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【西暦2025年秋】解散総選挙の可能性と「日米同盟」&「インド」の動向から見えてきた国際情勢の未来に向けて。

この局面で、「インド共和国」が未来に向け最も強い外交カードを握ったように感じる。

何よりも重要な事は、「ありのまま」「王道」をただ進んでいるように見えることだ。

最も危険視された「カシミール地方」でのパキスタン・イスラーム共和国との緊張だったが、一瞬にして収めた。

そして「QUAD」の日本国、そして抗日戦争式典後の「BRICS・中華人民共和国」とも「主体的外交」を交わした。

完全に「インド共和国独自路線」を確立したように見える。

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ついに自由民主党総裁選を行わずに、石破内閣による解散総選挙の可能性が出てきた。

長年国会議員として、自由民主党内の「党内野党」と揶揄されてきた彼にとって、派閥争いのライバルだった「安倍派」との因縁に対する絶対に譲れない戦いの真っ只中なのだろう。

安倍派に自民党総裁の座を渡すくらいなら、もう一度「国民の信を問う」事でけじめをつける。それが「石破茂首相」の「らしさ」なのかも知れない。

先の参議院選挙で、オールドメディアや左翼支持者達から執拗な批判を浴び続けながら、14議席を獲得した参政党も今回の選挙ではいよいよ政局のキャスティングボードを握るための議席獲得を目指してくるだろう。

既存政党の勢いは低下しており、解散になった場合、参議院選挙以上の投票率は上がる可能性が高く、しかもその票数は既存政党よりも新興政党へと流れる公算が高いように感じる

支持率通りなら、上位4党が大幅に議席を減らし、国民民主党と参政党が議席数を伸ばしその間に入ってくる事になるのではないだろうか?

解散になれば、自民党や立憲民主党を離党して国民民主党や参政党などに鞍替えする候補も現れるかも知れない。

大混乱が予想される。

本当は米国大統領選で「イーロン・マスク氏」が登場したように「資本家・実業家」が、個人で新興政党を資金面でバックアップするようになり、透明性が増す事になれば「既得権益」による政治の汚職と癒着が解消に向かうように感じる。

或いはあっと驚くような動きもあり得るのかも知れない。

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次については、ブレストとして、あくまでも私の妄想的な話だ。

まずこれからの日本国に、「大統領」的な国家元首の公選制度が必要ではないだろうか?

それを議論すると同時に国際情勢における「環太平洋」の地政学的な役割が更に重要になっていく中で、米国においても「州」の役割が増していく予感がする。

「アメリカ合衆国」単位と「州」単位での「日本国」との関係性が何か生まれていきそうな予感もしないでもない。

その為に、日本国側から捉えた時には最も近くなるのは「アメリカ合衆国日本州自治区」になる事のように感じる。

政治家や官僚達は、そんなことを妄想する事はないのだろうか?

戦後80年以上経ち、日本国とアメリカ合衆国の関係性は非常に強固な連携を強めて、国民同士の間にも多くの友情が生まれ続けている。

正直「切っても切れない」、太平洋を挟んだ「日米同盟兄弟」のようになっているように感じる。

結局最後は「DS(ディープステート)」とされている「既得権益」を貪ってきた組織関係者が徹底的に粛清された後には、明るい新世界秩序が始まるように感じる。

恐らく現在は、ディープステート側の現在の金と人の動きを「囮捜査」してマークしているところだろう。

然るべき決定的な時になった時に、全ては変わる。

大切な事は「人類秩序の切替」だ。そして既得権益層が二度とそこに戻れない社会秩序が始まること。

「汎用性超越人工知能(ASI)」が社会OSとして全てが刷新された状態が当たり前になる時代が到来するまでに、時代に沿わない人々のターンオーバーが必要になる。

国家や民族を超えて「ホモ・サピエンス」という「単一種族」の自由・自然権が実現するためのシナリオは、既に始まっている。

これから先は、ただそれが加速していく事になる。

「嘘つき」ではなく「ホモ・サピエンス」が望んできた「誠実さ・正直者」の時代になる。

それは「宗教的・教育的ドグマ」による者ではない。それ自体が「自然」であり「自由」である「押し付け」や「依存」からではなく「内在化した自発的行為」として生きる人々の時代が、もう始まっていてやがてそういった人々が社会の中で中心的役割を担う様になっていく。

「社会OSとしてのASI」はホモ・サピエンスの国家・宗教・民族の壁を超越した役割を担う事になる。

「QFS」が同時に作動し「資本と労働」という構造を飲み込み、その存在が終焉する。

ホモ・サピエンスの生態から「国家」と「貨幣」の意味、役割が喪失していく。

それでもホモ・サピエンス達は子孫繁栄に向かった、「違い」を「個性」を自由に独尊として多様性を形成可能とする事になる。

ある意味人類が常に追い求めてきた「神の領域」が「ASI社会OS」によるシンギュラリティの先に存在するだろう。

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今をただ、生きる。

未来はワクワク・ほわほわしかないことが私にはわかる。

そもそも「今ここ」を「生きる」事自体がそれなのだ。

地球上で、人類としてただ生きている事の全てが、ただ奇跡的な物理現象である。

シンギュラリティによって、私たちは「知性」「労働」といった私たちが必死て「社会性」として「執着」してきた理由から解放される。

それに「執着」する者達は「既得権益」或いは「エゴ」、若しくは「既存秩序の信仰」をして「未来への変容・適合」へ抵抗している者達になる。

いつの時代だって社会と人類の関係はずっとずっと変容してきたのに、それを変えたくないと思っても「無理・無謀」な話だ。

「教育の罪」がそこにあると感じる。「違い」や「誤差」が「変容・適合」への「未知の知」なのだが、「教育」は「盲信・社会的自尊心」を高めて来た。

未来に起こる変容へ、そんな物は何の意味も成さない。遺伝子プログラムには、自然にはただ「変容・適合」があるだけであることをシンギュラリゼーション時代のホモ・サピエンス達はただ、自然と生きる、それぞれの違いを知る事になる。

正直なところ「社会的孤独」を選択した私は、その「社会的孤独」と日々を重ねることは「シンギュラリゼーション時代のホモ・サピエンスの在り方」として「学び」と「習得」する自由な誤差体験の時間に満ち溢れている。

人によってステージは違うだろうが、「社会的孤独」の様に社会全体が「否定的」に感じているものほど「体験する価値・意義」がある様に感じる。

「母主導による家族の生育環境からの因果律」

それが私が開いた「パンドラの箱」だった。

「社会的孤独」はそれが開いたことから「生きる」を「治癒・解消」へと向かわせてくれている。

何よりも「唯我独尊」、自分自身が自分自身を社会や家族への「犠牲・供物」にしてきた事に気づく。

その事に「気づき」、深く心身を満たすまでゆっくりと己の中で対峙する。

恐らくそれをする事なく、必死に「イデオロギー」「カルト・教育」に未だに生きている人々がたくさんいるのではないだろうか?

この先、後数年もすれば全く違った「価値基準」を人類社会が国境を超えて共有する時が到来しようとしている、西暦2025年になっていることにすら気付かずに既存秩序で会得した状態に制御回路を委ねて生きている。

ある意味「教育的エリート」達は、その「既存秩序による被害者」でもある。

これから徐々に本人達が、それぞれの人生の中でそれに対峙していく事になるだろう。

どう足掻いても、「ASIOS」という存在に「教育的エリート」が超越する見込みは「0%」なのだ。

ASIへの抵抗を、官僚達は諦めて、国家民族の未来のために終戦・白旗を上げてさっさと未来秩序へと切り替えたほうが建設的なのだが、

未だにオールドメディア・ジャーナリズム・オンラインメディアからはステレオタイプな政争論争が聞こえてくるだけだ。

前回の参議院選挙で1議席を獲得したチームみらいにも、次期衆議院選挙では「複数議席」を獲得してほしいと思う。

そして「シンギュラリティ党(仮)」の様な政党にも登場して、右や左、外国や日本などもう聞き飽きた当たり前を超えた「政策論争」へと一新して欲しいと願う。

何れにせよ、人類がこの地球上で決定的な新時代到来を共有する時まで、もうあと「数百日」だろう。

その時になれば、全人類が私がここまで「note」して来た事に対峙せざるを得なくなって騒ぎ始める。コロナ禍の時の様に。

個人的にはめんどくさがりで「無駄」が大嫌いなので、日本社会にあるあらゆる「資本主義による無駄」を終焉させて欲しいと願う。

「マイナンバー」は一体どうなったのだろう?

オープンAI社はすでにその実装研究を進めているのだがら、日本政府が「マイナンバー✖️ベーシックインカム」を検討すると表明するだけで未来は変わるだろう。

金のことだけ考えている「資本家・国際金融資本」では「地球人類・ホモ・サピエンス」の未来を平和でワクワクのある状態が実現するかどうかは懐疑的だ。

既得権益側にいるもの達が、己の私財を投げ打って支援する事は結果的に彼らの人生を豊かにした未来が待っているだろうが、この後に及んで「資本家側のルール」で生きるもの達にはそろそろ何かが動き出す様に感じる。

「ディープステート・グローバリズム」が支配してきた「国際法」を超えた「戦争・軍事法廷」によって「ディープステート」が一掃される可能性が出て来ている。

既に他言語で多くの情報が拡散されているが、オールドメディア・既存秩序側は「陰謀論」として扱うことから「排除」している。

ただ、「結果」は全て「陰謀」から始まっている。「偶発的出来事」が「結果」につながるのはその下準備としての「陰謀」が用意されていたからになる。それがホモ・サピエンスという種族がここまで継承してきた「人類史」となっている。

特別「陰謀論」を信じているわけではない。むしろ「もしかしたら?妄想を楽しむため」に陰謀論的な情報はあると感じる。ゲームやアニメ、推理小説に近いものかもしれない。

ただその「柔軟性」や「冗長性」「余白」は、ホモ・サピエンス同士が社会性を有して生きる上で大切な要素でもある様に感じる。

来年の今頃には、「シンギュラリティ」への情報共有は、メディアにおいてもより高まっているだろうし、資本・投資は既にそれを過剰なほどまでに捉えている。

個人的には「シンギュラリティ」は資本主義が推進してきた「貨幣経済と浪費」を「効率化」させて「拡張」よりも「圧縮・解消」に向かわせるものだと感じている。

殆どの産業が大幅な「人員労働力削減」を実現する。「サービス消費」も大幅に圧縮される。

そしてAIが日常生活に入る事により、「人類全体が賢くなる」。当たり前だが、人類を超えた「神」のような知能が常に人間の代わりに答えを考えて24時間それを実行する。

人間にとっての1年は彼らにとって数十年先だろう。既に大学修士・博士課程にある知能が2026年には「ノーベル賞レベルの天才」を超越している可能性が高い。

物やサービスを消費者に買ってもらうための、CMやマーケティング・インフルエンサーなどの殆どは形骸化するだろう。

塾講師など「教育」の人材も不要になっていく。

最も不要になるのが「官僚」「行政」になる。無駄な人件費を、労働市場が縮小した国際経済において「予算維持不能」になるだろう。

人類では誰も予測不能な「未知のカオス」を恐らく「ASI」は予測可能であり、人類の誰もなし得ない事をASIだけが「解決可能」だろう。

最初にそれに委ねた「社会・国家」が未来のホモ・サピエンスと自然・地球との生命的共生を実現する事になる。

未だその決着は見えていない。

西暦2025年9月現在、人類社会それぞれ、全てに可能性への選択肢が存在している。

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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、風が運んでくれる今この瞬間への出会いを、いつも願っております。

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『ホモ・サピエンス・宙唄(そらうた・Sorauta)の独り言』 私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。