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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」09   李良枝(イ・ヤンジ)(その10)

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李良枝──言語以前の言語を求めて疾走した在日二世女性作家(その10)


10.芥川賞受賞

 ソウル大学卒業の年、前年『群像』11月号に発表した「由熙」芥川賞を受賞した。
「由熙」は韓国に留学している、年齢のわりに幼く見える由熙が、韓国語と日本語のあいだで混乱する様子を下宿のお姉さんの目を通して描いた小説だ。
 吉報は、たまたま韓国旅行に行っていた小説家の岩橋邦枝中上健次らと一緒にいるときに届いた。
 受賞決定の3日後1月15日、岩橋邦枝は中上健次とともに李良枝がソウルで寄寓する三神閣の社長李敏子宅での受賞祝いに招かれた。
 李良枝は前回、前々回も候補に上がりながら落選して怒り狂ったと伝えられるが、受賞にさいしては冷静だった。
 東京での授賞式のためにいったん帰国した。授賞式には父が出席することになったため、母は来なかった。
 1989年2月『由熙』の単行本発行とほぼ同時に、韓国語版は李良枝が寄寓する李敏子社長三神閣から出版された。

 父は新宿の紀伊國屋で30冊購入して自転車に積んで帰り、転んで腰を打った。

『文學界』1989年3月号


 山梨の田舎では芥川賞受賞者が出たということで大騒ぎになり、韓国舞踊を披露することになった。1989年10月、「李良枝富士に踊る」と題して富士吉田市で韓国舞踊を公演。妹の栄が勤めていたイベント制作会社も協力した。

 儒教的儀礼に参加することさえ出来なかった女性たちにとって巫俗信仰は心のよりどころで、巫歌や民謡、説話などの担い手は女性や下層民衆だった。作家として知識人として書いた李良枝の意識は、被抑圧的立場の女性として民衆の表現者として踊る自己に向かっていた。

 その翌日、山中湖畔のペンションで大庭みな子と対談した。李良枝が〈私は踊りそのものが言葉だと思っているのです。言葉ではない言葉だと思うのです。〉と言うと、大庭は〈表現の段階で舞踊や音楽になろうと、文学になろうと、もとにある言葉みたいなものが、非常に重要なのです。〉と返した。
 李良枝は、身体表現と言葉だけによる表現、芸術のあいだに差異を求めていないことが分かる。

 1989年11月から12月にかけて出雲市に滞在し、ここでも韓国舞踊の公演を行った。また島根県簸川郡斐川町大字今在家にあるアカツキハウス(作家のためのゲストハウス)、元、吉岡隆徳(暁の超特急と呼ばれた昭和初期の短距離選手)の家に泊まり、春日神社という小さな神社の境内で掃除する加藤翁と出会い、早朝の神社の掃除とお詣りが日課となった。

 1990年12月、ソウルで金淑子らと踊りの公演を行った。
 1991年12月、恩師金淑子が逝去。

李良枝(その11)につづく

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◆参考文献


*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。

◆著者プロフィール

林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!


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