「来週のロボット枠、空いてますか?」―J&J Ottavaが提示した、椅子取りゲームの終焉
「The robot is the table」
月曜日の昼過ぎの医局。
そこでは、執刀の手順を確認するよりも前に、もっと切実で、もっと政治的な「戦い」が繰り広げられています。
「この症例、ロボットでやりたいけれど枠が空いていない…」
「泌尿器科の枠を1枠譲ってもらえないか? 臨時の直腸癌が入ったんだ」
「今週のロボット部屋は産婦人科が占拠しているから、うちは腹腔鏡で回すしかない…」
「再来週のうちのロボット枠、空いちゃうけど、ちょうどいい症例ないか?」
本来、術式は「患者にとっての最善」で選ばれるべきものです。
しかし、現在多くの病院において、術式を決定する最終的な因子は「ロボット手術室の予約状況」という、医学とは無関係なロジスティクスが日本の外科医をいま最も疲れさせています。
「ロボットならより安全に、低侵襲に行える」と確信している症例であっても、病院内の「ロボット枠」が空いていなければ、従来法を選択せざるを得ない。
あるいは、他科との枠の奪い合いに奔走し、ようやく確保したロボット室では、巨大な機械をセッティングするためにスタッフが右往左往している。
私たちは「より良い手術」をしたいのであって、「ロボット枠」の取り合いをしたいわけではありません。
この現場の言葉にならない閉塞感こそが、いま外科界が直面している真の課題です。
この記事は以下のような方向けです。
・外科医
・医療機器開発者
・投資家
・ロボット支援手術機器にご興味のある方

MD+DIの挑発論考:「J&Jにロボットは必要なのか?」
そんな中、2026年4月17日に公開された、米医療機器メディア:MD+DIの上級編集者 Amanda Pedersen氏の記事が秀逸でした。
「Johnson & Johnson(J&J)は、そもそも手術ロボットを本当に必要としているのか?」という刺激的な問い。
J&J傘下のEthiconは、すでに手術器具(ステープラーやエネルギーデバイス)の分野で世界を席巻しています。
ロボットを持たずとも手術室の覇者である彼らが、
「なぜ今さらリスクを冒してまでロボット市場に参入するのか」と問いました。
これまでのロボット市場は、いわば「独立した高機能な機械」の性能競争でした。
しかし、J&Jはそこには乗りません。
彼らがOttavaで目指したのは、ロボットを売ることではなく、「ロボットが手術室を支配している現状」をリセットすること。
他社のロボットが持ち込んだ不自由さから手術室を奪還し、自社の戦場である「手術そのもの」を再び自由にする。
それこそが、彼らが後発として参入した真の理由です。

現場を蝕む「構造的摩擦」の正体
J&J MedTechのHani Abouhalka氏は、MD+DIの取材に対し、現在のロボット手術が抱える課題を「Tension and Friction(緊張と摩擦)」という言葉で表現しました。
この「摩擦」の正体は、以下の3つの階層で現場を縛り付けています。
・建築基準という「物理的限界」
既存のロボットシステムの多くは、本体重量が約1トンに達します。
この重さを支えるには床の補強工事が必要であり、建築基準・耐荷重の問題から「設置できる場所」が物理的に限られます。
これこそが、ロボットを特定の部屋に固定せざるを得ない最大の要因です。
・「専用室」が生む運用の硬直化
設置場所が限られる以上、そこは「ロボット専用室」という聖域になります。
ひとたび聖域化すれば、スタッフの導線は巨大なベースユニットやアーム、床を這うケーブルに規定され、麻酔科医や看護師は不自然な動きを強いられます。
この物理的な「邪魔」が、セッティングや撤収の時間を増大させます。
・スケジューリングの絶望:
そして、この構造的制約の下流で起こっている現象が、外科医の「ロボット枠の奪い合い」です。
限られた部屋を、外科・泌尿器科・産婦人科が奪い合う椅子取りゲーム。J&Jの調査で外科医の69%が挙げた「アクセスとスケジューリングの障壁」の正体は、ロボットが「建物の制約によって部屋に縛り付けられ、他の術式を排除している」ことへの辟易なのです。
「手術台こそがロボットである」というパラダイムシフト
Ottavaが提示した「Unified Architecture(統合型アーキテクチャ)」は、この構造的な「摩擦」に対する、J&Jらしい極めてロジカルな回答です。
彼らはロボットを「持ち込む機械」ではなく、「手術室の家具(インフラ)」として再定義しました。
耐荷重の壁を越える:
4本のアームを手術台に統合することで、独立した巨大なペイシェントカートは排除されることになります。
これにより、専用の補強を施した「特定の部屋」という縛りから手術室を解放しようとしています。
導線の復元:
アームを使わない時はテーブル下に格納できるため、床からケーブルの束が消え、スタッフは本来の導線を取り戻せます。
Twin Motion:
テーブルとアームが連動し、術中の体位変換に自動追従します。
これにより、物理的制約による中断→再ドッキングという負担をゼロにします。

日本独自の「セクショナリズム」を解体するロジック
日本において、ロボットは「高価な宝物」として扱われてきました。
それゆえに、ロボット専用室という「聖域」が作られ、各科による椅子の取り合いが激化しました。
病院経営の視点で見れば、特にR8年度の診療報酬改定後は、ロボット室の稼働率を上げることは至上命題です。
そのために「ロボットでなくても良い症例」まで無理やりロボット室に押し込む、あるいは「ロボットが必要な症例」が枠の関係で弾かれるという逆転現象が起きています。
Ottavaが目指す「汎用ORでのロボット運用」は、このセクショナリズムを物理的に解体する可能性を秘めています。
「ロボット専用室」という概念がなくなれば、各科は自分たちのいつもの持ち場(手術室)で、必要な時だけロボットの恩恵を享受できる。
外科部長が毎週末に翌週の枠調整で頭を悩ませる必要もなくなる。
これこそが、J&Jが狙う「戦略的インフラ」としてのロボットの姿です。
主役を再び「外科医の判断」に戻すために
J&JがOttavaで狙うのは、単なるロボットの機能での勝利ではありません。
彼らは、ロボットをインフラへと溶け込ませることで、da Vinciが作り上げた「部屋の独占」という治外法権を解体しようとしています。
病院経営の視点で見れば、Ottavaは「部屋の汎用性」を取り戻し、回転率を最大化するツールとなろうとしています。
外科医の視点で見れば、術式を「予約状況」ではなく「患者の状態」だけで選べる自由を取り戻すツールです。
MD+DIが問いかけた「J&Jにロボットが必要か?」への最終的な答え。
それは、「手術室を再び外科医のコントロール下に戻すために、ロボットの存在感を消し、インフラと化すことが必要だった」ということではないでしょうか。
ロボットが主役として手術室の真ん中に居座る時代は、もうすぐ終わります。
Ottavaが売ろうとしているのは、
「ロボットの都合に振り回されない」という、当たり前でありながら、私たちが長らく失っていた自由な設計そのものなのかもしれません。

筆者プロフィール|外科現場のインサイダー
消化器外科医/ロボット支援手術を専門とし、日本の医療現場と技術革新の橋渡しをライフワークとしています。
実名では語れない“リアル”を、noteという場で綴っていきます。
参考文献・出典
MD+DI: "Does Johnson & Johnson Even Need a Surgical Robot?" (April 17, 2026)
