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【わかってきたぞ】天使に関する備忘録14【悟り・気づき】

 おれだ。前回の続きだ。引き続き、ユダヤ教の神秘主義思想「カバラ」について見ていこう。おれも詳しくないのでよくわからんがやってみる。

◆ELOIM◆

◆ESSAIM◆


天使ラジエルの書

 西暦12世紀から13世紀にかけて、神聖ローマ帝国領のラインラント地方(ライン川流域)にはハーシード・アシュケナーズ(ドイツの敬虔主義)と呼ばれるユダヤ教の禁欲主義・神秘主義運動が起きている。近代ユダヤ教のハシディズムの起源は18世紀のガリツィア(ウクライナ西部)とされるが、それ以前の中世にも似たような思想は起きていたらしく、いくつかの書物が残されている。彼らのひとりヴォルムスのエレアザルにより13世紀前半に編纂されたとされるのが『天使ラジエルの書(Sefer Raziel ha Malak)』だ。

 ラジエル(Raziel)は『第一エノク書』にも名が見える天使で、「神の秘密」を意味する。彼はガリツル(啓示する-岩)ともいい、神の御座の近くに侍って全てを記録しているとされる。伝説によると、ラジエルは楽園を追放されたアダムとイヴにこの書を授けて「これを読めば神に立ち返り楽園に戻れる」と教えたが、天使たちはこれを奪い取って海に投げ捨てた。神は海を司る天使ラハブに命じてこれを取り戻したが、のち昇天したエノクに授け、エノクからラファエルを経てノアの手に渡り、方舟を製作するための知恵を与えた。またアブラハムやソロモン王の手にも渡ったとされる。

 ソロモン王以後どうなったか定かでないが、西暦3世紀末から4世紀初頭に編纂されたユダヤ教系の魔術書『秘密の書(Sefer ha Razim)』というのがあり、写本の断片が20世紀にエジプトで発見されている。中世欧州で編纂された『天使ラジエルの書』にはこのテキストの一部も含まれているというから、6世紀初頭までに編纂された『形成の書』よりもさらに古いのだ。それゆえ内容は割とプリミティヴで、ガブリエル・ミカエル・ラファエル・ラジエル・ヌリエル(光-神、ウリエルか)ほか多数の聞き慣れない天使の名が列挙されており、その名を繰り返し呼ぶことで守護が得られるという。ギリシア系魔術も混在していて太陽神ヘリオスへの呼びかけがあったりするし、マンダ教の天使アバトゥル(父-富)やプタヒル(プタハ-神)の名も見える。

『天使ラジエルの書』はこうした古代からの魔術や占星術、錬金術、薬学に加え、『エノク書』『形成の書』などに記された神話も記載しており、ユダヤ人の間では魔除けや災難避けの御守り(セグラ)として書庫に一冊は置かれていたという。トレドに都を置き諸宗教を庇護し、多くのアラビア語・ヘブライ語文献を翻訳させたカスティーリャ王アルフォンソ10世(在位1252-84年)は、本書のラテン語訳(Liber Razielis Archangeli)を所有していたというから、少なくともそれ以前には存在していたようだ。カバラというより魔術書だが、広義のカバラ(伝えられた教え)のひとつではある。

アブラハム・アブラフィア

 プロヴァンスを含むオクシタニア(南フランス)からカタルーニャ地方にかけて、ユダヤ人は地中海交易を取り仕切る有力コミュニティを築き、ユダヤ教・キリスト教・グノーシス主義/カタリ派・新プラトン主義・イスラム教などが混在する中で活発な議論が行われていた。しかし1209年からのアルビジョア十字軍でカタリ派(アルビ派)が壊滅し、オクシタニアの大部分は北フランスのカペー王家とローマ教皇庁の支配を受ける事になる。

 ユダヤ人共同体は即座に壊滅はしなかったが、十字軍の費用を調達するために債務を帳消しにされたり財産を没収されたりして肩身が狭くなり、一部は南のアラゴン連合王国に身を寄せた。ユダヤ人はこの国を経済的に支援したが、やはりキリスト教徒からしばしば迫害を受けることになった。そうした中で、カバラ思想も新たな発展を遂げていく。

 西暦1240年、アラゴン王国の首都サラゴサのユダヤ人の家にアブラハム・アブラフィアが生まれた。当時のアラゴンはハイメ1世がバレアレス諸島やバレンシアへの征服活動を起こしており、栄えてはいたものの戦費調達のためもあってユダヤ人への風当たりも強くなっており、アブラハムの父サムエルは妻子を連れて西のナバラ王国の都市トゥデラへ移住した。

 当時のナバラ王はフランスのシャンパーニュ伯ティボー4世(テオバルド1世)だったが、フランス王と対立関係にあった。また古来の慣習法に基づき王国内のユダヤ人には免税特権があったので、トゥデラのユダヤ人街(フデリーア)には多くのシナゴーグがあり、自治権を有していた。この街で父からユダヤ教の教育を受けたアブラハムだったが、18歳の時に父が亡くなり、1260年に父祖の地イスラエル(パレスチナ)へ放浪の旅に出た。

 ユダヤ教徒なのでキリスト教の聖地に用はなく、安息日になると流れがとまる伝説の川サンバティオンを探しに行ったとか、失われた十支族を探そうとしたというが、ちょうど十字軍とモンゴル軍とマムルーク朝の軍勢が争っていて聖地巡礼どころではなく、港町アッコンまでしか行けなかった。やむなくギリシアを経てローマを目指したが、南イタリアの街カプアでヒレル・ベン・サムエルというユダヤ人の医師兼哲学者と出会い、彼を師匠として哲学やマイモニデスの著作、カバラなどを学ぶことになった。

 立派な学者になったアブラハムだが、故郷に帰ってから幻視に悩まされるようになり、31歳の時(1270年頃)バルセロナで『形成の書』などカバラ文献の研究に没頭し始める。そして「カバラの知識を補助とし、特定の儀式や禁欲的修行を実践することで、人間は預言者となり、最高の知覚力に到達する」と主張したのだ。彼はカスティーリャやギリシア、カプアを渡り歩いてこの教義を説いたが、1280年に教皇を改宗させようとローマへ向かい、これを聞いて怒った教皇によって火刑に処されそうになった。幸い教皇はまもなく脳卒中で死に、アブラハムはしばらく投獄されたが釈放されたという。

 その後シチリア島北東の街メッシーナに拠点を置いて数年間活動したが、自分を預言者ばかりかメシアや神の子と称したとしてユダヤ人社会から異端とみなされ、シチリアから追放されてしまった。やむなく彼はシチリアの南に浮かぶマルタ諸島のコミノ島に立ち去り、1291年まで著作を行ったが、それ以後の消息は定かでない。ちょうど彼がシチリアにいた頃にはフランスとアラゴンの戦争が勃発しているので、なんか関与していたのかも知れない。

ゾーハルの書

 アブラハム・アブラフィアが活動していた頃、カスティーリャ王国に現れたカバラ文献が『ゾーハルの書(Sefer ha Zohar)』だ。その名はヘブライ語で「輝き」を意味し(創世記6:16より)、『光輝の書』とも呼ばれるが、先行する『バーヒル(輝き)の書』と紛らわしいので、ここでは単にゾーハルと呼ぶことにしよう。『エルサレム(Yerusalemi)』とか『「光あれ」の注釈(Midrash Yehi Or)』などと呼ばれることもある。

箱舟に屋根(Zohar/明り窓)を造り、上へ一キュビトにそれを仕上げ、また箱舟の戸口をその横に設けて、一階と二階と三階のある箱舟を造りなさい。

創世記6:16

 モーセ五書/律法(トーラー)・ルツ記・雅歌・エレミヤ哀歌に関する注釈書(ミドラーシュ)の体裁をとり、西暦2世紀のラビであったシメオン・バル=ヨハイが彼の学塾で弟子たちと行った議論(タンナ)の問答集として書かれている。文面の一部はヘブライ語、大部分はアラム語だが、実際には様々な文献の断片を編纂したものであり、成立自体は13世紀後半とされる。

 編纂を行ったのはモーシェ・デ・レオンというユダヤ人だ。レオン王国の都市グアダラハラの出身だったが、彼が子供の頃にレオン王国はカスティーリャ王国に併合された。幸い当時のカスティーリャ王アルフォンソ10世は前述のように諸宗教を庇護した名君で、モーシェもその統治下でユダヤ教の学習と研究に励み、ユダヤ教に関するいくつかの著作をものしている。16世紀の伝説では「私の名前で出しても本は売れないから」として古代のラビの名で『ゾーハル』を著したというが、彼はあくまで編纂者に過ぎない。さらに14世紀には『ゾーハルの補足(Tikunei ha Zohar)』が現れている。

 これは後にカバラ思想の根幹をなすものとなり、後世のユダヤ教やキリスト教世界の魔術などに大きな影響を与えている。ただし本文のどこにもセフィロトやカバラという用語は直接には出て来ず、あくまでも象徴的で抽象的な文章によって表現されている。英語訳や日本語訳もインターネットの海で見つけたが、何が何だかようわからん。実は現在のような10のセフィロトの名称やなんかは、これをもとにして議論を重ねたカバリストたちによって、16世紀以後にようやく整えられたようなのだ。

 とりあえずネット上に転がっている解釈を読んでいくに、『ゾーハル』の主題は2つあり、1つは世界の創造に関わるセフィロトの解釈で、もう1つはユダヤ人の運命だ。セフィロトは無限(アイン・ソフ)なる神から流出して生じたもので、太陽から太陽光線が流出するように放射され、原初の完全なる世界=生命の樹=アダムを形成した。形なき神の思惟(イデア)から精妙な高次の霊的世界が創造され、物質世界はその後に造られたのだ。

『創世記』にもあるように、神はこれを見て「よし」とされたのだから、原初に創造された世界は完全なものであるはずだ。ならば現在のこの世界が不完全で罪と悪と死に満ちているのは、イヴが蛇に、アダムがイヴに唆されて善悪を知る木の実を食べ、罪を犯したからに他ならない。アダムの霊的肉体を構成する10のセフィロトのうち、最下層のマルクト(王国)が汚されてしまったのだ。それより上の9のセフィロトは清らかに保たれているが、これによって万物の調和が崩れ、罪と悪と死が入って来たとする。この「悪の起源」というテーマはその後も議論が深められていく。

 また『ゾーハル』では「神は6日間で世界を創造し、7日目を安息日として聖別した」「神にとって一日は千年と同じ」という聖書の記述から、有限の物質世界が存在する期間を7000年とする。7日目にあたる最後の1000年はいわゆる千年王国で、安息=救済によって全てが原初の良き状態に戻り、最終的に神に還っていく。ユダヤ暦では西暦紀元前3761年を紀元(暦元)としているため、西暦1280年は世界の創造(ないしアダムの創造)から5041年が経過しており、終末=最後の審判はあと1000年以内ということになる。

 ゾロアスター教の創造神話『ブンダヒシュン』では、世界の存続期間を1万2000年とする。善神と悪神の戦いが永遠に続かないよう、叡智の神アフラ・マズダーは無限の時間(ズルワーン・アカラナ)から有限の時間を切り分け、この期間中に決着がつくように定めた。それから3000年かけて思惟のうちに霊的次元での創造を行い、アムシャ・スプンタやフラワシたち天使が創造され、3000年かけて物質世界が創造された。そして3000年間は善悪が混合して戦うが、やがて善は悪に勝利をおさめるのだという。

◆千年◆

◆王国◆

【続く】

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