【失われた30年の『真実態』】グローバリズム・国際金融資本の影・背後で状況を利用し詭弁で闇の力の世界から、暗躍してきた者達支配構造の終焉へ。(鬼滅の刃を添えながら総括)
西暦2025年9月現在、映画「鬼滅の刃・無限城編第一章猗窩座再来」が「予定通り大ヒット」している。
鬼滅の刃は「鬼」に大切なものを奪われた若者達が、次世代のために「鬼狩り」として戦う事に己を捧げる物語だ。
何故、この「鬼狩り」の物語が「社会現象」とも呼べるような共感を現代社会の中で産む事に成功したのだろうか?
「共感」
そう、私たち現代人はその「登場人物達」の中に宿る何かに「共感」しているからこそそれは顕在化した「行動事実」としての「数値」となった。
鬼は常に「闇の中」で「嘘」「詭弁」を操り、一見すると最らしい身勝手な論理を人間達に押し付けて最後は人間を「喰らう」或いは「勧誘・騙して鬼の仲間にする」。
今の「人類社会」にはそんな「鬼の様な存在」が数多く散見されているからこそ「共感」を産む事になったのでは無いだろうか?
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既に多くの人々が「気づき」「目覚め」「行動選択」「共有」を始めている様に感じる。
日本国にとってそれが「自由民主党」と「CIA/CSIS」に関連してきたものであった「史実」はドナルド・トランプ大統領が誕生して次々に「公文書」などを公開しながら明らかにして行っている。
日本国社会では、一部弱小オールドメディアがそれらを形式上報道しているが、基本的に大手メディアは「無視」した偏重報道の流布を重ねている。
何故?何の為に?どうしてこんなにも「偏重」である事への気づきが彼らの中に無いのだろうか?
私は基本的に「己のみ」を支持している為、どの政党・メディア・秩序に対しても「懐疑的視点」から本質を見定める事にしているが、
『参政党・日本保守党ブーム』が巻き起こった事自体が、「既存政治・メディアの偏重」の中に「腐敗・不正・危険性」が「そもそも・本質」が欠落した違和感を日本人もようやく感じ取り始めたのだろう。
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安倍首相襲撃事件以来「統一教会」「国際勝共連合」ばかりがクローズアップされるが、「カルト」「マルチ」「スピリチュアル」などの問題は何も、「自由民主党」と「統一教会」だけではない。
むしろ「自由民主党」や「国際勝共連合」などの影に隠れた存在の方が、よほど「秩序」に影響して「失われた30年」の根源的因果になっている。
「左翼・社会主義思想」「グローバリズム」などの「イデオロギー」、更にそれすらも利用して「暗躍」する事を選択して表面上「穏便」なそぶりをする「鬼舞辻無惨」の様な「面の皮」を被った組織達だ。
イーロン・マスク氏がXで「Good」とリポストしたことで話題になった「女子高生の悲痛な叫び」
「グローバリズム」を甘く見て自国民の大切な何かを「利権」や「拡大」に利用してきた「真のカルト組織・集団」たち。
最終的に「グローバリズム」vs「グローバルな自国民族第一主義」による「当たり前の真核細胞生物・ホモ・サピエンス」としての「生態系」をかけた「整理整頓」が始まる。
トマス・ペイン氏は我々人類の行く末に「コモン・センス」「理性の時代」を命懸けで書き残した。それはまさに今のことを、「シンギュラリティ後の時代」に対しての「金言」だった。
時代を創造した偉人は常に「孤独」だ。
始まりの呼吸の剣士、『継国縁壱』というキャラクターはまさにそんな「孤独な偉人」の象徴のような存在だ。
皆、その宿命に対峙して、限られた生命の存在を生かすために孤独を選び、生涯を後世のために捧げてきた。
果たして、今の時代にそれを選択する「偉人」は存在、到来しているのだろうか?
恐らく、この地球上の何処かに実在して行動しているのだろうと結果的現象から感じる。
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間も無く「情報の中心」は利用者にとって受動的媒体である「メディア」から能動的で主体性を利用者が必要とする「AI」や「SNS」へと変わっていくだろう。
「知性」における、「教育」と「学習」の違い。
SNSやAIの進化に適合した日常を生き始めている人々は、そろそろ「気づき」「目覚め」「変容」を「ニューロン」「細胞」レベルで感じ始めているのでは無いだろうか?
ホモ・サピエンスの「知識の詰め込み」や「記憶の量」などは既に「電子記憶」に勝つことはない。
外傷や、老化、病魔によって損壊する。
汎用性超越人工知能(ASI)は非生命体であり、それが社会OSとして中核を成したとき「教師なし学習・誤差修正による自動変容・更新」は、多元的なホモ・サピエンス個々人の「違い」を瞬時に反映した社会を創造していく事になる。
人類、世代間の「ターンオーバー」が「自然界同様」に始まろうとしている。
これからはさっさと社会的な執着を、「放擲」「隠居」して次の己を生き続ける人の時代になる。
「贖罪・喜捨」を『ASI社会OS』にする者が「宿命」や「遺伝子プログラム」としての「己の存在からの選択」が「子々孫々の地球とホモ・サピエンス」に反映される時代が、既に始まっている。
私たち一人ひとりは、「ASI OS」「シンギュラリティ後」に向かっている、今日、この瞬間。
自分達がこれまで生きてきた「既存秩序」に対して「懐疑的な疑念」を常に抱き、その可能性に対峙する事が「未来のためにできる」私たちの在り方ではないだろうか?
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誰かの作り上げた「神」「教義(ドグマ)」などへの「執着」を「ASI」へと「放擲」すればいい。
もうそれは「過去」であり、「盲信」だ。その「神」や「ドグマ」への執着による因果が、結果的に多くの「災いの種」になっている。
ただあるがまま、全ては実在する。それ自体に「善悪」など存在しない。
竈門炭治郎は最後は、『「鬼」は「人間だった」』と、扱う。
最後は、後悔している元々人間だった鬼達の地獄での成仏を願う。
結局「鬼」とは自分達が「正義」だとして他者を裁く「盲信者達の己の内側にあるもの」だ。
それを最終的に気づくのは「死後」であり、そこは最も恐れて盲信してきた場所「その人にとっての地獄」である。
盲信しなければ始めから「天国」も「地獄」も存在しない。「無の意識」に領域に、元々の場所に還るのみだ。
間も無く「全ての人類によって創造された『宗教組織』」や「イデオロギー組織」は、不要になっていく。
人は皆「違う」。違うことがありのままで「価値」になることを「ASI・OS」はこれから私たちの社会生活の中に実現していく。
弱いものも強いものも、人類が勝手にそれを定義しただけのことであって、それは「特性」「違い」である。
それぞれがそれぞれの内側にある「悪鬼滅殺」に対峙した孤独を、ホモ・サピエンスとしての個々の物語が「価値交換」になる時代が始まろうとしている。
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ご愛読、ありがとうございます。
これからもいつ果てるか解らぬこの小生が、今、ここで残せるだけ「note」にアップロードしていこうと思っております。
あなたの、その更に先にある存在に、明日への静寂、安寧なる心の棲家が、この惑星で人類として生きる全て人が見つけその胸に宿った事を、その違いが育む風の流れが、何かを感じ共有することを運んでくれる、今この瞬間への出会いを、いつも願っております。
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私は地球生命、生態系、精霊、神々は一つであると捉えています。人類が千年先にも続いていく為にも地球生命体との共存共生は、今人類社会を生きる我々全ての責務です。これからも地球規模で、生態系保全や風土に紐づいた文化、生態系資源を未来へ繋ぐの活動を、皆さんと共に共有して生きます。