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『変態病院』episode6 どうしたって、覚えられない。——あなたは、誰ですか?《創作大賞2025#お仕事小説部門》

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 episode6  どうしたって、覚えられない。
         ――あなたは、誰ですか?


 生きていて、不便だなぁと思うことがある。

「初めまして○○です」

 と自己紹介されても、100%顔と名前が覚えられないこと。

 車を運転していて、助手席の人に「そこ右」と言われると左に行っちゃうこと。じゃんけんの一発目は、必ずチョキを出してしまうこと。

 エスカレーターを降りる時にうまくタイミングが合わず、結構な序盤から前屈みになって、降りるタイミングを測って助走をつけること。

 中でも圧倒的に不便なのは——やっぱり、顔と名前が覚えられないことだ。この顔、どこで会いましたっけ?私の脳内データベースは、今日もバグっている。

 唯一の友人、香織とお酒を嗜んでいた時の話だ。

 ワオーーン…ワオーーン…

「ねぇ、イヌ鳴いてっけど?」

 香織はタバコの煙を吐きながら気怠そうに言う。

「あ、ごめん。電話みたい」
「ちょ、待てよ。にんじんって誰よ?」

 私は着信音を『犬の遠吠え』にしている。犬の遠吠えの先には、スマホがあり、その画面には『にんじん』と表示されている。

 私は今『にんじん』から電話がかかってきているのだ。覚えはなかったが、とりあえず出てみる。むかーし連絡先を交換した、女友達だった。通話を終えて、思い返してみても、彼女の顔認証は、やはり『にんじん』だった。

 ワオーーン…ワオーーン…

 また、着信が鳴る。画面を見ると『マフィア』と書いてある。

「あたしのどこら辺が『マフィア』なのか、一晩じっくり聞かせろや」

 香織は元ヤンである。私が名前や出来事を覚えられなくても、逆に香織はすべてを記憶している。そういう意味では、香織は私の『外付けハードディスク』みたいな存在だ。

 私は、LINEの名前は勝手に変えるもんじゃないなぁと反省した。人には、顔の特徴がもちろんあるだろうが、私はダントツ、その人のまとう雰囲気を頭に叩き込むようにしてる。

 時にそれは、自身へのトラップに繋がるのだが、その何となくのイメージのみを頼りに、私は生きてきた。ただ、強烈な顔面のみは、やはり、イメージの向こう側になり得る場合もある。

 大抵は『田中風の加藤』や、『チャリ通の優しい任侠』、『芝刈り機』といった、ありふれたネーミングをつける。

 ワオーーン…ワオーーン…。
 着信だ。

 時折、全く想像もつかないまま、着信に出ることは、ギャンブルだなぁ、とも、もちろん思っている。そんな時は迷いなく、質問する。

「あなたは、誰ですか?」と。

 着信画面には『ブリーフ』と書いてある。どの、変態かな?

 この病院に転職したばかりの時の話である。

「エリ、眼科の竹田先生に10分後電話してもらっていい?今家族が早めに到着して待ってるの。その頃には、オペも終わるはずだから。よろしくね!」

 中途の私の指導を担当してくれる、美しナースのGUCCIだ。(高級デパコスの香りがGUCCIを連想させる)

 ちなみにこの方の名前もしばらく覚えられなかった。

「はーい。よろこんでー」

 私は使っていたパソコンのマウスパッドに、
付箋でメモ書きを残した。ナースコールが鳴る。

「どうされましたか?」

 応答がない。私は、走る。
 看護師になって、1番に教わること。ナースコールに出て、応答がない場合は、その部屋まで走れ。患者さんの急変かもしれないからだ。

「榎本さん!何かありました?」
「ベッドの間にナースコール挟まっちゃって…。ごめんね?」

 榎本さんの、やわらかい笑顔が好きだ。患者さんの名前だけは、なぜかパッと入ってくる。脳が仕事モードの時は、記憶も強化されるらしい。

 そろそろ先生に電話しなきゃと思い、ナースステーションに向かう。

 あ。

 私が使っていたパソコンを白衣を着た誰かが使っている。

「エリ、電話してくれたんだね、ありがと。先生思ったより早く来てくれたね」

 私はブルブルと、震えた。
 あの時、香織が帰り際に残した言葉が反芻する。

『散々やらかすくせに、エリは、懲りないわな』

 白衣を着た医者は、眼科の竹田先生だった。彼の使っているパソコンのマウスパッドには、黄色の付箋にマッキーで、デカデカと私の書いたメモが貼られている。

 ゴルゴ13に電話する…と。

 鋭い視線と目が合う。
 私の記憶は曖昧でも、ゴルゴの視線は、いつだって正確だ。

 私は、今日、撃たれるかもしれない。
 ——ワオーン…


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