【自伝】就労経験なし27歳無職借金500万円からの社会復帰の記録①
最近、奥さんが『別冊NHK100分で名著 河合隼雄』という本を買ってきました。この本に自分の抱えているコンプレックスと向き合うことについて書かれてあったことがきっかけとなり、僕自身もコンプレックス(弱さ)を抱えた人間であること、苦しい過去や自分の弱さを乗り越えてきて今の自分があることを、自伝を再度書き直しながら伝えてみたくなりました。
これまでも自伝記事は書いてきましたが、本シリーズではその時何を考え、どのように行動・努力していったかを時系列順に書いていきます。
ドロップアウトした状態から社会復帰を果たしましたが、社会人経験のない状態からの社会復帰に立ちはだかる壁(そもそも参加していないから復帰というのはおかしいが)についても書いていきます。
なおかつ就職氷河期世代の時代背景についても触れていきます。
ドロップアウトしたのは母親の特殊な子育ての影響も大きいのですが、母親から受けたいい影響についても書いていきますので、親のせい・社会のせい・自分を受け入れられない周囲のせいといった他責的な思考を持たずに現状をどう受け入れて前向きに努力したかについても書いていきます。
そしてこれまで書いたことのなかった、僕の抱えるコンプレックスを含めた人間的な部分についても書いていきたいと思います。
まず僕がドロップアウトした要因は『ギフテッド』によくある
周囲とコミュニケーションが成立せず苦しんだ
ことです。
その一つ目の理由は
自分が『普通』ではないことに気付いていなかった
ことです。
自分は『普通』というか『普通以下』の人間で、自分と同じように人も考えるだろうと思っていました。自分と他者では物事の受け止め方・考え方にズレがあることに気付いていませんでした。
これは僕の幼少期に母親が、日中部屋に閉じ込めて(『おまる』だけ置いて)教育団体の教えを広める活動にいそしんでいたのもあって、親とのコミュニケーションの練習が不足していたからかもしれません。
ただ、ASDという性質が母にあることを理解している今になって考えると、母が子供と一緒に過ごしていたとしたら、母の『こだわり』に支配され、もっと悲劇的な結末になったと予測できてしまうので、母の取った行動が間違っていたとは思えません。
僕がドロップアウトしたもう一つの要因は
同級生たちの家庭と経済的格差がありすぎた
ことです
一定以上の収入がある家庭が多い
新興住宅地に実家がありました
父は教師(公務員)でしたので
最終的には収入は高くなったものの
4人の子供(兄弟姉妹)を育てるには
厳しい家計状況でした
同級生たちのほとんどは、水泳やピアノ・公文などの習い事をさせてもらってましたが、僕は塾や習い事には通ったことはありませんでした。
初めて告白しますが『習い事をさせてもらえなかった』というのは、僕が抱える非常に大きなコンプレックスになります。
僕は『習い事』をすることで同級生に比べて何か優位なものが一つでもある状態というのは、自己肯定感を育てる上で大切なのではないか?という風に感じていて、誇れる何かがないというのは結構キツイと思います。
自己肯定感と自己効力感は相関関係があるものの別の概念です。
習い事をしていて同級生と比べて何か得意なことがあるということは
周囲から承認され(褒められるなど)努力する動機付けになります。
それにより自己肯定感と自己効力感が育ちやすくなります。
現代の東京圏における過剰な受験戦争は、自己肯定感や自己効力感を失わせることに繋がっているかもしれませんが、、、
僕が『ギフテッド』と呼ぶ人たちの中には、周囲から受けれられないことで自己効力感はあるけど自己肯定感がない状況になる場合があります。
自己肯定感が健全に育つには、周囲から受け入れられることがほぼ必須だと僕は考えています。
特に『ピアノを弾ける人』に対しては複雑な感情を持ってしまいます、、、嫉妬と呼ぶのも違うんですよね、、、僕の能力特性的におそらくピアノは合わないはずですから。
ただ僕にとっては『格差の象徴』が『ピアノ』なんですよ。
経済的にも同級生達とはと格差があり、僕は『お金を使わないことが最優先』の生き方をしていました。家族旅行も法事以外は1回くらいしかなくて、修学旅行で『お土産』を買うという感覚が理解できないというか、旅行をしてないので『お土産』という概念も分かっていませんでしたね。
同級生との経済格差は、中学受験に合格してからより大きくなりました。小学校時代に遊んでいた同級生たちが、近所の私学への進学を目指していると6年生になってから聞いたので、自分も受験したいと突然言いだしました。今だから白状しますが(親にも伝えていない)、僕をイジメてくる人たちから逃げたい、というのが一番の理由でした。
ですが、仲の良かった友達たち(イジメはしてこない)は4年生の時から塾に通っていたにもかかわらず、全員が落ちてしまいました。同級生たちからもバカにされイジメられていた経験から『塾に行って勉強していないし、自分は頭が悪いはずだ』と思い込んでいたので、僕だけが合格するという結果を受けても自分が勉強ができることに気付いていませんでした。
私立中高一貫校に進学したものの、当然周囲は経済的にある程度恵まれた同級生たちでしたから、同級生達との経済的な家庭環境が違い過ぎてますますコミュニケーションが成立しなくなりました。
中学時代に経験した阪神淡路大震災がきっかけで『積極的分離』に入る
『積極的分離』というのは
説明すると非常に長くなる概念なのですが
気になる方は以下の記事シリーズを読んでみてください
『積極的分離』とは違う概念ではあるのですが
『生きる意味』に縛られて苦しむ
『実存的うつ』の状態と言った方が
イメージしやすいかもしれません
周囲から受け入れられず苦しむ状況で
多くの人が亡くなった あの震災で
無価値な自分が生き残り
生きたいと願う多くの人が亡くなった事実
また、当時問題になっていた地球環境汚染もあり
多くの人間が亡くなったことで
人間によって奪われる自然界の命たちが減ったのは
歓迎すべき事なのではないか?という考え
そうした『非人間的な』考えを持ってしまう
自分自身に対する嫌悪感で
希死念慮を抱きながら生きることになりました
高校時代に成績が急上昇。自分の持つ『力』は社会を変えることができるのではないかという驕りに縛られる
経済的に苦しい家庭だったので
高校を出たら働くつもりでいましたし
勉強も義務である宿題をこなすだけで
部活とゲームしかしていませんでした
(ゲームは同じゲームをひたすらやり込む感じだと
お金はかからないのが良かった)
塾で勉強している同級生たちと
勝負になる訳がないと思っていたし
同級生たちにもアホ扱いされていたので
自分が頭がいいとは微塵も思っていなかったのです
宿題以外勉強していなかったのですが
高校で全国模試で2桁順位を取るようになって
さすがにおかしいことに気がつきました
そして自分の能力は
世のため人のために使うべきである
という驕り高ぶった状態になっていました
こちらの記事にも書きましたが
自己否定感情が強いほど
特別な何かを為して
自分の存在理由を証明しようとしてしまう
というのは僕自身の体験談なのです
京都大学へ現役合格し
研究職を目指して大学院にも進学しましたが
結果的にドロップアウトしました
僕がドロップアウトした要因
社会を知る大人ならば
この状態ではいずれドロップアウトするのは
明らかだったということが分かるでしょう
・学校のテストの点数=能力 という思い込み
正解が用意されているテストで点数を取る能力は
正解があるかどうかも分からない状況で
正解を探して決断していく必要がある
社会において求められる能力とは別軸
・与えられた課題しかこなさず、自発的な学びをしていなかった
受動的な姿勢で、能動的な姿勢がなかった
就職氷河期世代は
社会に出て働くために必要な能力は
学校の勉強を頑張れば身につくという
現代では考えられない『思い込み』がありました
また就職先である会社側にも
新人を育成するという風土があった
この『思い込み』に捉われた氷河期世代は
大学卒業時点で氷水をぶっかけられることになりましたね
インターネットが普及し始めた頃でしたので
『ネットで情報を探す』ことも一般的ではなく
情報弱者は社会の変化に対応できなかったことも
氷河期世代が長く苦しんだ要因です
パソコンを買える収入が得られないと
『情報弱者』から抜け出すこともできませんでした
特に対人コミュニケーションに難を抱えていた
僕のような人間は
同級生や先輩から情報を得ることも
できませんでしたしね
氷河期世代の苦しみについては以下の記事に書いています
また受動的に課題をこなすだけだったのは
家庭の経済状況の影響があります
性質的には知的好奇心が強い方のはずなのですが
新しいことを学んだり 挑戦しようとすると
お金がかかってしまいます
外界からの情報を取り入れないことで
自分の欲求が湧かないよう
何かをやりたい したいという想いを抱えて
それがかなえられないことに絶望しないよう
自分を守っていた
(もう一つ要因があるのですが次回以降の記事で書きます)
結果的に
大学院在籍中に積極的分離(人格崩壊)を起こして精神病院に長期(1年半)入院
することになりなりました
人格崩壊というのは
本当に脳がバラバラになるような感覚でした
社会に貢献できることをしたいと
(自分では)努力していたつもりだったのに
誰からも受け入れられない状況では
自分に何かを為す力はないことに気付き
周囲の人と調和的で受け入れられる人間に
生まれ変わらなければならない
これまでの自分の人生を
振り出しに戻す必要があることに絶望し
自殺をはかって
精神病院に入院することになりました
入院生活は1年半続き
1年半後突然退院を言い渡されました
なぜ退院になったのかは今でも分かりません
入院費を払えなくなったからなのでは?
と僕は考えています
1年半のほぼ寝たきり生活で体力が激減し
ペットボトルも開けられないほどになりました
こうして就労経験なし27歳無職
奨学金の借金500万円の状況に陥りました
【次回につづく】
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お金はご自身やご家族のためにお使いください、と思っていたのですが、お世話になっているnoteにも還元したい気持ちが出てきました。サポートいただいたお金は他のクリエーターの応援に使わせていただきますね。