『変態病院』episode5 踊るナースとバッチコーイな夜。《創作大賞2025#お仕事小説部門》
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episode5 踊るナースとバッチコーイな夜。
夜勤の仮眠時間は、日によってまちまちで、緊急入院が立て続けに入る時や、急変患者の対応、ナースコールの対応で、ほぼ16時間休みが取れないことが稀にある。
そんな時は、ナースステーションのありったけの椅子を並べてとりあえず足を上げ「一瞬だけ堕ちる」というスタイルを選択する。
次のナースコールがなるまで…
緊急オペのお迎えに行くまで…
救急車が到着するまで…
どんなにアドレナリンが出ていても、
目を瞑ると一瞬で睡魔が訪れる。
ある、とても忙しい夜勤中の出来事である。
私はいつものように、椅子を並べて、一瞬だけ堕ちていた。
ぱさーん、ぱさーん、ぱさーん…
足を引きずるような音が、遠い遠いところから聞こえてくる。
ぱさーん、ぱさーん、ぱさーん……
近づいてくる。誰かの足音だ。それでも、睡魔が私を逃さない。目が、開けられないのだ。もしかしたら、金縛りかもしれない。人間か?幽霊か?もう、瞼は開けられない。頼む、幽霊であってくれ。
もっと遠くの廊下では、定年間近な福山ナースが今日も、深夜の病棟でブチギレている。「忙しいから!チョロチョロするんじゃないよっ」彼女は、真面目にオバケと喧嘩するオンナだ。
ぱさーん、ぱさ。
私の頬に何か冷たいものがヒタヒターと触れた。
えっ。
私は全身に拍動を抱えながら、ゆっくりと瞼をあける。
「コレ、ナーンダ?」
ピンク色の歯ぐきがしっかりと覗いた患者の米田さんがゴショゴショと歯切れの悪い物言いで私を覗き込んで立っている。
「い、入れ歯ーーー!」
私は絶叫した。
私の頬にはハンバーガーのバンズ状態の入れ歯上下セットが接置していた。
私は質問には、簡潔に答えなさいという、幼少期からの教えを、こんな場面でも忠実に再現していた。
こんな夜更けにクイズかよ。
しばらく日が経った、夜勤明けの帰りのことだった。この日退院された米田さんに病院前のロータリーでばったり遭遇する。
目元には涙を浮かべている。優しく抱擁してくださる。「エリちゃん、お世話になったね、ありがとう」私の腰元に、ぎゅっと彼女は手に力を込めた。
初めて入院したあの夜。カーテンの向こう側で彼女はたしかに泣いていた。そんな日々が懐かしい。旅立ちの日ー。太陽の光がよく似合っている。
それでも、最後まで平和で終わらないのが、彼女だ。ポケットの違和感は…やっぱり入れ歯だった。老人のジョークは、難易度が高い。二度目はツラいって。
数日後の話である。私の使用していた仕事用ワゴンの下段に、ティッシュに包まれた、桃色のナニカが見えていた。
えっ…?
私は、トラブルを巻き込む星の元に生まれたという自負がある。「やらかしの星」である。
バラバラ殺人事件…人体の一部…
「ぎょぇーー!見たらダメなやつぅ!」
近くにいた介護士のサトウは、リアルにシェーってやっている。こっちは膝が震えている。
2人でビニル手袋を装着し、そっとティッシュをめくってみる…。
「い、入れ歯ー…」
入れ歯の緩急は、私から「踊ること」の意味をまっすぐ問いただすことがある。私は脳内でビートを刻むことをやめ、サトウは、天井を見つめたまま、まだ現実に帰ってこれないようだった。口元がぱくぱくしている。いつもの彼の口癖だろう。バッチコーイ…
……ふと、遠くから、穏やかな会話が耳に入ってくる。
「お嬢さん、ご入院はいつから?」
「ええ、私は肝臓が悪くて、少し長いの。うふふ」
車椅子は仲良く並んでいる。それに乗ったお年を召した婦人ふたりは、終始笑顔だ。
…一度、ピンチアウトしてみよう。
入れ歯のない歯ぐきで会話し、その手に持たれた入れ歯同士が会話している設定なのだから。歯切れの悪さに、いっこく堂もびっくりである。
入れ歯は、世の中に溢れている。
ベクトルを変えるのは、私の方だった。
「無駄にコール鳴らすんじゃないよ!」
そして、今日も福山ナースは、どこかでオバケに怒っている。まだ、微かにカチカチという音は響き渡る。
入れ歯は、口の中に戻しましょう。
バッチコーイ。
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