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林浩治「在日朝鮮人作家列伝」09   李良枝(イ・ヤンジ)(その4)

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李良枝──言語以前の言語を求めて疾走した在日二世女性作家(その4)


4.大学入学するも即辞める

 1974年、高校を卒業して、旅館をすったもんだのあげくに辞めて京都を引き払った。
 東京で哲夫兄の桜台の家に同居するようになり、在日朝鮮人同胞の雑誌『まだん』の事務所で朝鮮語を学びながら、多くの同胞と知り合った。
そこで自分の名前を「イ・ヤンジ」と読むことを初めて知った。
また、在日朝鮮人社会とは虐げられた者たちが肩を寄せ合って生きているというイメージを払拭された。祖国の分断が反映されていたし、帰化者には厳しいこともあった。

 1975年、早稲田大学社会科学部(二部)に入学し、田中淑枝ではなく李良枝を名乗った。しかし入りたかった韓文研の学生とはすでに知り合っていたし、授業には興味が湧かず、在日学生たちの帰化した同胞への冷淡な反応にもショックを受け、1学期で退学する。

 一方、桜台の家の近くに伽倻琴カヤグムの第一人者である成子ソンジャが住んでいることを知ると、すぐに弟子入りした。池成子は結婚を契機に来日して8年経っていて日本語もそれなりにできた。

 池成子の家と李良枝の家は近かったので、内弟子のような感じになって一緒に食事したり子どもたちの勉強をみたりするようになっていった。

伽倻琴
(撮影:Sam Stephens、 2005年7月30日、パブリックドメイン
ァイル https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sanjo_gayageum.jpg


 父は哲夫が大学を卒業すると歌舞伎町一番地に「ファティ」というジャズスナックを出してやった。良枝も兄の店を手伝うようになるが、酔っ払って客に食ってかかったりして手に負えなかった。

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◆参考文献


*本文の著作権は、著者(林浩治さん)に、版権はけいこう舎にあります。

◆著者プロフィール

林浩治(はやし・こうじ)
文芸評論家。1956年埼玉県生まれ。元新日本文学会会員。
最新の著書『在日朝鮮人文学 反定立の文学を越えて』(新幹社、2019年11月刊)が、図書新聞などメディアでとりあげられ好評を博す。
ほかに『在日朝鮮人日本語文学論』(1991年、新幹社)、『戦後非日文学論』(1997年、同)、『まにまに』(2001年、新日本文学会出版部)
そのほか、論文多数。
2011年より続けている「愚銀のブログ」http://kghayashi.cocolog-nifty.com/blog/は宝の蔵!


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