青くやわらかな送辞 第1話
あらすじ
立川柊也は大学の学園祭実行委員会に入り、2学年上の先輩、刈谷菜都と出会う。ハイキャリアの母親をもち、お金に苦労したことがない柊也、片や、2年間アルバイトで学費を貯めてから大学に入学していた菜都。
無干渉の親のもとで育てられ何事にもドライな柊也を、菜都はどんどん学園祭の仕事に巻き込んでいく。
「わたし、楽しみたいんです、できるだけ。生きることを」
柊也は、懸命に生きながらも屈託なく笑う菜都に心惹かれていく。
不器用ながら、必死に自分を変えようとする同級生の村田。
バイト先で優しく菜都を見守る由衣。
それぞれが何かを背負いながら、一歩ずつ歩いてく、小さな成長の物語。
プロローグ
遮断機のサイレンが鳴る。
柊也は立ち止まり、下りてくる遮断機に視線を合わせる。
遮断機が下りきったあと、目線の先、遮断機の向かい側に、線路脇のコインランドリーから出てくる女性が見えた。
女性はそのまま線路沿いを歩いていく。
あ…
先輩…
思わず声が漏れる。歩き続ける菜都を目で追いかける。
遮断機が開く。柊也は動かない。また下りてくる遮断機、電車で遮られる視界。
「にいちゃん」
突然背後から70代くらいの男性に話かけられる。
「え?」
柊也は振り返り、間の抜けた声を出す。
「やめとけ」
「え..」
「何があったか知らんが飛びこんだらいかん。命を粗末にすんな」
電車に飛びこもうとしていると勘違いされたようだ。一度遮断機が開いたのに立ち止まったままで不自然だったのかもしれない。
「そういうわけじゃないです」
「自分だけの問題じゃない、人にたくさん迷惑かけるんだ、それはいかん」
「迷惑?」
「そうだろ、生きていけ、悪いことは続かん」
「だから、そういうんじゃ..」
男性は柊也の声を遮る。
「人生は一度きりやろ」
柊也はやりとりに疲れて「はい」と言って、踏切を渡った。渡り切り、振り返ると男性はまだこちらを見ていて、右手をすっと上げた。柊也は少しだけ会釈をしてまた歩き出す。
ひとり暮らしのアパートに戻るとドサッとリュックを降ろし、ベッドに横たわった。
数分、天井を見上げる。
「めんどくさ」
柊也はそう呟きながら、線路沿いを歩く菜都の姿を思い出していた。
- 青くやわらかな送辞
大学に合格した時、外国にいる母に電話した。
「あ、おめでとう。入学費いくらとかいつまでとか、まとめといてくれる?」
忙しそうな母親のそっけない返事は想定内で、というより慣れたもので、柊也は分かった、と一言言って電話を切った。
小学生の頃、柊也の両親は離婚し、柊也は母親が親権を持つことになったのだが、出産しても4カ月で復帰するくらい仕事に没頭していた母は家を空けることが多かった。社長の側近で重要な仕事をいくつも任されているようで、事実上は、母がほとんどの決定権をもっているようだった。
海外での取引なども多く、柊也が高校生になってからは海外出張で数週間いないこともよくあることだった。
一人っ子の柊也は母がいない時は、朝は食べず、昼は高校の学食で、夜は大体コンビニで買うか牛丼屋で済ませることが多かった。
母はかなりの高収入で、元夫からの養育費もあり、お金には苦労しなかった。柊也名義の通帳にはコンスタントにお金が母から入金されていて困ることがなかった。それでも口座の管理は母がきっちり見ているのは仕事柄きっちりしているからなのだろう。
友達付き合いには深入りしない。けれど、ひとりにならない程度にほどほどに付き合い、自分のことはあまり話さない。
特に親のことを訊かれると、その特異な状況を説明するのは面倒だった。
特別、国立の大学を狙っていたわけでもなかった。
就職の実績がよく、それなりに名の知れた大学を考えていたら自然にそうなったのだが、実家からでは通える距離じゃないところを選んだ。
上京するというほどではなかったが、とにかくあの広い実家でひとりで過ごすのはもう嫌だった。一人でアパート暮らしがしたかった。学生寮もあるのだが、共同生活は気が向かない。
母親に、大学近くのアパートを借りたいと言うと、ちょうど来週一回帰国するから契約書とかもらっといてと言った。
口座には半年分の家賃が振り込まれた。
そうして始まった大学生活、柊也はサークルに入らない代わりに、学園祭実行委員会に入った。
学園祭実行委員会。
通称、「実委」。
菜都は、実委の2年上の先輩、3年生だった。
collum ファミレスでのお仕事①
ティントーン。
呼び出し音が鳴る。菜都はすかさず表示板を見る。26番テーブル。下膳した食器を一旦洗い場に降ろし、26番テーブルに向かう。その間、ポケットからオーダー用端末を取り出す。
「お待たせいたしました!」
「ビール先出してくれるー、大ジョッキで」
「恐れ入ります。ジョッキのサイズは決まっておりまして、大とかは無いんです」
お客さんは一瞬不愉快そうな顔をして、
「じゃあそれでいいから、キンキンに冷えたやつね」
「かしこまりました!」
菜都は冷蔵庫から冷えたジョッキを取り出し、サーバーからビールを注ぐ。
ティントーン。また呼び出し音が鳴る。ホールを見渡す。ホールは菜都を含めて4人、3人はオーダーを聞き取り中で、もう一人はレジ対応中だ。
時計を見ると18時55分。
(ちょっと過ぎちゃうな..)と思ったら、レジ対応が終わった安田由衣が、声をかけてくれた。
「いいよいいよ私いく。そのビールお出ししたらあがって!」
「すみません!」
由衣はニコって笑って軽く頷いた。
菜都はスタッフルームに入ると服を着替えて、ロッカーにかける。
裏口から外に出て、自転車のスタンドを蹴り上げて勢いよくこぎ出す。
菜都のファミレスでのバイトは10時から19時まで8時間入る日と、13時から6時間の日がある。
8時間働くと結構疲れる。
(がんばらないと)
夜の勉強時間は最低でも3時間は確保すると決めている。他の人はもっと勉強してるんだから。
10代最後の年、バイトと勉強に明け暮れているなんて、子どもの頃には想像もしていなかった。
二十歳を過ぎたらファミレスで「大ジョッキで!」とビールを頼む、そんな大人にちょっと憧れる。
