林浩治「在日朝鮮人作家列伝」09 李良枝(イ・ヤンジ)(その11)
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李良枝──言語以前の言語を求めて疾走した在日二世女性作家(その11)
11.突然の死
1992年1月、梨花女子大大学院修士課程もあと論文を残すのみとなり、執筆に専念するため帰国する。
4月新宿にマンションを借り、一人暮らしを始めた。ワープロを買って熱中する。10章仕立ての大作「石の聲」に取り組む。1500枚を予定していた。
5月、潮出版社の『ゲーテ全集』の月報原稿を編集者に渡して18日午後6時頃、妹栄が創刊した日本語、中国語、英語、韓国語の4カ国語の月刊情報誌「We're」の編集部に戻り、風邪気味だと言って北新宿のアパートに帰った。
19日午前7時頃「風邪っぽいのでいけない」と「We're」の事務所に電話した。
昼ごろ母がおかゆを持って見舞いに行き、風邪薬を飲ませる。
20日朝10時ごろ、妹の栄と父がかけつけると高熱と頭痛があり救急車で東京女子医科大学病院へ行くが、胸が苦しいという良枝の訴えでレントゲンを撮ると、医師には「肺に少し白い形が見られますが、風邪をこじらせたのでしょう」と言われ、妹の栄が入院を頼んでも、特別室しかないし看護婦がいないと帰宅させられた。
大久保の妹の家で過ごすが、21日早朝、胸の痛みを訴えてタクシーで同病院を再び訪れる。肺炎を併発していると言われたが、ベッドの空きがなく荻窪の城西病院に運ばれる。そこで重症と診断され、再々度東京女子医科大学病院の集中資料室に運ばれる。夜8時頃、心臓にも疾患が見られると言われて心臓血液センターに移動、昏睡状態になる。
22日早朝、午前8時42分、急性心筋炎のため逝去。
最後の小説『石の聲』は、書きかけのまま第一章が李良枝没後の『群像』8月号に発表された。

没後発表された第一章、その後新たに見つかった第二章と第三章の一部、
編集者への書簡、作家になる前に綴ったエッセイ、
寄せられた追悼文を収録した、オリジナル決定版。
(了)
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◆参考文献
*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。
◆著者プロフィール
林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!
