官僚の能力を定量化するために作成された「ウェーバー尺度」を紹介する
政治学では、国家が成長を促進する目的で経済に積極的に関与することがあることが知られています。その際に注目されるのが官僚の能力です。
例えば、第二次世界大戦終結後の日本が高度経済成長を遂げた理由を官僚機構の計画や指導の影響から説明した『通産省と日本の奇跡(MITI and the Japanese Miracle)』(1982)の著者チャルマーズ・ジョンソンは、通産省の官僚が行政指導、輸入規制、優遇税制、技術移転、為替管理などの手段を駆使し、国内の特定の産業を競争から保護しただけでなく、外国への輸出を支援したことが大きかったと主張しました。そのため、日本は開発志向国家(developmental state)のモデルとして位置づけられています。
これは官僚に大きな潜在力があることを示唆するものでしたが、より慎重な見方をとる研究者も現れました。ロバート・ウェードは『東アジア資本主義の政治経済学(Governing the Market)』(1990)で台湾や韓国の経済成長の事例分析を行い、経済状況によっては官僚の関与だけでなく、市場の競争を利用することも重要であることを論じています。さらに、ピーター・エヴァンスの『組み込まれた自律性(Embedded Autonomy)』(1995、未邦訳)でも成長を促進する官僚の能力に限界があることが認識されており、新興国の事例分析で市場競争から保護すべき産業の選択を誤ったケースがあることが示されました。
このような研究成果の蓄積が進むにつれて、開発志向国家が経済成長を実現できるかどうかは、官僚の能力に依存している可能性が浮き彫りとなってきました。そこで、ピーター・エヴァンスは、ジェームズ・ローチと共著で「官僚制と成長(Bureaucracy and growth)」(1999)という論文を出しています。これは官僚機構の能力を定量的に評価し、その評価値を国際比較することを目指した研究として有名です。
著者らは近代的官僚性の理念型を定義した社会学者マックス・ウェーバーの研究を参照し、ウェーバー尺度(Weberianness Scale)を作成しました。これは官僚の能力を定量的に測定することを目的とした10項目から構成される尺度であり、その評価値が高くなるほどウェーバーが考えた近代的官僚制の理念型に近い状態であることが分かります。つまり、より合理的に、より能率的に業務を遂行できることが期待されます。その具体的な評価項目は以下の通りです。
1 経済政策の立案における官僚機構の役割に関して、次の記述のうち最も適切なものはどれか。(1)新しい経済政策の多くは、官僚機構の内部で生み出されている。(2)いくつかの新しい政策は、官僚機構の内部で生み出されている。(3)新しい政策が、官僚機構の内部から生み出されることはほとんどない。
2 官僚機構のキャリア(総合職、幹部)のうち、正式な試験制度で公務員になった割合は以下のうちどれか。(1)30%未満、(2)30~60%、(3)60%~90%、(4)90%以上。
3 キャリアの典型的な職歴として、一つの省庁に何年連続して勤務することが一般的か。(1)1~5年、(2)5~10年、(3)10~20年、(4)職歴の全期間。
4 職歴の初期にキャリア向けの公務員試験で省庁に入った人々には、どれほど昇進の可能性があるのか。入省、入庁した直後からトップに至るまでの間に少なくとも6段階のステップ、レベルがあると想定し、その組織における昇進の可能性をどのように評価するか。(1)ほとんどの場合、1~2段階まで。(2)ほとんどの場合、3~4段階まで。(3)政治的任命が行われる手前のレベルまで。(4)少なくとも少数事例として、最上位のレベルまで昇進は可能。
5 これらの官僚機構のキャリアとして、職歴のかなりの部分を民間部門で過ごし、公的部門と行き来することがどれほど一般的になっているか。(1)普通である 。(2)頻繁ではあるが、普通ではない。(3)普通ではない。(4)ほとんどない。
6 官僚機構のキャリアの給与(役得、賄賂などの非合法的な収入源を含まない)は、ほとんど同等の技能や責任を有する民間企業の管理職の給与と比較して、どのように推定されるか。(1)50%未満、(2)50〜80%、(3)80%〜90%、(4)同程度、(5)それ以上。
7 賄賂やその他の法外な役得を含めると、収入の割合はどのようになるか。(1)50%未満、(2)50~80% (3)80%~90%、(4)同程度、(5)それ以上。
8 1970年から1990年に、官僚機構の法定所得は、民間企業の給与と比較してどのように変動したか。(1)大幅に減少。(2)やや減少。(3)同水準を維持、(4)増加。
9 この変数は官僚になる公務員試験の重要性を評価するため、各国の専門家の回答を定性的に評価した。(0)公務員試験はない、あるいは試験の重要性は些細なもの。(1)専門家の回答は曖昧。(2)公務員試験が官僚になるための重要な要素となっている。
10 その国で最も優秀な大学の卒業生で、公務員になることは、(1)最も良い選択肢だと考えられている。(2、3)状況による。(4)2番目に良い選択肢。
以上の調査項目を設定した上で、エヴァンスとローチは途上国を中心に30か国を対象として専門家調査を行っています。各国の専門家に調査項目を質問して得られた回答を集計して評点を行いました。その結果、ウェーバー尺度が特に高い国や地域だったのはシンガポール(13.50)、韓国(13.000)、台湾(12.00)、香港(11.00)でした。これらがいずれも東アジアの国や地域であることは興味深い傾向であると著者らは指摘しています。
これに続いてパキスタン(11.00)、マレーシア(10.50)、スペイン(10.00)、インド(10.00)、ギリシャ(10.00)が来ています。トルコ(7.00)やイスラエル(7.00)の評点はそれほど高くありません。スペインの隣国であるポルトガル(5.00)の評点もかなり低くなっています。
このウェーバー尺度で高い評価を得ている国家は、総じて経済成長率も高い水準にあることが相関分析で見出せたと著者らは報告しています。ただし、これは因果関係の特定に至らない分析であるため、経済成長率の高まりとウェーバー的な官僚制の出現に共通の原因がある可能性や、経済成長率の高まりがウェーバー的な官僚制の出現の要因になっている可能性は残っています。
ウェーバー尺度に限界があることも認識しておかなければなりません。官僚の能力を定量的な仕方で把握する上で、どのような操作化が有効であるかは今でも重要な研究課題です。例えば、公務員の給与体系に成果報酬制度が組み込まれているのか、人的資本を向上させる上で学位や資格が人事評価にどのように考慮されているのかなども検討を要するところです。
こうした問題をさらに探求したい場合は、アメリカ行政において、大統領に政治任用された公務員の業績と、そうではない公務員の業績とを比較しているLewis(2008)が参考になるでしょう。これはウェーバー尺度を用いて能力を評価したものではありませんが、ウェーバーの官僚制分析の妥当性を裏づける結果が示されています。
Lewis, D. E. (2008). The Politics of Presidential Appointments. Princeton University Press.
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