鬼滅の刃は思想つよめ〜日本人の心のスキマを埋めた集団主義?
映画『鬼滅の刃 無限城編』をみたので、コミック版を読み返している。私は鬼滅の刃に少々批判的なこともあり、批判的な批評を探して読んでいたのだが、大変に面白くて寝る間も惜しんで読み漁ってしまった。
思い起こせば、アニメ放送していた頃の「鬼滅ブーム」は本当にすごかった。「鬼滅の刃、なんかすごいらしいよ」。知人からそんな話を聞いて鬼滅を知り、アニメを見始め、ハマったのであった。
ヒットの理由はいつも後付けである。しかし、今思い起こしても、鬼滅の刃は誰からも愛される作品だったと思う。それだけでなく、誰にでもオススメやすい作品であった。「~の呼吸」という印象的なフレーズもヒットに貢献しただろう。鬼滅批判の一つは「内容が薄っぺらい」というものだが、逆に言えば、薄っぺらいからこそあれだけヒットしたのである。ハリウッド映画が中身が薄っぺらいのにヒットするのと同じである。「薄っぺらい」というのは、誰もが共感できることも意味している(もちろん本当に共感すべき中身がないこともあるが)。「愛と正義」という、普遍的な人間の最大公約数を描いているからこそ、世界中の人々に受け入れられる。
「ヒットの理由はいつも後付け」と書いた。しかし、だからといって鬼滅の刃は駄作ではない。絵が下手だとか、ワンパターンだとか、多くの批判はある。しかし、やはりヒットするには理由があるし、魅力的な作品であることは間違いないと思う。改めて読み返しても、ページをめくる手が止まらない。戦闘シーン雑だなー。と思いながら、読み続けてしまうのである。寒いギャグも含めて、独特のセンスと魅力がある。それはやはり面白いということだと思う。
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さて本題である。鬼滅の刃は面白いと思う。しかし、この作品の根本にある種の疑問を感じてしまうのだ。疑問というよりは「不思議な感じ」とでも言うべきか。違和感?とでも言ったら良いか。
鬼滅の刃はワンパターンである。ワンパターンである故に、特定のメッセージがしつこく現れ表現されている。一つは「家族愛・兄弟愛」である。これは誰もが指摘するところだ。しかし私が気になっているのは別のところにある。それは「意味のある死」の肯定というテーマである。そして、個人の人生を超越した「受け継がれる意志」というテーマである。勘のいい読者ならお分かりだろう。これはいわゆる「集団主義」であり、国家主義、全体主義にもつながっていく思想である。作者の吾峠呼氏がそれを明確に意図しているかは別として、この作品の根底にはそういった思想が流れている(※ただし、一応断っておくが、集団主義が必ず全体主義などに繋がっていくわけではない)。
鬼殺隊の柱たちのセリフのにはこの集団主義が明確に現れている。死を厭わないことはもちろんだし、「せめて役にたって死にたい」というセリフがしばしば現れる。仲間のために自らを犠牲にするキャラクターはマンガの中では珍しくはない。しかし、「せめて役になって」という言葉選びは珍しいように思う(自分自身の価値を否定するような、自尊心の低いネガティブな響きがある)。
柱ではないザコ隊員たちも、人柱になることを厭わない。総じて命が軽く扱われている印象を受ける。言い換えると、大義のために死ぬことが、本作においては、極めて自然に前提されて描かれており、それが印象的なほどなのだ。
次に鬼たちに目を向けてみよう。上弦の弐、童磨は「人間の死に意味はない」「死後の世界などない」ということを言う。また「人間は何十年生きてもそのことが理解できない、天国や救いを探している」と言っている。鬼は永遠の命を持っている。しかし不老不死ではないし、その命は1回きりである。鬼は「長生きする人間」でしかない。それゆえか、彼らは死後の世界や輪廻を信じない、無宗教な人たちでもある。
鬼は「一度きりの命を懸命に生きる存在」でもある。鬼舞辻無惨はこのようなことを言っている。「仲間の死を悲しむ必要はない。おまえらは生きているではないか。復讐とかくだらないことに精を出すより、助かったことに感謝して生きろ」と。さらには「自然災害が起きたとき、自然に復讐しようというやつはいない。なのになぜ鬼に対しては復讐心を燃やすのか?無意味ではないか」と言うのである。
それは正しい。もちろん快楽のために人を殺める鬼もいる。しかし、鬼は人間を食べなければ生きていけない。その点では食物連鎖の一部分であるとも言える。一種の自然災害と考えてもよいかもしれない。鬼舞辻無惨の言うことも一理はある。
こうしてみると、鬼殺隊と鬼は対照的な存在であることがわかる。鬼殺隊は「鬼を殲滅する」という集団の理念を持ち、しかもそれを世代を超えて繋いできた存在である。個人の命よりも、集団の目的を優先する人たちだ。
対して、鬼はそうした、「家族の絆」や「世代を超えて受け継がれる意志」を否定する「究極の個人主義者」なのである。
鬼といえども命は一度切りである。彼らには使命はない。ただ人生を楽しむ存在である。作中ではそれは「あくなき力の追求」である。対する鬼殺隊は長く生きることよりも「幸せな瞬間」を、そして「意味のある死」を求める人々である。「集団主義vs個人主義」こそが、鬼滅の刃の根底のテーマなのだ。
豊かで満たされた、個人主義が大切にされる現代において、集団主義を根底に抱える作品が出てきたことは興味深い。集団主義が否定され、いよいよ個人主義が日本でも浸透してきたからこそ、この作品は現れたのかもしれない。
この作品は作者が「いかに良く生きるべきか」を探求した作品だったのではなかろうか。そこには誰もが一度は考えるであろう「死への恐怖」、あるいは「所詮は土に還るのだという人生の虚しさ」が滲み出ている。その葛藤は「無意味な人生に意味を持たせたい」という願いにつながっていく。それは人間に普遍的で根本的な、恐怖と願いである。それは人間の根幹部分に向き合ったからこそ、鬼滅の刃はヒットしたのではないかと私は思う。
冒頭でも触れたが、鬼滅の刃に批判的な人は、この作品を薄っぺらいという。たしかに、キャラクターのセリフは表層的なものも多い。家族愛・兄弟愛も陳腐なテーマだ。しかしYOLO(You Only Live Once=人生は一度切り)な時代だからこそ、そして(敢えてこのように書くが)「世代を超えて受け継がれる意志」というものが否定されがちな「空虚な」現代において、この空虚さを埋めてくれたのが鬼滅の刃だったのではないだろうか。
「セリフが多い」「やたら説明的だ」というのも鬼滅批判の一つである。この作品は確かに説明的で あり、おまけに「道徳的な押し付け」がすごい。しかし、今の若い人にはそれが逆に新鮮だったのようにも思う。現代は、価値観の押し付けを避ける時代である。学校教育や社会だけでなく、親もそれを避けている。昔を美化するつもりはないのだが、価値観の押し付けがあるからこそ、反発が生まれ、自分の価値観も見いだせるというものだ。現代という「優しい」時代はベースとなる価値観を持つことが難しいのではとも想像する。そのような時代にあってこの「説教臭い作品」は今の若い人には新鮮に映ったのではないだろうか。
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個人的にもう一つ気になっていることがある。それは、鬼滅の刃の世界観はかなり時代錯誤的な「男性中心」の世界だということだ。しかも、作者の吾峠呼氏は女性にもかかわらず、である。「大正時代を舞台にしているのだからそれは当然だ」という声もあるが、時代設定なんかめちゃくちゃな作品であり、それは関係ないと思う。また、女性キャラクターは、柱も鬼も巨乳だらけであるのも興味深い。胸元もガッツリ空いている。最近のフェミニズムの浸透にあらがうかのように巨乳でエロいのだ。女性だからジェンダーイコールな作品を描くべきだというつもりはない。しかし明らかに時代のトレンドに逆らっているように見えて、そのあたりの吾峠呼氏の心境を聞いてみたいところではある。
※女性という存在に対する描き方、と言うことでいうと、他にも気になる点がある。立志編に出てくる女を喰らう鬼は「女は16を過ぎると一秒ごとに鮮度が落ちる」とか、遊郭編でも「この街は女は商品なんだよ」というセリフが出てくる。間違いなく昔はそうだったし、もっと言えば今でもその通りである。このように「女性」というテーマがしばしば現れており、それは無意識にしても、吾峠呼氏の中の重要テーマとして現れているのではないかと思う。
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鬼滅の刃は日本人の思想や宗教観をごたまぜにぶち込んでいるがゆえに、様々な立場からの解釈を許している。エヴァンゲリオンがそうだったと思うが、ヒット作の条件の一つは、さまざまな解釈の余地を残し、みんなが思い思いに自分の人生と紐づけて解釈できることであると思う。
鬼滅の刃は王道少年漫画でありながら、根底には「人間の生、意味」そしてそれを乗り越えるための「集団主義」という骨太なテーマが流れている。表向きのキャラクターの可愛らしさと、一歩間違えば危険思想にも傾きそうな危うさも内包している。もはやその危険性を可愛いキャラクターたちでカモフラージュしたのではないか、とさえ邪推てしまう。相反するものが内包されたアンバランスさも本作の魅力だったのではなかろうか。
最後に「鬼滅の刃 思想」で検索して出てきたこちらを紹介したい。この記事はかなり自分の立場に近い。忠臣蔵にみられるような「日本的ナルシシズム」に警鐘を鳴らしている。鬼滅の刃を危険視したいわけではないのだが、無意識にそれが埋め込まれているのは事実だ。我々人間は、日本人に限らず、集団主義的な欲求を潜在的に持っている。それは時に危険であるし、ふとした瞬間に全体主義的なものに傾いてしまう。我々はその危険さを意識して向き合っていくべきだと思う。
『鬼滅の刃』が若者の命を軽視する一方、重視しているものは一体何か(堀有伸) | 現代ビジネス | 講談社
