林浩治「在日朝鮮人作家列伝」09 李良枝(イ・ヤンジ)(その5)
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李良枝──言語以前の言語を求めて疾走した在日二世女性作家(その5)
5.丸正事件
このころ宋斗会と知り合った。宋斗会は法務省前で外国人登録証を燃やし外国人登録法違反で逮捕されながら、日本国を相手取った日本国籍確認訴訟では原告の立場だった。
1947年5月2日に外国人登録令が施行されると、朝鮮人は日本国籍であったにもかかわらず外国人として登録され、国籍等の欄には「朝鮮」と表記された。このさいの「朝鮮」は地域を表すものに過ぎず、国籍を表したものではない。
李良枝は宋斗会にさまざまな問題を提示された。そのうちの一つが丸正事件だった。李良枝は早速、正木ひろし、鈴木忠五両弁護士が丸正事件について書いた『告発』を読んで丸正事件に関わっていく。
丸正事件は殺人強盗事件だ。1955年5月11日から翌12日朝の間に静岡県三島市にある丸正運送店の女性店主が絞殺され預金通帳が奪われた。
29日に沼津市のトラック運転手李得賢と助手の鈴木一男が逮捕された。李得賢は事件について終始関与を否定していた。鈴木一男はいったんは自白に追い込まれたものの、裁判では犯行を否認した。
1960年に上告が棄却され、李は無期懲役、鈴木は懲役十五年が確定している。

李良枝は1976年8月1日から7日まで、銀座数寄屋橋公園で李さんらの無罪釈放を訴えてハンガーストライキを決行した。部落解放同盟の中山重夫が協力してくれた。
しかしこのとき、李良枝は日本と日本人を告発する言葉の反射としてしか自己確認できない観念的で背筋の曲がった自己を見つけてしまった。

(もしやこの女性は!?)
「パラム」第4号、1982年6月28日、パラムの会発行

父の経済力に支えられ、貧しさを知らず、活動家にもなれないと自覚した李良枝は、足立区のヘップサンダル工場に就職した。年配のアジュモニたち4人を含む7人の工場だった。駅裏の安アパートの2階を借りた。
薄暗い作業場にシンナーの臭いが充満していた。しばらくすると肩凝りもひどくなり、頭痛がしてきたが、アジュモニ(おばさん)たちは、そのうちに慣れてくるよ、と笑った。
作業場にはろくな換気設備もなかったが、2階に住んでいた社長家族の自宅は冷暖房完備だった。社長は韓国に頻繁に買春観光に出かけていたが、奥さんはお構いなしの様子だった。
李徳賢さんは1977年6月17日、仮釈放された。李良枝は病院のベッドに李徳賢さんを訪ねた。李徳賢さんは故郷の仁川に帰りたいが、無実を晴らしたいという思い一つで日本に残っていると言った。
2人の出所後、再審請求が行われたが棄却、即時抗告も行われたが棄却、さらに特別抗告が行われたが、1989年1月2日に李得賢さんは死去した。3年後の1992年12月27日に鈴木一男さんも死去した。
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◆参考文献
*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。
◆著者プロフィール
林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!
*ヘッダー写真:鈴木忠五『世にも不思議な丸正事件』谷沢書房、1985年
