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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」09   李良枝(イ・ヤンジ)(その9)

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*ヘッダー写真:ムーダン(巫女)の舞
撮影:hplouffe - splashman.phoenix.wikispaces.net - Shintoism & Shaminism、2010年8月19日
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李良枝──言語以前の言語を求めて疾走した在日二世女性作家(その9)


9.韓国舞踊

 1987年2月、東京大田区のスペース桐里で韓国の放浪芸をテーマにした会が催され、中村輝子男寺堂ナムサダンについて語り、李良枝が巫俗舞踊を踊った。
 中村輝子は翻訳家としても知られるジャーナリストで、夫は小説家高井有一だ。
 李良枝が師事した金淑子は世襲巫の家系出身、つまりムーダン(巫堂)の舞踊家だった。サルプリはムーダン自身のための踊りで、エンターテインメント性より芸術性を極めざる得ない踊りだった。残念ながら筆者には舞踊を評価する能力がないので多くは語れない。
 李良枝は金淑子に弟子入りして恨(ハン)の踊りと言われるサルプリを踊り始めて、まもなく小説を書き始めた。李良枝にとって踊ることと書くことは相互に補う役割を果たしていった。

 1988年ソウルオリンピックの直前にソウルで開催された国際ペン大会で、共同通信社の小山鉄郎に通訳を依頼されて、韓国の有名作家ファン晳暎ソギョンと出会った。黄晳暎は李良枝の活躍を知っていて、その場で長話を交わしたが、李良枝は韓国の文壇の人とは付き合わないことにしていた。
 小山鉄郎が『刻』が一番好きだと言うと、李良枝は『刻』だけは消してしまいたいと返事した。

 1988年、ソウル大学国語国文科を卒業した。卒業論文は「바리공주とつながりの世界」という。年譜には、〈바리공주(捨て姫)に現れた韓国人の他界観念、神観念を、女性史の視点からまとめた。〉とある。

 ソウル大学卒業後、梨花女子大学舞踊学科大学院に研究生として1年間通った。李良枝は言葉での表現と同時に肉体での表現に強く惹かれていった。そして、1989年3月、梨花女子大学舞踊学科大学院修士課程に入る。

私のしゃべる母語、書く母語は日本語ですから、日本語で小説は書いているけれども、血の母語みたいなもの、身体の母語というかたちで韓国語はあるような気がするの。だから踊りを続けているような気がする。

(李良枝×川村湊「インタビュー対談『在日文学』を超えて」『文學界』1989年3月号)
『文學界』1989年3月号


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*ヘッダー写真:ムーダン(巫女)の舞
撮影:hplouffe - splashman.phoenix.wikispaces.net - Shintoism & Shaminism、2010年8月19日/アップロード: 2014年4月12日
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◆参考文献


*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。

◆著者プロフィール

林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!

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