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軍隊に対する文民統制が機能するには文民スタッフの役割が重要である

国家と軍隊の関係を分析する政軍関係の研究では、国家の政治指導者が軍隊に対して文民統制(civilian control)を確立する上で事務官が重要な役割を負っていることが指摘されてきました。

通常、政治指導者は軍事知識を十分に持っていないため、自身の政治的意志に基づいて政策を展開しても、それを軍隊に実施させることができません。自分の知識だけでは軍人が政策に従っているかどうかが分からず、またその行動を有効に指導することが難しいのです。そのため、専門知識を持つ文民スタッフを持たなければならないのです。

現代の政軍関係論を代表するピーター・フィーバー(Peter D. Feaver)は、文民スタッフの役割を説明するため、プリンシパル・エージェント・モデル(principal-agent model)と呼ばれるゲーム理論のモデルを応用し、次のような理論を提起しました。

プリンシパル・エージェント・モデルでは、委任者(プリンシパル)が代理人(エージェント)に何らかの業務を委託したとき、プリンシパルがエージェントの行動を思い通りに統制できる条件を明らかにすることを目的に作られたモデルです。

このモデルでは、プリンシパルは、エージェントに業務を委託することが大前提として想定されています。両者の利害は必ずしも同じではないので、情報が共有されていないと、エージェントが自分の思った通りに動かない可能性を考慮しないといけません。例えば、選挙で当選したのに公約を実行してくれない政治家や、賃金を払ったのに期待通りの働きをしない従業員が出てくるのは、それぞれの人々が異なる目的を持って行動するのに、それを一方が他方を統制する仕組みがないためであり、この問題が解決されないために、プリンシパルがエージェンシーから不利益を被る問題をモラル・ハザード(moral hazard)と呼びます。

プリンシパル・エージェント・モデルを政軍関係に適用して考えてみると、フィーバーは以下のような問題に整理できると考えました。

  • プリンシパル:文民指導者(自身の政治的目的、国家全体の政策要求を追求)

  • エージェント:軍部指導者(組織的な利害、予算・権限の拡大、作戦の自由を追求)

  • エージェンシー問題:文民が軍人を統制しようとするが、軍人は自身の選好を優先して行動する可能性あり

このようにして問題を整理してみると、軍部指導者を服従させる文民統制を確立するには、単に軍部指導者の忠誠心を当てにするだけでは不十分であり、制度として事前に不服従が起きることを想定した監視体制を構築し、必要に応じて懲罰を発動できなければなりません。不服従から得られる利得を下げておかないと、いずれ文民統制は機能しなくなっていきます。

このとき、軍部指導者が認識する「不服従を発見する確率」、「処罰される確率」、「処罰の重さ」を調整し、軍部指導者が不服従から得られるであろう利得を完全に相殺できる効果量が見込める仕組みが必要です。これがフィーバーの文民統制を機能させる条件となります。

しかし、この時に問題となるのが「不服従を発見する確率」です。文民指導者が不服従を発見できる確率が0であるならば、どれほど重い処罰が待っているとしても、軍部指導者は文民指導者の懲罰を無視して行動する方が合理的です。しかし、「不服従を発見する確率」を上げるには、文民指導者がコストをかけて情報収集を実施しなければなりません。フィーバーはここで文民指導者に代わって軍部指導者の不服従を発見する役割を担うのが文民スタッフであり、これを文民指導者のための「巡回監視("police patrol" monitoring)」と表現しています。

「巡回監視には、代理人の不正行為の証拠を発見するため、また定期的検査を通じてモラル・ハザード(moral hazard)を抑止するために実施する、標準化された監査と侵入的な報告要求が含まれる。議会公聴会、特定の義務化された報告は、議会の監督の一環として定着しており、注目されることが多い政治統制の手段の一つである。これと同じようなメカニズムは行政組織の内部でも機能しており、例えば、国防総省の「計画、実行計画、予算編成制度(Planning Programming Budgeting System)」は直接的に安全保障の問題に関連するが、階層的な統制を促している。議会調査は、アメリカの政軍関係の歴史において重要な役割を果たしてきた。南北戦争における「戦争遂行委員会(Committee on the Conduct of the War)」や、ジョセフ・マッカーシー上院議員の下で活動した上院常設調査小委員会の例が挙げられる。これと同じように、国防予算をめぐる政治では報告書と監査が一般的に実施されている」

(Feaver 2009: 84)

ここで説明されているように米国では行政と立法のいずれにも軍事問題を専門とする文民スタッフがおり、文民指導者の軍隊に対する政治統制を支援する体制が整備されています。こうした体制がなければ、憲法や法令で定められた文民統制を実質的に機能させることは困難です。

日本でも防衛省の事務官は防衛問題の専門的知識に基づいて大臣、副大臣に任命された国会議員を補佐する体制が構築されています。また、国会でも衆議院、参議院の両方に国会議員の調査を支援する調査室(調査局)という組織が置かれており、国会審議に必要な知識を提供しています(参議院調査室衆議院調査局)。

ちなみに、国会の調査機関は委員会で現場視察が必要となった場合には派遣議員に随行して調査支援に当たることも可能であり、国会議員と緊密に連携して調査活動を展開します。なお、法律の調査では衆議院法制局参議院法制局が、文献調査では国立国会図書館の調査及び立法考査局が議員を支援することもあります。

文民スタッフは目立たない存在であるため、世間の注目を集めることは稀ですが、フィーバーの理論から文民統制にとって不可欠な存在だと分かります。今後、日本は防衛予算を増やし、防衛省の事業も拡大させていきますが、それら予算が適切に執行され、防衛力を向上に寄与するには、防衛分野を専門とする文民スタッフの貢献がますます重要になるでしょう。

参考文献

Feaver, P. D. (2009). Armed Servants: Agency, Oversight, and Civil-Military Relations. Harvard University Press.

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