【自伝】就労経験なし無職27歳借金500万円からの社会復帰の記録③
僕がドロップアウトした時点からどう社会復帰していったかの自伝記録の第3弾です。
第1回:ドロップアウトするまで(~27歳)
第2回:障がい者雇用での就職初期(~31歳)
第3回:障害者雇用での就職中期(~34歳)
今回は、仕事以外の話をメインに書いていきます。
病院で出会った女性との恋愛
病院で出会った女性と付き合い始めましたが
彼女は『境界性人格障害』でした
母親からの愛情の不足が原因で
愛され方も愛し方も分からない状態になります
愛されていることを実感するために
攻撃的な言動で試し行為をします
また過去の他者の言動に対して
『悪意があった』と事実を捏造して爆発する
その結果 人から愛されたいと願うにもかかわらず
孤独に苦しむ 自死率が高く 寛解が難しい障害でした
彼女を幸せにしたいという想いに反して
彼女は僕を幸せにしたいとは考えていないことに気づき
『恋人関係』は解消いたしましたが
その後も彼女の支援は続けていきました
結果的に彼女は自死を選んでしまうことになるのですが
そのことは本シリーズの中でいずれ書いていきます
彼女との恋愛の中で
人格を再構成する『気づき』を得ました
それは
物事は切り取り方次第でネガティブにもポジティブにも受け止められる
ということです
こちらの記事にも書いていますが
ポジティブは『習得できる技術』
なのです
僕はもともと物事を否定的に受け止めてしまう
超絶ネガティブな人間だったのですが
自分のネガティブな考えを
否定する考えを探し
心が楽になる受け止め方を『選ぶ』ことを
習慣づける訓練をしていくことで
物事を前向きに受け止められるようになりました
この訓練は地道な積み重ねが必要です
目の前で起こる出来事を
どのように考えれば前向きに受け止められるのか
その引き出しを一つ一つ増やしていきました
自分の考えが良くない方向に流れていると自覚した時には
『はっ』と声を出して自分の考えをリセットし
前向きな受け止め方を探すようにしていきました
・ネガティブな思考を選んでいることで
自分で自分を苦しめている
・考えることで苦しくなるのであれば
考えることに意味がない
デイケアのプログラム・『遊び』も努力する
フルタイムの勤務になりましたが
休みの日はデイケアに参加していました
メインで頑張っていたのは
体力をつけるための『ソフトバレーボール』です
仕事も体力的にハードではあったのですが
休みの日にも運動をしていた訳です
また、体力をつける目的で自転車を購入し
片道20分の起伏のある道を自転車通勤するなど
プライベートでも公共交通機関は使用せずに
『節約』と『体力作り』をしましたね
デイケアの他のプログラムは
・卓球
・習字
・喫茶店
・ゲートボール(笑)
・ソフトボール
・カラオケ
などです
カラオケに関しては
対人コミュニケーションにおいて
感情表現を豊かにすることを目的として
一人カラオケで相当練習しました
デイケアのカラオケでは
大人数の参加者がいるため
1回くらいしか歌えません
1回披露した歌は
2度と歌わないという縛りを与えて
その1回のために一人カラオケで
ひたすら練習していましたね
(コロナでプログラムがなくなるまで)
習字も「とめはねっ!」というマンガがきっかけで
取り組むようになり ほぼ我流ではあるのですが
字をきれいに書くことができるようになりました
『遊び』ができることによって
人とのコミュニケーションのきっかけになる
ソフトバレーボールに取り組んだことは
会社でのソフトバレーボール大会があった時に
同僚や他の店舗の人たちとの交流に生きました
インターネットで『勉強』
自宅で過ごす夜はネットサーフィンをしていました
この当時は正社員になって結婚することを
目標にしていましたので
結婚・子育てに際して
女性は何が苦しくなるのか
その時男性は何をサポートする必要があるのか
良き夫とは 良き父とは
どういった人間なのかを学んでいきました
僕は結婚こそできたものの
子供を持つことは叶わないのですが
子供を育てることの大変さであったり
女性のホルモンバランスの乱れからくる
精神の不安定さについては
理解し共感することができます
そして結婚を目指すに当たり
収入を上げることは難しいからこそ
家計を管理する能力は必要と考え
ファイナンシャルプランナーが
家計相談をする記事を読み漁って
勉強していました
ただ、こうしたインプットだけではなくて
ヤフコメでコミュニケーション力を磨く
こともしていました
ヤフコメでは自分の書いたコメントに対しての
高評価と低評価の数字という
フィードバックをもらうことができます
その数字を見れば
どういった考えを世間の人が持っているのか
が分かります
政府や誰かを批判するコメントが主流の中で
その流れに逆らいながらも
共感されやすい言語表現でコメントを書くという
訓練をしました
試行錯誤しながら習得した
この時のコミュニケーション方法に
『アサーション』という名称があることに
40代になってnoteでの交流の中で
教えてもらうことができました
ただヤフコメでの
コミュニケーション力の訓練については
注意点があります
昨年末のXの仕様変更により
明らかになっていますが
日本国内の分断を狙って
対立を煽る外国人工作部隊が
相当数入り込んでいるからです
まともな(共感的な)コメントを書いても
低評価がつきやすいので
評価数をそのまま信じるのは危険です
ただnoteとは異なり
『低評価』を数字で見れるのは
ヤフコメの長所であると思います
この時にアサーションを身につけたにもかかわらず
職場でのコミュニケーション不良に長く苦しみました
これは常軌を逸したパワハラがあったためです
この点は次回記事で書いていきたいと思います
・子育て論
・パートナーシップ
・家計管理
・アサーティブコミュニケーション
ここで仕事の話に戻ります
職場でのコミュニケーションの変遷
前回記事でも書いていましたが
最初は指示されたことをするだけでしたし
同僚とはほとんど会話をしていませんでした
空気を読めない発言で
対人関係が悪化することを避けるため
周囲と会話をするのは
『仕事に一生懸命取り組む』という
信用を得てから
そんなある時
若手社員との会話で
僕は3年以上働いているにもかかわらず
他部門の主力パートさんの名前も知らなかったことを
『モグリやな』と言われたことがきっかけで
同僚とのコミュニケーションを
増やしていこうと考えるようになりました
仕事面の課題として表れたのが
『引継ぎ』のことです
デイリー部門はかなり縦割りで
各部門の担当が発注や売場作りをしますが
担当が休みの場合は
他のメンバーは『補充』のみの業務です
補充のみであれば商品品出しにおいて
『引継ぎ』はほぼ必要ありません
ですが僕に関しては
『引継ぎ』を一切受けなくても
届いた商品を見て
その場で判断して売場を作ることができました
僕は部門内で一番経験が浅く
自分は能力がないので
自分ができることは他の人もできて当たり前
と考えてしまっていました
僕自身は引継ぎを受けなくても仕事ができる分
引継ぎを受けないと仕事ができない人がいることに
気付いていなかったため
『引き継ぎ書』を書くという行為には
非常に苦労をしていましたね
仕事においては
『引継ぎを受けない状態でも売り場を作れてしまう』
ので、その担当者が退職した際などに
その部門の仕事をこなせる僕が担当になってしまい
担当部門は増えていきました
この頃に『社員にならないともったいない』
と言われるようにもなりましたが
当時は正社員登用されるためには
まずパートのチーフ(主任)になる必要がありました
ですが自部門にはすでにチーフがいたため
正社員登用を目指すためには
他部門へ異動する必要がありました
この時に、店舗で医薬品を販売し始めることとなり
(ドラッグストアに対抗するため)
正社員登用を目指して
加工食品・お酒・非食品(+医薬品)部門へ
異動することにしたのです
ですがそれが地獄の幕開けになったのです
【次回へつづく⇓】
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