漱石「彼岸過迄」考察8 先生はKの脳天に重い文鎮を骨の底まで打込んだ
夏目漱石の小説「彼岸過迄」、明治45年(1912年)連載。
夏目漱石の小説「こころ」、大正3年(1914年)連載。
前者「彼岸過迄」に出てくる、小金持ちインテリ無職:須永市蔵は「こころ」の「先生」に似ている。少し前からそう感じている。
これまでの記事で、この2人の共通点を列挙した。
もう一度並べると以下のとおり。
1、大卒の高等遊民(お金に困ってない無職)
2、(実の)両親はともに病死
3、(今では)一人息子
4、身内に軍人がいる
5、叔父を異様に称賛 → 叔父を異様に呪詛
6、従妹との縁談話がある → 成立していない・させない。男側の乗り気でない理由も同じ
今回は、私の推察を前提とした上での、須永市蔵と先生との共通点を語ります。
それは
・「知人男性の頭部周辺を攻撃して殺害したい願望」
1、須永市蔵→高木の脳天に攻撃したい
「彼岸過迄」の須永市蔵は、鎌倉の海で田口千代子と仲良くしていた、わかりやすくモテそうな男・高木を、殺害する妄想にふける。
まず市蔵が借りた本の話
彼はまあ読んで見ろと云って、その本を取って僕に渡した。標題にはゲダンケという独乙字が書いてあった。彼は露西亜物の翻訳だと教えてくれた。(略)
ある女に意のあったある男が、その婦人から相手にされないのみか、かえってわが知り合の人の所へ嫁入られたのを根に、新婚の夫を殺そうと企てた。ただしただ殺すのではない。女房が見ている前で殺さなければ面白くない。(略)
彼はある日何気ない顔をして友の住居を敲いた。そこで世間話に時を移すと見せて、暗に目の前の人に飛びかかる機を窺がった。彼は机の上にあった重い文鎮を取って、突然これで人が殺せるだろうかと尋ねた。友は固より彼の問を真に受けなかった。彼は構わずできるだけの力を文鎮に込めて、細君の見ている前で、最愛の夫を打ち殺した。
(※ 著作権切れにより引用自由です。)
そして須永市蔵は、こう明確に夢想する。
僕は平生の自分と比較して、こう顧慮なく一心にふるまえるゲダンケの主人公が大いに羨しかった。同時に汗の滴たるほど恐ろしかった。(略)
けれどももし僕の高木に対する嫉妬がある不可思議の径路を取って、向後今の数十倍に烈しく身を焼くならどうだろうと僕は考えた。(略)
ちょうどおとなしい人が酒のために大胆になって、これなら何でもやれるという満足を感じつつ、同時に酔に打ち勝たれた自分は、品性の上において平生の自分より遥に堕落したのだと気がついて、そうして堕落は酒の影響だからどこへどう避けても人間としてとても逃れる事はできないのだと沈痛に諦めをつけたと同じような変な心持であった。僕はこの変な心持と共に、千代子の見ている前で、高木の脳天に重い文鎮を骨の底まで打ち込んだ夢を、大きな眼を開きながら見て、驚ろいて立ち上った。
嫉妬のために、知人男性の、頭部を襲撃して、殺したい、と。
2、先生→Kの首を切った
2(1)K他殺説から
まず私の推察からであるが、「こころ」において自殺したとされるKは、先生による他殺だと思っている。
その上で、私の推察を離れた作中内のおそらくは客観的事実を挙げると、Kの死因は「小さなナイフで頸動脈を切った」(切られた)である。
Kは小さなナイフで頸動脈を切って一息に死んでしまったのです。外に創らしいものは何にもありませんでした。
「脳天」・「頸動脈」と、頭部周辺を狙って、知人男性を殺害した・殺害したがっている、と。
2(2)襟首を後ろから
さらにもう一個、死亡日より以前にも、先生はKの襟首を後ろからつかんで、殺害を示唆している。
男二人での房州(千葉県)旅行の最中
そこから富浦に行きました。富浦からまた那古に移りました。(略)Kと私はよく海岸の岩の上に坐って、遠い海の色や、近い水の底を眺めました。(略)
私は自分の傍にこうじっとして坐っているものが、Kでなくって、お嬢さんだったらさぞ愉快だろうと思う事がよくありました。それだけならまだいいのですが、時にはKの方でも私と同じような希望を抱いて岩の上に坐っているのではないかしらと忽然疑い出すのです。すると落ち付いてそこに書物をひろげているのが急に厭になります。(略)ある時私は突然彼の襟頸を後ろからぐいと攫みました。こうして海の中へ突き落したらどうするといってKに聞きました。Kは動きませんでした。後ろ向きのまま、ちょうど好い、やってくれと答えました。私はすぐ首筋を抑えた手を放しました。
私の推察を離れた、書かれたそのまんまの文章を見ても、先生はKの「襟首・首筋」をつかんで殺害を示唆している。
(なお私の解釈では上記海岸でのKの「やってくれ」と、後に先生が「私」に対して語る「やったんです」(上・十四))とが対応していることから、やはり先生が殺意を持ってKをやったことが暗に示されている、となる)
私の推察を置いといても、須永市蔵と先生とは「知人男性の首から上に有形力を加えて殺害したがっている」との点で共通している。
3、ともに動機は嫉妬
そして、二人が知人男性を殺害したがる動機は、ともに嫉妬である。
・須永市蔵
「もし僕の高木に対する嫉妬がある不可思議の径路を取って、向後今の数十倍に烈しく身を焼くなら」と。
・先生
「傍にこうじっとして坐っているものが、Kでなくって、お嬢さんだったらさぞ愉快だろうと~Kの方でも私と同じような希望を抱いて岩の上に坐っているのではないかしらと~すると落ち付いてそこに書物をひろげているのが急に厭になります」
ついでに私の推察どおりに、Kの頸動脈を切ったのが先生であれば、「嫉妬」は他にも明記されている。
「私はKに向ってお嬢さんといっしょに出たのかと聞きました。Kはそうではないと答えました。真砂町で偶然出会ったから連れ立って帰って来たのだと説明しました。(略)私は今でも決してその時の私の嫉妬心を打ち消す気はありません。
4、やはりKは他殺
この記事の冒頭で、須永市蔵と先生との共通点を、6つも挙げた。
さらにまた今後、他の共通点を少なくとも二つ、書く予定である。
(・⑦仲の良い女性が知人男性とカルタを楽しむ、・⑧女の笑いに悪感情を抱く)
これほどまでに、須永市蔵と先生との間に共通点が多くある。
二人は似すぎている。
そう描かれている。
そうであれば、先生もこうだったのではないか。須永市蔵のように。
先生はお嬢さん(静)の見ている前で、Kの脳天に重い文鎮を骨の底まで打ち込んだ夢を、大きな眼を開きながら見た
つまり、Kは先生が、やったんです。
