【愛着障害と多重カルト・スパイ集団】そもそも「民主主義」が『なぜ政教分離が必要』であるか?その理由を排除し、詭弁で司法的回避肯定・実質的「政教一致OS」を実施し「性善を実践する人々の沈黙」によって保たれてきた戦後日本国。「社会蔓延・同調圧力による破壊」の根源である『スティグマ』が形成され続けてきた。
日本人は「仏教伝来」以来、「神仏習合」の国。
まず「寺」と「神社」は両方が合わさって「日本文化」であること。
更に言えば「仏教」は「ユーラシア大陸」から伝来している。
「儒教」や「道教」などの影響が強く「仏陀の原始仏教」とは似ても似つかない「大乗仏教」である。
つまり「倭民族の神仏習合」は「違い」を尊重する「多様性」「インクルーシブ」など最近「グローバリズム」で流行りの概念が最初から存在していたものを、わざわざ破壊して否定してきた。
「最初から日本文化のあるがまま」
それに全てが備わっていた事に、もしかしたら日本人よりも海外の人々の方が気づき始めたかもしれない。
何故そうなったのか?
最も戦後日本の統治政策で大きかったのはトルーマンが敷いたとされる「3S政策」だったのではないか?
ある意味「アヘン戦争」など欧米の敵国に対する「弱体化政策」に近い。
大日本帝国の解体と東西冷戦時、共産圏に対する日米同盟という実質的前線領土としての日本国と傀儡専制社会体制を敷くために、GHQ・CIAは、1990年頃まで暗躍・調略を重ねた。
そして冷戦が崩壊後、膨れ上がった「グローバリズム」に「共産主義者の残党・カルト・反社会勢力」などが「全体主義」の流れの中で影響しあっていった。
「洗脳・支配」された衆愚は思考停止し、オウム返しの様に決まりきった概念から脱することも無くなった。
こうして「失われた30年」と呼ばれる「オブラートに包まれた、内在化したディストピア」が侵攻する絶望的な日本社会が現在を形成している。
何故、ここまで気づかなかったのか?何もできなかったのか?
西暦2025年、地球人類で様々な異変が起こってきた。
SNS、そしてAIは私たち人類が未知の新たな領域に向かうための社会全体が「脱皮する」絶好の機会を与えている。
ここで既存社会を「脱皮」するかしないかで、これから先の「四大文明」と呼ばれるような「過去の遺産」になるのか?それとも「シンギュラリティ時代へアップデート」されるのか?
今、この瞬間、全ての人類社会は巨大な分岐点にある。
正直「欧米」や「中国・ロシア」は「汎用性超越人工知能(ASI)」による新時代への準備は「社会全体」として整っている。
人類社会で最も「国際金融資本・グローバリズム」に侵食されて一気に取り残されつつあるのは「日本国と日本国民」であるように見えてならない。
「新世界秩序」があるとすれば、最もその「真逆」へと向かおうとしているのが「日本国」であり「滅亡・消滅」を自ら選ぼうとしている様に見える。
社会から「換金不能になった債権」を持って「俺は大丈夫」と孤立アピールして、それを悪意や欲望から支持する勢力に「そうだそうだ!」と言ってもらう自作自演の演技をしている様な「ドン・キホーテ」的な滑稽さすら感じる。
まぁ、最終的には人生は「滑稽さを笑い飛ばす力」があるかどうか?の様なもの。
常に意識している「放擲する」こととは、ある意味その過去や執着を「笑い飛ばす」し今から未来へと意識が解放されるかどうかにかかっている。
そしてそれを果たす為には、その根源を正確に捉え直視する事。
失われた30年と呼ばれた日本国は、はっきりと「最低最悪、クソみたいな政治による社会支配の産物だった」とまず完全に認めることだ。
そしてその被害者が「日本国によって無関心・無関係の中で使役労働搾取・監視管理されてきた日本国民」である『自覚』を国民一人一人が、まず最初のスタートラインとして主権者の主体性の原点として抱く必要がある。
*********************************
結局釈尊から学ぶ上で最も大事な事は「唯我独尊」というシンプルな態度の選択に尽きる。
全ての人類が「唯我独尊」の意味を噛み締めた中から、各々の違いや「エゴ」「執着」「思想」などを見つめれば「ドグマ」や「洗脳」「無意識」などが何であるか?発見する事が可能であり
「教祖」や「カリスマ」或いは「教義」「スローガン」などに、私たちの中に潜んでいる「それ」が利用されてきた事に気づくだろう。
貴方が内在化した存在として見つけたなら、それを「放擲」する。
その瞬間から、今は実感せずとも、未来への道はパラレルワールドへと転生が開始される。
己の拠り所だったそれを「放擲する」事はとても難しい様に思えるが、それこそが「執着の正体」である。
私たちは母親のから分離した1つの細胞と父親から分離した1つの細胞が結合して誕生した。
本来、それ以外に何も必要ない。そして未来にあるそれぞれの生命の最後は全ての細胞が「無」に還る。
それがホモ・サピエンスという地球・真核生物における宇宙の法則だ。
私は「生育環境」から「愛着障害」「複雑性PTSD」の根源を方程式として逆算することが可能になったのも、ホモ・サピエンスの根源的な生命事実と、私の「社会的孤独」からそれぞれを解体・解析を自ら試行錯誤を重ねた結果だった。
私は預言者でも、特殊能力者でもないが、ある程度「形而的」にこのホモ・サピエンス社会で起こる事や、背景などがパズルや数式に様に見えている。
その理由がよく分かった。「孤独の自覚・受容」が私の最後の「ピース」だったことも。
何故小学生の頃から「何でもオタク」という不名誉な「スティグマ」を常に日本人集団社会から受けてきたのかも。
そして真の己が、真我が、心から欲して喜ぶ価値基準とこの瞬間を共有する自分を見つけ出した。
私には鬼滅の刃、竈門炭治郎のような家族も仲間も誰もいない。
私は上限の弍・童磨の様な親ガチャだったから。
蟲柱・胡蝶しのぶに恋をして地獄に行った彼を、おそらく99.999%の誰よりも自分に重ねられる。
そう、私は「己」を「我」を「自分」をこの人生の『共胴体』とした内在化した実態を「社会的な孤体」として生きている。そしてそれを私は「認知」「受容」している今がある。
********************************
西暦2025年9月も後半へと差し掛かった。
自民党総裁選のような、過去の秩序に執着した思考停止から目覚めることのない日本国を除いた、地球人類の世界線は、溜まりに溜まったマグマが噴出するかの如く急激に変容を開始した。
地球は球体で、自転公転を重ねて明日へと向かう。
この地球上の事象は、民族・国家社会の見えない壁を越えた先にタイムラグを経て、その熱風の嵐は日本人社会にも到達する日がやってくるだろう。
二重螺旋構造というこの宇宙秩序は新しい創造を育むエネルギーでもある。
北半球の秋風が、南半球における春の気配が、
間も無く今年も日本国に「秋分の日」がやってくる。
*******************************
ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけありのままの随筆として、「note」にアップロードしていく事として実践しております。
私の「note」が、あなたとその更に先にある何らかの存在に、これから先、明日への静寂、安寧なる心の棲家につながる。この惑星で人類として生きる全て人々がその何かを見つけ、その胸に宿った存在を、その違った生命が育む風や水のような流れが、迷うときはいつでも何かを感じ、共有することを運んでくれる。「今この瞬間」。この出会いが何かであることを、いつも願っております。
いいなと思ったら応援しよう!
私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。