【南アルプスの秘境】熊ノ平小屋|何日も歩いた先に灯る明かり
静かな山が好きです。
これまで南アルプスをいくつも歩いてきましたが、最も印象に残っている場所を一つ挙げるなら、山頂ではありません。
仙塩尾根の奥にひっそりと建つ、熊ノ平小屋です。
最初から目的地だったわけではありませんでした。仙塩尾根を歩く途中で泊まる場所として選んだだけでした。
それでも、あの夜の静けさだけは、今もはっきり思い出せます。
熊ノ平小屋とは
熊ノ平小屋は、南アルプス・仙塩尾根の中間部に位置する山小屋です。
仙丈ヶ岳と塩見岳を結ぶ約30kmの稜線のちょうど中ほど、三峰岳の南側に建っています。
アクセスが、とにかく遠い。
北沢峠から仙丈ヶ岳を経由すると、1泊以上かかります。三伏峠から塩見岳を越えてくるルートも同様です。どこから歩いても、1日では辿り着けません。
さらに独特なのが、小屋への下り方です。
仙塩尾根は稜線上のルートですが、熊ノ平小屋は稜線から大きく外れた樹林帯の中に建っています。稜線歩きの途中で突然、森の中へ引き込まれるような感覚があります。
「なぜこんなところに小屋があるのか」と初めて地図を見たときに思いました。実際に歩いてみて、その理由が少し分かった気がします。

稜線の緊張感から解放される場所
仙塩尾根は静かな縦走路ですが、長い。
何時間も稜線を歩き続けていると、知らないうちに体だけでなく気持ちも張り詰めていきます。
熊ノ平小屋への分岐を曲がり、樹林帯へ入った瞬間のことを覚えています。
風の音が変わりました。稜線では常にあった風が、木々に遮られて穏やかになる。日差しも柔らかくなる。足元の土が、岩から柔らかい地面に変わる。
小屋に着く前から、体がほどけていく感覚がありました。
沢の音が聞こえてきたとき、「着いた」と思いました。山頂に立ったときとは違う、静かな達成感でした。

時間の流れ方が違う
熊ノ平小屋の周辺は、森の静けさに包まれています。
稜線上の山小屋とは、空気が違います。
雲ノ平が「高原の静けさ」だとすれば、熊ノ平は「森の静けさ」です。空が広く開けているのではなく、木々の隙間から山が見える。その分、山の奥深くに来た感覚が強い。
泊まった夜、周囲にほとんど人がいませんでした。
聞こえるのは沢の音だけ。
長い縦走の途中でこういう時間があることを、歩く前は想像していませんでした。

翌朝、三峰岳へ登り返す
熊ノ平小屋に泊まると、翌朝は三峰岳への登り返しが待っています。
下ってきた分、登り返す。それが仙塩尾根らしさでもあります。
朝の樹林帯を歩き、稜線へ出た瞬間に視界が一気に開けます。
仙丈ヶ岳、間ノ岳、塩見岳。昨日歩いてきた稜線と、これから向かう稜線が一度に見渡せる場所。
きつい登り返しでしたが、その景色がすべてを上書きしてくれました。
「下ってよかった」と思いました。
熊ノ平小屋に泊まらなければ、この朝の景色はなかったからです。


熊ノ平を中心とした縦走の選択肢
熊ノ平小屋は、仙塩尾根のちょうど中間に位置しています。そのため、様々なルートの拠点になります。
仙丈ヶ岳から縦走してくるなら 北沢峠を起点に、大仙丈ヶ岳・横川岳を経て熊ノ平へ。翌日は三峰岳・間ノ岳・農鳥岳へと白峰三山をつなぐことができます。
▶ 【南アルプス】仙塩尾根〜白根三山|広河原から奈良田53km・北岳を囲む2泊3日縦走
塩見岳から縦走してくるなら 三伏峠を起点に、塩見岳・蝙蝠岳を経て熊ノ平へ。翌日以降は間ノ岳・北岳へとつながります。
▶ 【南アルプス】塩見岳〜北岳縦走|44km・蝙蝠岳と小太郎山をつないだ3日間
どちらのルートも、熊ノ平小屋が縦走の中間地点になります。長い仙塩尾根を歩くなら、ここで一度立ち止まることをおすすめします。
おわりに
熊ノ平小屋は、どこから歩いても遠い場所にあります。
だからこそ、辿り着いたときの静けさが本物です。
整備されたアクセスルートも、観光地のような賑わいもありません。あるのは、自分の足で歩いた人だけが知っている森の時間です。
仙塩尾根を歩くなら、ぜひ一度泊まってみてほしい場所です。きっと、山頂とは違う何かが残ると思います。
この記事は「秘境を歩く」マガジンに収録しています。
山を越えてたどり着く秘境駅、秘境温泉、吊り橋、ダム。このマガジンでは、山奥にひっそりと残る特別な場所への山旅をまとめています。
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北アルプスの雲ノ平、私の中の秘境記録はこちらです。
▶ 【北アルプスの秘境】雲ノ平|山頂より心に残った、日本最後の秘境
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