見出し画像

現代日本の防衛政策を変えるために働いた人々に焦点をあてた『日本の防衛政策』(2025)

『日本の防衛政策』は産経新聞の記者であった著者が冷戦終結後の日本の防衛政策の変化を辿った著作です。ここでは、2000年代に中国が海洋へ進出する動きを加速させていく中で、日本の防衛政策がどのように変化していったのかを紹介したいと思います。

杉本康士『日本の防衛政策:冷戦後の30年と現在』作品社、2025年

著者は、冷戦終結後の1990年代に始まる日本の防衛政策の変化から記述を始めて、2022年12月の「国家安全保障戦略」を含めた三文書が策定されるまでの長期的な変化を辿っています。1990年代の国際社会では北朝鮮が進める核開発に対して米国が懸念を抱き、国際的な緊張も高まりましたが、2001年の米同時多発テロ事件で国際テロ組織の脅威が認識されるようになったことで、グローバルなテロとの戦いが新たな課題として浮上します。

しかし、2004年12月にワシントンで開催された意見交換を目的とした会合で、米国が中国を念頭に置きつつ、国家間の高烈度の武力紛争に備えるべきではないかという見解が日本に伝えられます(62頁)。しかし、当時の日本はインド洋で補給支援を継続するなどテロとの戦いに専念していたため、その場で脅威認識を共有するには至らなかったと当時の防衛庁の出席者は回想しています(63頁)。

防衛庁の内部で中国の脅威を認識していた人物が皆無だったというわけではありません。2005年に防衛局調査課長となった島田和久は中国の実業家が海上カジノとして利用すると説明してウクライナから空母「ヴァリャーグ」を購入したことを指摘し、中国海軍が空母として利用する可能性が高いという見方を説明していました(同上)。各省庁の担当者は「そんなものを持つ必要がない」、「中国側に聞いても、そんなことは考えていないと言っている」と否定的な受け止めだったのです(同上)。その後、中国は「ヴァリャーグ」を改修し、2012年に「遼寧」として正式に空母として就役させています。

2005年には、中国がロシアから購入したソヴレメンヌイ級駆逐艦(956型駆逐艦)5隻が東シナ海を航行し、日中中間線に近いガス田を周回するという行動が観測されました。防衛庁は中国が日本に示威行動をとったと判断して事実関係を公表し、外務省も抗議を出しました。しかし、この措置に対して首相官邸から「防衛庁は何を勝手なことをやっているんだ」というメッセージが出され、防衛庁の重要事案発表の前には内閣官房が事前に確認するようになりました(75頁)。こうした締め付けもありましたが、島田和久は中国が日本の周辺で軍事活動を活発化させつつあったことに対応する必要があると考え、2007年に防衛計画課長に異動してから防衛力の運用面を重視した「動的抑止力」の検討を本格化させています(77頁)。

この時期には陸海空各自衛隊の統合運用を念頭に、オペレーションズ・リサーチの手法を用いて具体的な課題も洗い出されており、冷戦時代とは異なった防衛力整備が必要であることが明らかになってきました(78頁)。当初は、防衛力の規模や組成をそのままにして、運用を変えることを考えていましたが、同時期に防衛事務次官だった増田好平は整備面にまで踏み込んだ見直しによらなければ動的抑止力の実効性が確保されないと指摘し、より大がかりな政策変更が準備されるようになっています(80頁)。

こうした検討を進めていたのは内局だけではありませんでした。統合幕僚監部の折木良一統合幕僚長は、2009年7月に防衛計画部長に就任した磯部晃一に南西諸島有事を想定した統合運用の検討を命じており、結果的に南西諸島に後方支援の基盤が不足していることや、情報・警戒、偵察の能力も十分ではないこと、仮に離島を奪われた場合に奪回する機能が欠落していることなどの具体的な課題が特定され、「統合防衛構想」という内部文書が作成されています(87-88頁)。

2010年の防衛大綱の改定では、陸海空各幕僚監部で行われた検討に基づいて防衛力整備を計画するという旧来の方法がとられたので、「統合防衛構想」の成果が直ちに政策の内容に反映されたわけではありませんでした。しかし、著者は「構想がまいた種は、その後の防衛力整備に影響を及ぼすことになる。グローバルホークの導入や、離島を奪回するための水陸両用作戦能力の構築は、自民党が政権を奪回した後の13年の大綱改定で盛り込まれた」と述べて、段階的に日本の防衛政策の方向を変えていったという解釈を示しています(90-91頁)。

しかし、このような防衛政策の変化に歯止めをかけようとする動きもありました。防衛省は2011年に中国の海洋監視船が尖閣諸島の領海にまで侵入し、そこからヘリコプターを発進させた場合には「軽微な領空侵犯」と判断して、航空自衛隊の戦闘機を緊急発進させる手続きをとり、これを野田佳彦首相もいったんは承認していました。しかし、当時副総理だった岡田克也が野田首相に掛け合って、この手続きを撤回させたとされています(97頁)。先に述べたように、動的抑止力の構想は運用面の効果を通じて中国の軍事活動に対応するものであり、警戒警備を通じたプレゼンスの確保は重要な課題でしたが、野田政権から安倍晋三政権に移行するまでは、この動きが政治的に抑制されることになりました。

政治学・行政学では、ある特定の争点をめぐって政策が形成され、実施され、評価されるプロセスを政策過程(policy process)として捉えます。政策過程論の視点で、この著作の内容を読み解くと、中国の海洋進出という新たな安全保障上の課題に対応する上で、防衛官僚と自衛官が地道な修正を積み重ねる必要があったことが分かります。米国の政治学者チャールズ・リンドブロムは、過去の実績を基礎にして、そこに漸増的な修正を加える政策決定の様式をインクリメンタリズム(incrementalism)と呼んでいますが、本書で描き出されているのは、まさにそうした政策過程であるといえます。

関連記事

いいなと思ったら応援しよう!

武内和人 / Takeuchi Kazuto 調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。