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漱石「こころ」考察70 先生も須永市蔵も「こせこせ」していた

・夏目漱石の小説「彼岸過迄」、明治45年(1912年)連載。

・夏目漱石の小説「こころ」、大正3年(1914年)連載。

「彼岸過迄」の主要登場人物である自己評価の高い高等遊民:須永市蔵は、「こころ」の、「先生」に似ている。市蔵は先生に似ている。

これまでに2人の共通点を、計13個も指摘してきた。


そして今回、14個目について語ります。

共通点
1、大卒の高等遊民(お金に困ってない無職)
2、(実の)両親はともに病死
3、(今では)一人息子
4、身内に軍人がいる
5、叔父を異様に称賛 → 叔父を異様に呪詛
6、従妹との縁談話がある → 成立していない・させない。男側の乗り気でない理由(自称)も同じ
7、知人男性の頭部周辺を攻撃し、殺害したい願望
8、知人男性が仲の良い女性とカルタを楽しむ
9、嫌悪したい女の「笑い」がある
10:金や地位を目当てにされたら好きな女相手でもイヤ!
11:他の男と競わされたらイヤ・最初から俺だけを選べ!
12:同じ大学の友人に、「
13:「若い男2人」+「若い女1人」+「中年女性1人」 この4人の組み合わせでいた。かつこのうち3人が「夫婦と姑」を想起させるor実際になる

そして14番目の共通点
・自称「こせこせした男



1、須永市蔵は「こせこせ」していた

「彼岸過迄」の須永市蔵は、友人の田川敬太郎に対し、長々と自分語りを述べる。

 僕は空威張りを卑劣と同じく嫌う人間であるから、低くても小さくても、自分らしい自分を話すのを名誉と信じてなるべく隠さない。けれども、世の中で認めている偉い人とか高い人とかいうものは、ことごとく長火鉢や台所の卑しい人生の葛藤を超越しているのだろうか。(略)僕は松本の叔父を尊敬している。けれども露骨なことを云えば、あの叔父のようなのは偉く見える人、高く見せる人と評すればそれで足りていると思う。(略)最後に彼と彼の家庭の調子が程好く取れているからでもあり、彼と社会の関係が逆なようで実は順に行くからでもある。――話がつい横道へ外れた。僕は僕のこせこせしたところを余り長く弁護し過ぎたかも知れない。

(「彼岸過迄」須永の話・三十三)

(※ 著作権切れにより引用自由です。)


2、先生も、「こせこせ」していた

「こころ」の先生も、Kとの対比で自身を「こせこせ」していたと評する。
「私」に宛てた長い長い手紙(遺書)の中で

 容貌もKの方が女に好かれるように見えました。性質も私のようにこせこせしていないところが、異性には気に入るだろうと思われました。どこか間が抜けていて、それでどこかに確(しっ)かりした男らしいところのある点も、私よりは優勢に見えました。学力になれば専門こそ違いますが、私は無論Kの敵でないと自覚していました。――すべて向うの好いところだけがこう一度に眼先へ散らつき出すと、ちょっと安心した私はすぐ元の不安に立ち返るのです。

(「こころ」先生と遺書・二十九)


ちなみに先生はこの引用「二十九」では、「Kのほうがあの点でも、この点でも、俺より女にモテそうだから不安」と、うだうだ述べている。

しかし直前の「二十八」では、正反対の認識を述べているのだ。

 不思議にも彼は私のお嬢さんを愛している素振りに全く気が付いていないように見えました。無論私もそれがKの眼に付くようにわざとらしくは振舞いませんでしたけれども。Kは元来そういう点にかけると鈍い人なのです。私には最初からKなら大丈夫という安心があったので、彼をわざわざ宅へ連れて来たのです。

(「こころ」先生と遺書・二十八)

・「Kだったらまあ女にモテなさそうだから、お嬢さん(静)と接近させても大丈夫だろう。安心安心」
これが
・「Kのほうが、顔も、性格も、男らしさも、学問も、全部俺よりも女にモテそうに見える。ああ不安だ不安だ不安だ」
になっているのである。


やはり、先生は稀代のポエマーなのだ。
そうわかるように描かれている。


こうして、現時点で14個も共通点がある、須永市蔵と先生。

ここまで両者を似させた理由は、やはりこれだろう。


そしてついさっき、15個目を見つけてしまった。

・「鞭(むち)で打たれたい

また語ります。


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