抜港
一番尊敬する、元船乗りの大先輩から、またひとつ言葉を教わった。
彼は別に、エッセイのネタを提供しているつもりはないだろうと思う。
でも聞いた私としては、ネタにせずにいられない。
そのくらい、毎回、貴重な気付きを与えてくれるのだ。
先日、「DEVIATION」という言葉を先輩から教わり、エッセイを書いた。
船乗り用語で、想定した航路からのズレを意味する言葉だ。
そのエッセイを読んだ先輩から、感想と共に、またも船乗りの言葉を一つ教えてくれた。
「抜港」
予定していた寄港地に、天候などの理由で、立ち寄らずに素通りすることを指す船乗り用語だという。
先輩は言葉の意味を教えてくれる代わりに、大月みやこさんの「女の港」という歌を教えてくれた。
抜港のたびに会えなかった切なさや、それでも待ち続ける女性の心情を歌った曲だ。
その歌を聞くと、若い頃に恋仲になったスナックのママを思い出し、胸がキュンとなるのだと語った。
船乗りとその相手にとって、抜港は単なる航海スケジュールの変更ではなく「会えたかもしれないのに会えなかった」という痛みでもあったのだろう。
DEVIATIONが「回り道をしても、最終的に辿り着く」という話だとすれば、抜港は「行くはずだった場所に、結局行けなかった」という話だ。
人生に置き換えるなら、それは「諦めた夢」や「届かなかった目標」なのかもしれない。
ふと、40年ぶりに再会した幼馴染のことを思い出した。
10年以上も司法試験に挑戦し続け、結局は合格することなく、家業を継ぐ道を選んだ人だ。
彼にとって、司法試験合格という港は、ついに立ち寄ることのないまま終わった。
でも、それは失敗という終わり方ではなかったと思う。
抜港した船が、それでも次の港へと進み続けるように、彼の人生も、その後も続いていった。
行けなかった港があっても、航海そのものは終わらない。
船乗りの言葉を教わるたびに、人生は長い航海のようなものだと、思わずにはいられない。
