アビニョン旧市街〜法王庁宮殿とアビニョンの橋へ〜
アビニョンの旧市街の名所は、法王庁宮殿(教皇庁宮殿)とアビニョンの橋。観光客はこぞってこの宮殿前広場にやって来る。大変広く、広場から少し坂を上がると公園になっており、高台からアビニョン橋を見下ろせるようになっている。

途中で途切れたアビニョン橋。その先に見える
緑の多い場所は、対岸ではなくローヌ川の広い中州
アビニョンでの二日目、朝からアルルに出かけて帰って来た夕方、旧市街に出かけた。
まず駐車場を探す。Oが事前にナビに入れていた駐車場(目的地の近くで適当に選ぶ)は既に満車。
改めて旧市街を取り巻く道路をもう一周していたところ、Vは宮殿下の岩山に🅿️の表示を見つけた。
Oにそれを伝えると半信半疑で、
「こんな場所にあるわけがない」と言い張った。しかし、Oがどんなに言い張ろうが、🅿️は間違いなく表示されている。
「はい、ここで右折!」Vが叫ぶ。車は岩山と岩山の隙間に入って行く。
この旧市街を取り巻く道路は、新しく作られた道が複雑なルートで、信号機はなく環状交差点とS字カーブが幾度も繰り返される。宮殿方面に行きたいのだけれど、一旦反対方向に進まなければいけない。ナビを見ていても一瞬わけがわからなくなる。



ある箇所では、短く急なカーブの先が右折と左折の車線に突然変わる。曲がった瞬間、10メートルくらいの間に右車線に入っておかないと、宮殿方向に行かれない。おまけに信号がないので、猛スピードで左から車がやって来るのを避けながら合流するという、まるで事故を起こすのを推奨しているかのような危険な箇所なのだ。
これがOにとってはストレスで、そこを通る度に文句を言っていた。
この道を通り抜けると、岩山から突き出るようにアビニョンの橋が道を跨ぐ形で目の前に現れ、目を奪われる。道沿いにはチケット売り場の建物。
駐車場の表示は、橋のやや手前の岩山の間を指している。


車道の右側は、宮殿の下の高く聳える岩山が続いているので、Oが不審がるのもわかる。一見駐車場があるとは思えない雰囲気だ。
狭い道を右折してみると、🅿️への進入路のはずなのに、その先の道が進入禁止になっている。
「???」‥‥訳がわからない。
進入禁止の標識の右には、何の為にあるのかわからないスペースがあり、車一台が通れる幅ではあったので、取り敢えずそこに突っ込んで行くしかなかった。その奥には車が2台停車している(関係者の車? 絶望した観光客?)。
その時入って行ったのはうちの車だけだったので、一瞬そこが行き止まりのように見えた。
「ほら、やっぱり違う💦」とOが絶望して嘆き始めたが、Vは先に進むよう指示。Oはこういう場面で大変弱気になる。古い街は、狭い道を入り込んだ先がどうにもならない場所だった、ということがたまにあるのだ。
2台の車の手前を左に曲がると、その変なスペースから抜け出て、狭い道に出た。Oはまだ嘆いていたが、Vの目には右折したその先に、[地下3階まで、〇〇台駐車可能]と緑色で表示された電光掲示板が見えていた。数百台駐車できる、大変大きな駐車場だった。大当たり。ホッホッホ

どうやら、その駐車場の入口と出口は同じ場所にあるにも関わらず、岩山と岩山の隙間の進入路全体には、交互通行できる道幅が確保できないので、出口からの道が優先されて、入る側は整備されていない変なスペースを迂回させるようになっているのだ。
旧市街の最も中心の便利な場所に作られた大型地下駐車場、それだけで奇跡のようなもの。変なスペースを通り抜けるくらいは我慢しなければいけないのだ。多分。
迂回路なら迂回路扱いして、せめて案内表示は書いておいてもらいたい。
Oは信じられずに、まだ呟いている。
「ママは凄い‥‥よくこんな場所を見つけたね」
「🅿️の表示があったんだもん」
ちなみにそこは旧市街に最も近いので、一番お勧めとして挙がる有名な駐車場だった。
【アビニョン法王宮殿(Palais des Papes)の真下(地下)にある「Parking Palais des Papes」】
それにしても、この大きな駐車場に入る正式な進入路であるのに、あの変なスペース(迂回路)を通すとは‥‥
何年か後には、あそこが整備されて、普通の道になっていることを祈っておこう。
車を置いてエレベーターで上がると、広場の地下に出た。駐車料金を支払う機械が置いてある、奥行き10メートル程のスペースで、階段で広場に出るようになっている。
この日、帰りにここに戻る時は、OもVも想像もしなかった光景を見ることになる‥‥




広場から古い街並みを抜け、夕食を食べに。混み合ってはいたものの、犬のバギーも置ける席に座ることができた。
この日はアルルに到着した時と、跳ね橋から帰る時に大変な豪雨にあったけれど、2回とも車の中で助かった。見どころが多かったアルルの話などをしながら食事を終えて、店を出る。
Vと犬が先に店を出て、Oが出て来るまでのほんの30秒くらいの間に雨が落ち始めた。
まさかの今日3回目の雨だ。慌てて傘を取り出した時にはもう雨は激しくなってきた。大急ぎで犬のバギーにカバーをかけ、急ぎ足で広場に戻りかけたが、豪雨と共に突風が吹きまくる。傘が何度もひっくり返る。この激しさはヨーロッパあるあるだ。
広場はもうそこに見えているのに、雨も風も激しすぎて雷も鳴っている。危険と判断して、建物の軒先で雨宿りをする。大勢の観光客は店に飛び込んだり、軒先で雨宿りしたり、もうどうでもいいわ、という感じでずぶ濡れになって歩く人、様々だ。
日本では車で移動する生活をしていたので、こんな激しい雨の中を歩くとか、全身が濡れる、という経験がないので、結構ショックだ。
本日3回目の雨は、ぴったりタイミングがあってしまった。かと言って、食事をした店は混んでいたので、外に出た直後にもう一度中に戻るということはできなかった。
犬もバギーのカバーが風で煽られてびっしょり。
30分ほど経つと、やや雨の勢いが収まってきたようなので、頑張って広場を横切り、駐車場まで行くことに踏み切った。もうあのくらい濡れてしまうと、いろいろどうでも良くなる。
何とか辿り着いて、先程の駐車料金支払い機のある地下のエレベーターホールに下りようと、階段下を見た瞬間、Oが、
「わっ!! 何これ!!」と叫ぶ。
階段下の10メートル×5メートル程のスペースは人の顔、顔、顔。
「‥‥何って、雨宿りに決まってるじゃない‥‥」Vは呟く。
広場にいた人たちは、取り敢えず雨宿りのために地下に潜ったのだ。
さほど広くない場所なので、『これ以上、誰も下りて来るな』という皆さんの視線を感じつつも、『我々は駐車場利用者なんですけどね』という気配を出して下りていく。
人混みを掻き分け、Oは雨で湿ったチケットを取り出し支払いを済ませた。その間に、Vはフランス語と英語とドイツ語で「失礼しま〜す」と繰り返しながら、人を掻き分けエレベーターまでバギーを進めた。とにかく普通では通れないほどぎゅうぎゅう詰めだったので、前に進む為には然るべき対応ををするしかない。
まあ、こういう時、言葉にして怒るような人はいない。困っているのはお互い様であるし、レディ ファーストなのだ。やはりお国柄、ヨーロッパの良いところだと思う。
エレベーターに乗って、やっと一安心。
「みんなあの場所に固まってないで、下はこんなに広いんだから、駐車場に下りてくればいいのにね」」とVが話す。
非常時なのだし、車で来ていない人たちも、地下の各フロアに分散した方がストレスはないのに。
そう、車で来ていない人たちは、『地下駐車場に行って雨が上がるのを待とう』という思考にはならないのだ。利用していない駐車場に入ってはいけない、という遠慮もあるのだろう。
それでも、階段上空から雨は落ちて来るし、狭いエレベーターホールのスペースに100人を悠に超える人がひしめき合っていたのだ。非常時なのだから、誰かが先導しても良かったのではないだろうか。
尤も、ヨーロッパではこうして突然起こる激しい風雨は日常的過ぎて、皆パニックになることもなく普通にその時間をやり過ごすだけだという気もする。傘すら持たない人が沢山いたし。
犬の為のバスタオルが車にあったので、全身ずぶ濡れの状態は何とかなった。
ホテルに帰ってシャワーを浴びて、乾いた衣服を身につけた時の安心感といったら!

翌日、ホテルを出発して、再びParking Palais des Papesへ車を入れる。昨夜の雨の騒ぎは夢のようだ。
アビニョン滞在最終日。
来た初日は夕方の到着であったし、二日目はゴルドへ、三日目はアルルに行っていたので、最終日にやっと宮殿と橋の見学に来られたのだった。
このアビニョン法王庁宮殿は、ヨーロッパ最大級のゴシック様式建築である。巨大な宮殿は単なる宗教施設ではなく、厚い城壁や塔を備えた巨大な要塞の構造となっている。
法王庁宮殿は、1995年に「アヴィニョン歴史地区」の一部として世界遺産に登録された。
14世紀にキリスト教(カトリック)の頂点であるローマ教皇が、治安が悪かった首都ローマを離れ、この地に滞在した歴史的拠点となった。
1309年から1377年まで、フランス国王の強い影響下のもとで7代に亘り、この地でローマ教皇が誕生することとなった。
法王庁宮殿にはOが先に入場する。広場を挟んで宮殿の向かいはレストランやカフェが並んでいるので、木陰のカフェで待つ。この日もかなり暑くなっていた。



1時間ほど経過し、Oが戻って来る。暑さに強いOが珍しくヘロヘロになっている。
「中はかなり歩くよ。ものすごく暑い。扇風機はところどころあるけど」
そう言いながら、リュックから包みを出した。

Oは宮殿のショップでオルゴールを買って来た。この後行くアビニョン橋への布石を打ったようだ🎶
Oがこうした見学の後、ミュージアムショップで買い物をするなんて、大層珍しいことだ。図録やグッズはいつもVが買う係なので。
過酷な長く暑い見学ルートが終了して、最後に通ったショップで余程ホッとしたに違いない‥‥
大抵、城や宮殿は広いので、長く歩くことが多いけれど、Oが愚痴ったのは初めてだ。
Vは自分が無事に戻って来られるのか心配になった。熱中症とか、螺旋階段から転がり落ちるとか、城壁から落ちるとか、長い上りの階段で心臓麻痺を起こすとか‥‥ああ心配
入り口は長い列ができているけれど、Oがチケットを先に買ってあるので、列を追い越して入る。毎回Oが既に説明済みなのだけれど、自分でも係員に説明する。
「先程夫が先に見学しました。私のチケットはその時買ってあります」と伝えると、どこの城や美術館でも、係の人からにっこりされて、
「ワンちゃん連れだから、旦那さんの後に交代して入る奥さんですよね? 聞いてます」と言われる。
余程「犬」と「交代」にインパクトがあるのだろう。全ての場所でそう言われてきた。
犬連れの旅行者は多く、こんなケースは珍しくない気がするけれど、交代で見学するとダブルで時間がかかってしまうので、見学を我慢する人も多いのかもしれない。
宮殿は広く暑かった。見学コースが長い。古い建物なので内部は冷んやりしているイメージだったけれど、窓を閉じられたホールや部屋が続き、扇風機は並んでいたけれど、それでは追いつかない。











たまにバルコニーから風が入る場所には涼を求めて人が溜まっている。




回廊を抜け、庭園に出ると、3箇所に飲み物の自動販売機が置かれていた。こうした宮殿内では珍しい。ここにカフェを作るわけにはいかないけれど、せめて自販機、ということだろう。
そのくらい見学が大変で、ここでの一休みが必要ということだ。中庭に出るまで時間がかかる上に、窓のない空間が多く暑すぎて、階段も続く。
多くの人は、この辺りで一旦体力の限界が来る。中庭のあちらこちらの日陰で休む人多数。
最初の自販機で買って飲んでも、広い庭園を抜けるまでに、強い日差しの中を通り抜けるので、他の自販機にも手が伸びそうになる。


出口が近くなってきた。ここは先ほどホールの窓から見えた、コンサート会場の下辺りだ。
見学の最後は何世紀も前の遺構を眺めつつ、鉄骨の足場の下を抜ける。




やっと出口に。ショップは地下の空間に広がっており、この宮殿の広さを更に実感する。
ヘロヘロになって外に出る。広場を横切ってOの待つ先程のカフェに戻るまでの数十メートルが、これまた遠い‥‥
Vがもう一度座って休もうとすると、Oが、
「アビニョン橋の入場の時間もあるし、その後移動するからもう行かないと」と。
残酷だ‥‥あの宮殿から出て、そのまま橋の見学とは‥‥しかし、アビニョン橋に行きたがったのはVなので、文句も言えず。
広場の反対側に向かい、そこから街を抜けて川沿いの車道へと下る。
目の前にアビニョン橋が。
アヴィニョンの橋(サン・ベネゼ橋)は、ローヌ川に架かる歴史的な橋で、フランス民謡『アヴィニョンの橋の上で』の舞台として知られている。
1995年には、前述の法王宮殿とともにユネスコ世界遺産に登録されている。
かつては対岸まで続く約900メートルの巨大な橋だったが、ローヌ川の度重なる洪水で、破壊と修復を繰り返した末、17世紀に修復が断念された。
元々あった22のアーチのうち、4つのアーチを残して、途中の川の真ん中辺りで途切れた状態になっている。
有名なフランス民謡『アビニョンの橋の上で』の冒頭は、フランス語ではこのような歌詞である。
Sur le pont d'Avignon
On y danse, on y danse
アヴィニョンの橋の上で
みんなで踊るよ みんなで踊るよ
歌詞の中では、踊ったのは「橋の上(Sur)」である。
しかし、当時のアビニョン橋は、人や馬車や家畜などが行き交っていて、「橋の上で輪になって踊る」には幅が狭かった。
その為、実際は橋脚のあるローヌ川の中州などで踊っていたものの、歌の中では「橋の下で」よりも、歌詞として歌いやすい「橋の上で」へ変わったと言われている。
中州は大変広い。ここなら相当の人数が踊っても大丈夫。
(本文冒頭に貼った、高台から見たアビニョン橋の画像、またはこの後に出てくる川の写真をご参照いただきたい)

❇︎ Vが当記事のラストで歌っている歌詞は、
NHKみんなのうた(小林純一版)の訳詞である。
♪アビニョンの橋で 踊るよ 踊るよ♪
メロディに合うように「橋の上で」ではなく「橋で」と訳された。
場所を示す格助詞の「で」、日本語の文法ではこう訳しても「上で」と同じ意味として成り立つから素敵だ♪
なお他の訳詞では、『アビニョン』の地名が子どもに馴染みがないとして、
♪ 橋の上で 踊るよ 踊るよ♪ という歌詞が採用された教科書もあるとのこと。
これに対しては、Vは大変不服だ。子どもが地名に馴染みがあろうがなかろうが、《アビニョンの橋》の歌なのだから(逆に「知らないなら覚えろ」と言いたい)。

チケット売り場の建物から中庭に。そこから階段を上がって橋の上に出る。
橋はかなり高さがあるけれど、通路の両側の柵はがっちりした柵ではなく、景観を邪魔しない。






小さい子がうっかり端っこで転んだら落ちてしまいそう。考えるだけでお腹がザワザワしてくる。子どもだけでなく、我が家の犬だって、端を歩かせるのは危険だ。
ヨーロッパはこういう場面で自己責任なのだ。監視人がいるわけでもなく、橋に一旦上がれば、柵に安全の為の注意書きもない。
そこを見学しようとする人の自己責任。誰であろうとも、ふざけて走り回ったり、人を押したり、危ない行為はしない。それが前提にある。
アビニョン橋は川の真ん中までで終わっている。
Vは、人の迷惑にならない程度の小声で「アビニョンの橋で」を歌いながら橋の先端に向かう。途中の聖堂を通り越し、人のいない場所で、小さく民族舞踊のステップを踏む。


橋の途中の脚部には、この橋を建てるよう神のお告げを受けたという牧童ベネゼ(のちに聖人となる)を祀る小さな礼拝堂が残されている。





川の真ん中で終わるアビニョン橋の先端まで歩き、見学者は皆嬉しそうに景色を眺める。お互い写真を撮り合っている。
人の波が一段落したところで、Oが宮殿で買ってきたオルゴールを取り出した。
お土産はあまり買いたがらないOだが、頼んでいなかったのに先に買ってあった。グッジョブ👍

🎶 アビニョンの橋で踊るよ 踊るよ 🎶
オルゴールの調べに合わせて歌ってみた。
橋の先端でぐるりと360度、犬を抱っこして、涼しい風に吹かれながら、Vは待ち焦がれていた景色を眺め続けた。
—了—
🔹南仏プロヴァンスの旅

