【自伝】就労経験なし無職27歳借金500万円からの社会復帰の記録④
こんにちは~ 僕がドロップアウトした状態から社会復帰をするまでの自伝シリーズの4本目になります。
第1回:ドロップアウトするまで(~27歳)
第2回:障がい者雇用での就職初期(~31歳)
第3回:障害者雇用での就職中期(~34歳)
今回は第4回で
第4回:障害者雇用での就職暗黒期(~37歳)
になります。
かなり社畜と呼んでいいような働き方をしていきますので、現代社会においては同じような働き方をすることは推奨はできません。ただ、就職氷河期世代の働き方の1サンプルと思っていただければいいと思います。
そして今回は、ひたすら暗黒時代の話が続きます。解決編は次回以降になりますので、読んでいて苦しい思いをさせてしまうかもしれません。
土用の丑のうなぎなどの予約販売を頑張る
時期的には前回記事の時期に始めた取組なのですが
病院のスタッフや患者さん
母が幹部を務める教育団体の会友さんなどに
・土用丑のうなぎ
・節分の巻き寿司
・ボージョレヌーボー
・おせち
・クリスマスケーキ
・父の日母の日ギフト
などの営業販売をしていきました
店舗内で一番予約を獲得した従業員には
5千円がもらえるなどの特典がありましたが
その賞金でお茶などを購入し
従業員割引+おまけをつけることで
営業をかけていきました
日頃から応援してくれていた
障害年金の申請をしてくださった
病院の女性スタッフも
病院のスタッフに営業をかけてくれ
毎年、会ったこともない人が
予約を入れてくれていたため
『誰これ?』ということもありました
毎年誰が購入してくれたかは
すべてExcelで記録として残しており
前年度に購入してもらった人には
予約開始早々にお願いに回っていました
しかもお店に取りにいってもらうのではなく
僕がご自宅(や病院)までお届けに上がっていました
当時は免許を取得したばかりでした
要冷蔵・要冷凍の商品を1日で配って回るにしろ
どれくらいの時間がかかるのかが分からないため
何度も何度も配るルートを下見し
どのお宅に何時に届けに行くかといった
段取りと計画を立てることをしていました
ピークの時で節分の巻き寿司が100本
うなぎで90本を買ってもらっていましたから
かなり大変でした
ですが、僕を介して買ってもらえれば
割引価格でおまけもつくため
お世話になっているみんなに
喜んでもらいたいという一心でがんばりました
ガソリン代などを考えると
僕個人としては完全に赤字です
ですが営業をかける時や
配って回る時などに
たとえば農家の人であれば
野菜のおすそ分けがあったり
農業のことを教わったりなど
自分の枠の外にいる人とコミュニケーションを取ることで、自分の枠を広げていくという『自己投資』だったのです
自分の枠の外にいる人と交流し
自分の枠を広げてくというのは
コミュニケーションに難を抱える母が
教育団体の活動などで
人の輪の中に飛び込んで努力する姿を
見ていたからこそできたことだと思います
異動先の部門が超絶パワハラ部門だった
デイリー部門においては
部門内で一番の後輩でしたが
それでも『社員にならないともったいない』
と言われるほどの評価がありました
ですが社員登用を目指して部門を異動すると
またもや部門内で一番下の立場になりました
仕事能力がないことを
毎日毎日長時間叱責されて
非常に苦しい日々を送ることになりました
他のメンバーは
日中のほとんどをおしゃべりで過ごしていて
僕は黙々と仕事をこなしていたのですが
どう考えても一番仕事をしているのは
僕であるにもかかわらず
毎日1時間以上叱責を受けていました
何度か『パワハラをしている従業員がいる』
というクレーム(?)が本社に寄せられましたが
『指導の範疇』ということでもみ消されました
このパワハラが異常だったのは
『僕を人格否定すること』が主目的で
論理が完全に破綻していて
いくら叱責されても
僕はどう行動したらいいか
全く理解できなくなっていたことです
たとえば仕事で
AとB2つの選択で迷う場面があったとして
僕は考えてAを選択したとしましょう
するとそれを
『あなたは間違っている。Bが正しい』
という叱責をひたすら受けました
僕にはAを選んだ根拠がきちんとあり
それを説明しましたが
その根拠をひたすら否定し
『今度からBをするように』と
納得するまで叱責されました
ですが僕にはBを選ぶと上手くいかないという
明確な根拠があり Bをやったとしても
当然のごとく『失敗』します
(Bが間違っているから)
すると今度は
『あなたは間違っている。Aをするべき。』
と長時間叱責されました
当然、最初に僕がAを選んだ根拠を説明した時に
彼女が反論してきた内容で反論しますが
すると彼女のそれに対する反論が
最初に僕が説明したAを選んだ根拠
(彼女が否定した)
という全く理解できない状況でした
AとBを状況に応じて臨機応変に選択できない
僕が無能という結論で終わったのですが
状況に応じて答えが変わるのであれば
なぜ僕の取った選択に対して
あれほどの人格否定を伴う叱責を受けるのか
全く理解ができませんでした
先ほども書いたように今振り返ると
『僕を否定すること』が唯一の目的だったのでしょう
毎日のように叱責されて
いつの間にか店内において
僕は無能な従業員というレッテルを貼られ
味方が誰もいない状況になっていました
そして
成果を上げてみんなに受け入れられたい想いでひたすら努力する
ことになったのです
先の予約販売の営業もそうなのですが
他にも
労働組合の仕事
に取り組みました
僕の働いていた店舗では
労働組合の活動が機能しておらず
一応担当の社員はいたのですが
僕に仕事を押し付けてきたので
僕は引き受けました
引き受けたものの労働組合の仕事が
どういうものなのか
全く分からないところからのスタートでした
月1回各店舗の担当が集まる会議に出席して
どういう活動をすればいいかを
教えてもらいながら
店舗で実施していきました
店舗間の交流としてのレクリエーション
・ソフトバレーボール大会
・ボウリング大会
・ホテルでの食事会
・旅行
などの案内や
活動費を使っての店舗メンバーの交流会
(コロナ以降は、活動費での物品購入・配布)
各種署名活動や
労働組合が推薦する国会議員への『応援』依頼
人事制度が変更になる時の周知活動もしましたし
店舗の困りごとを解決するためのルール策定などを
月に1回の店内メンバーで集まって
決めていきました
参加者へ日当を渡すなども実施しました
労働組合の仕事は業務時間中は禁止であるため
休憩時間や業務が終わってから
あるいは休みの日に仕事をしていましたが
店内で味方になってくれる人はおらず
ここでもパワハラ従業員の叱責を受けながら
組合業務を続けていました
店舗従業員に活動を理解してもらうには
かなりの年数を要しました
労働組合においては
最終的に地区のトップのポジションになりました
苦しいことも多かった労働組合の仕事ですが
やっていて良かったことを挙げていきますね
・他の店舗の他部門の従業員との交流により視点が広がった
・いい副業になった
(ピーク時で年間30万円以上、ただし時給換算は、、、、)
・会議の司会進行役がうまくできるようになった
・社内で顔が効くようになった
そして医薬品の販売資格(登録販売者)も取得し
医薬品の販売業務もスタートするとともに
推奨販売医薬品の売上が全国1位
という成果を出しました
予約販売の営業活動で磨いた
営業トーク力があったため
知人に1本1500円以上するうなぎなどを
買ってもらうことに比べれば
医薬品を買いに来たお客様に
推奨販売品を買ってもらうよう誘導するのは
極めて簡単な仕事になっていました
※売上規模でグループ分けされていましたが
数倍上のグループにおいても1位相当でしたし
本業のドラッグストアも競争相手でした
当時の部門のメンバーには社員が3名いましたが
人件費的に圧迫するので2名が引き抜かれました
当時の部門メンバーは
・医薬品担当社員2名 ⇒1名
・加工部門担当社員1名 ⇒他店舗へ異動
・パワハラさん(パート女性)
・黒幕さん(パート女性:次回記事で書きます)
・僕
・その他夜間アルバイトや早朝品出し
僕は社員が引き抜かれることは予測していて
売上や値引き額などの数値管理などについてを
すでに習得していましたので
仕事の指揮権を握っていたパワハラさんに
数値管理業務を教えていきました
つまりは僕は『無能』扱いで
毎日叱責されていましたし
部門内では一番の下っ端であるため
新人でもできる仕事を大量にこなすだけでしたが
部門主任がこなすべき
数値管理や発注業務は
やればできる状態になっていました
(のちに証明されました)
パワハラさんは
『自分が色々な人に聞きながら仕事を覚えた』
認識でいましたが
仕事に対する理論は
本人が気づかない内に
普段のコミュニケーションの中で
基本的に僕が教えていったのです
とにかくパワハラがキツ過ぎて
全員がやめてしまうため
僕が一番下っ端の状況が続きました
平均的な能力の従業員であれば
本来8~10人の従業員が必要であるにもかかわらず
それを4人で回すことになってしまったため
一番下の立場である僕に
新人パートでもできる仕事が膨大に降りかかりました
いつも叱責されている僕の状況を見ていて
当時の店長はどうしていたのかというと
無能な従業員とみなす店長 と
スーパーマン扱いをする店長
とに分かれました
僕の話を30分聞いただけで
認識を覆した店長もいましたから
たった1度でも面談などを実施すれば
パワハラをしている従業員の方が
問題があることは理解できたと思うのですが
なかなかそうはなりませんでした
『仕事ぶりを見ていればレベルが分かるでしょ?』
というのは僕の思い違いで
僕自身から店長に話しかけるなどして
コミュニケーションを取るべきでした
正社員登用を目指すが苦難が続く
医薬品販売資格を取ったタイミングで
中途の正社員登用試験があったので受けました
ですが
就職活動をしないままドロップアウトしたため
面接の場で何をしゃべったらいいのか分からない
そもそも自分の長所が何かも分からない
ということに気付きました
長所も何も 毎日のように
人格否定を伴う叱責を受け続けていて
自己肯定感も自信も何もない状況でした
当然のごとく不合格となり 結果を受けて
自分の特性を知るためIQテストを受けることにしました
IQテストの結果を受けて自分の認識と
実際の能力にズレがあることが分かりました
・コミュニケーション不良を起こしているのに言語能力が極めて高い
・ワーキングメモリなどの動作性IQが110台と相対的に低く 動作が遅い
のちのち見えてきたのですが
言語能力があることは短所になることがあって
理解できない言葉を使う僕のことを
『頭が悪い』と考える人たちが一定数いたのです
動作が遅いことに関しては
知識の多さから複数の選択肢が思い浮かぶので
『迷い』が生じていて決断と行動が遅くなりがち
なのではないかということが分かりました
自分の傾向が分かったならば
長所を生かして短所をカバーする意識で
仕事のやり方を工夫していくことができます
ただIQの値が相応に高いことは分かったものの
人格否定のシャワーを毎日浴びているため
自己肯定感が低いことは大きな課題でした
店舗内の従業員から
あまりに『無能』扱いされるので
我慢の限界がきて
一度転職活動をしようとしたことがあります
ですが転職エージェントの対応で
すぐに現実を悟り断念しました
正社員として働いた経験がない状態での
30代半ばでの転職は
今以上にブラックな環境での就職しか
叶わないという現実があったのです
氷河期世代や発達・精神障害で
正社員歴がないまま
ひきこもりなどでドロップアウトすると
社会で働くことに対する解像度が低くて
面接の場で適切な受け答えはできるはずもなく
就職できるとしたら超絶ブラック企業しか
選択肢が無かったのです
また さらに追い打ちをかけるような試練が続きます
このタイミングで人事制度が変更になりました
一時は『正社員にならないともったいない』
と言われていたこともあったにもかかわらず
レジ検定の資格の要件を満たしていなかったことで
新人のパートと同じ職位でスタートとなったのです
レジ検定の資格の要件を満たせなかったのは
パワハラさんたちの妨害が激しく
レジの十分な練習を積むことができず
検定試験に合格できなかったからでした
10年近く必死で仕事に取り組んできたのに
その結果が新人パートと同じランク、、、
という結果はかなりの絶望感でした
社員登用試験を受けるには
あと2つランクを上げなければなりません
(しかも2つ目ですら筆記試験+面接が課される)
そしてこの時に
元恋人の自殺
という試練がありました
彼女は境界性人格障害という
治療が非常に困難な障害をもっていました
こちらが善意で取った行動も
いつの間にか『悪意』に変換されていて
尋常でない叱責を受け続けました
仕事でも毎日1時間以上叱責されていましたが
仕事終わりに彼女から電話があって
人生に絶望する彼女からの叱責を
毎日2時間以上聞かされました
話は彼女を前向きに変えるところまで
持って行かないと終わりませんでした
前向きに変えることができなければ
彼女は自死ししてしまう、、、
という綱渡りを何年も続けていましたが
『自分の人生がうまく行かないのは
あなたのせいだ』という言葉に
自分の何かが壊れ、連絡を絶ちました
数日後知人から
彼女が自死したとの連絡が入りましたが
僕の最初の感想は『ざまぁみろ』でした、、、
仕事でも毎日1時間以上叱責を受けて
仕事を終わった後も毎日2時間以上叱責を受けて
彼女に必死で尽くしてきたのに
『私の人生がうまくいかないのはあなたのせい』
この言葉はどうしても受け入れられませんでした
そんな中で彼女の葬式に出て
自分はとんでもない思い違いを
していたことに気付きました
彼女の問題行動は人格や人間性の問題ではなく
特性からくる『認知の歪み』が原因であったことです
僕は彼女の認知が正しい前提で彼女の話を聞いていました
そして彼女の問題行動を人格の問題として矯正しようとしていました
彼女の存在をまず受け入れて
正しい認知を教えるべきだったのです
彼女のお葬式に出席して
彼女が恨みつらみを言っていた極悪人たちが
実際には善良で彼女を愛していたことを
目の当たりにしたことで
精神障害者の多くは『認知が歪んでいる』
ということを理解しました
もちろん物事を事実通りに認知できる人はいません
ですが発達障害者や精神障害者の中には
その認知のズレが大きい人がいるのです
この事実に気付いた時に
自分のせいで人が死んでしまった
この罪を償わなければならない
とてつもない自責・自罰の念にかられ
結婚を目指して
正社員になることを目指してきたこと
その努力に意味を見出せなくなりましたし
Yahoo知恵袋で救いの手を求める人たちに
アドバイスを送る救済活動に
一心不乱に取り組むようになりました
暗黒期はここまでです
次回以降ではこれらすべての問題が解決します
【次回につづく】
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お金はご自身やご家族のためにお使いください、と思っていたのですが、お世話になっているnoteにも還元したい気持ちが出てきました。サポートいただいたお金は他のクリエーターの応援に使わせていただきますね。