」(ヨハネ伝1章)とし、この言葉が受肉したのがイエスだとするが、ユダヤ教では異なる。

 言い表せない10のセフィロトの第1は「生ける神の」である。永遠の生ける神の御名に祝福、祝福、祝福。声、息、言葉は聖なる息である。
 第2に、神は霊からを創造し、その中に彼は22の文字、3つの母、7つの双子、12の基礎を形作った。それらは1つの息である。
 第3に、神は風からを創造し、形のない虚無の渾沌から泥と粘土を形作り、(大地の)基盤を設計し、壁を作り、屋根のように覆った。
 第4に、神は水からを創造し、栄光の御座、オファニム、セラフィム、聖なる生き物(ハヨト・ハ・コデシュ≒ケルビム)ら仕える天使を造った。この3つ(風・水・火)によって、彼は自らのすみかを完成した。ゆえに「神は風を御使いとし、燃える火をしもべとする」(詩篇104:4)と記されている。

形成の書1:9-10

 はじめに神(エロヒム)は天(シャマイム)と地(アレツ)とを創造された。地は形なく、むなしく(トーフ・ワ・ボーフ)、やみ(ホーシェフ)が淵(テホム)のおもてにあり、神の霊(ルーアフ・エロヒム)が水(マイム)のおもてをおおっていた。

創世記1:2

『創世記』に語られる神による天地創造を、『形成の書』は神秘的な解釈を加えて深読みしていく。「光あれ」の前には天地が創造されており、むなしく形なき地、闇、淵/水があり、それを神の霊が覆っていたというのだから、まずそれらが創造されなければならない。霊とは思い・言葉・息を意味しており、神の息からは風、大気がまず創造された。そこから水が生じ、水から泥(地)が生じるのはいいとして、水から火が生じるとは五行相生の理に合わず不可解だ。しかしインド・イラン神話には「水から火が生じた」という創造神話があり、太陽が海から昇り海に沈むことをいうとも、カスピ海とかから天然ガスが湧き出して火が燃えているのをそうとらえたともいう。バビロンやクテシフォンのあるメソポタミアでも地面から石油が湧いている。

 彼は基礎的な文字の中から3つの文字IHVを選び、聖別して、偉大なる御名(IHVH)の中に置いた。それらによって、彼は6つの方向(上下・東西・南北)を定めた。

形成の書1:11

 霊・風・水・火の4つと、6つの方向を合わせて10となり、10のセフィロトに対応する。さらに神はこれらの文字・数・言葉を用いて万物を創造していくが、ここまでとしておこう。こうした哲学的かつ神秘主義的な世界創造神話は、当時流行していた新プラトン主義(新ピュタゴラス主義)やグノーシス主義、遡ればギリシア神話やメソポタミア神話、エジプト神話、インド神話などに影響を受けているのではないかと考えられる。まことに壮大で精緻ではあるが、例の「生命の木」とか、10のセフィロトの固有名とかは、まだ現れていない。それらが出現するのは遥か後代、12世紀後半から13世紀にかけてのことなのだ。

◆天◆

◆使◆

【続く】

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