青くやわらかな送辞 第3話
クイッ、クイッっと指でスマホを操作し、手あたり次第にYouTubeで動画を観る。何にも頭に入ってこない。休日に、無駄に時間が過ぎていく。柊也は短い溜息をついてスマホをベッドに投げた。
「やめとけ」
踏切前で声をかけられた時のことを思い返す。
自分はそんなに踏切に飛び込みそうに見えたのだろうか?
どんな顔をしていたんだろう。
あの時、柊也は踏切越しに菜都を目で追いかけていただけだ。
そんな思い詰めた顔をしていたのだろうか。
スマホを手に取る。
黒い画面に映る自分の顔を見る。
上手く笑えないな。
いつも自分の笑顔はぎこちない。言われなくても分かってる。でもどうしようも出来ないな。
「実委には、どうして入ろうと思いましたか」
菜都のまっすぐな目を思い出す。
就職に有利だからなんてそんなことは本当は思っていなかった。そんなことを言ったら、クールな人の烙印が押されて、それから自分が楽になると思うから、柊也はいつもそんな答えを見つけてしまう。
新しい自分を見つけたいのか、昔の自分に戻りたいのか、柊也にはよく分からなかった。ただ、ここではないどこかへの漠然とした憧れがある。
学園祭実行委員会。そこにありそうな青さの中に、何かがあるような気がする。その「何か」は、憧れみたいな光景の中で、上手く表現できない。
ベッドから起き上がり、机の上の紙を手に取る。
令和7年度清輝祭実行委員会名簿。
3年生の欄を追う。
刈谷菜都(人間コミュニケーション学部)
異国の絵葉書でも見るかのように、柊也はしばらくその名前を見つめていた。
◇
5月のゴールデンウイーク明け、実委活動室で今年度の学園祭のスタートアップミーティングが行われた。
3年生8人、2年生11人、1年生9人、合計28人。
4年生は就職活動に専念するために、実委は3年の学園祭が終わったら引退する。
配られたプリントには作業内容と2年生、3年生の分担がすでに書かれていた。
前日までの分担は大きく企画委員会と総務委員会と渉外委員会の三つに分かれ、企画委員会はテーマ決め、前夜祭、後夜祭、当日のステージイベントの内容を考えて予算を積算して総務委員会に提出する。総務委員会は予算編成と会計を担当する他、広報全般を担う。渉外委員会は模擬店などに必要なガスや仮設電気、周辺警備などの業者発注や大学学生課との調整、協賛企業とのやり取りが主な担当になっている。
実行委員長は全体を取りまとめながら、月に一回全体会を通して各委員会の進行を確認しながら進めていく。
は?
柊也は正直唖然とした。
こんなの普通の会社じゃん..
予算だの業者との交渉なんかは大学職員がやって、実委はイベントの企画と当日の運営くらいをやっているものだと思っていた。
柊也はプリントを目で追い、菜都の名前を探す。
菜都は企画委員会で後夜祭のメイン担当になっていた。
実行委員長が前日までの動きを説明した後に、
「じゃあ、1年生の分担を決めます」と言った。
「1年生は希望の委員会に選んでもらって人数調整します。名前と希望する委員会をポストイットに書いて、書けたら出してー」
え?今決めるの?
1年生は一瞬目を見合わせたが、スイスイ書いて提出する人もいる。
出されたポストイットはホワイトボードに貼られていく。
柊也はどこに入ればいいか分からず、手が動かない。そのうち書けていないのは柊也ともう一人だけになってしまった。
実行委員長が言う。
「あー、あとは立川君と村田君、決まんない?えーっと、ちょっと総務が足りないかなー、二人とも総務でいいかな」
と言ったところで菜都が手を挙げる。
「あー、後夜祭担当わたしだけだとちょっときついー、立川君を企画に入れて」
「あー、じゃあオッケー、立川君は企画委員会で。あとは先輩が教えながら進めていきますー、じゃあ今日はこれで終わりです」
柊也は菜都と同じ担当になり少し心臓がばくばくした。
菜都が寄ってきて「よろしくね」と言った。
「はい..」柊也は照れを隠すように低い声で答えた。
かくして実行委員会は本格的にスタートをきった。
collum ファミレスでのお仕事③
13時。
菜都はフロアに入る。
今日は比較的お客さんが少ない。
窓際の席で高校生っぽい子が机にかぶりつくようにして勉強をしている。
(あ、いつもの人だ)
その高校生っぽい子は週に1回はこのファミレスに来て、長時間ドリンクバーで粘りながら勉強をしている。
気付くと由衣が隣にいた。
「また来てますね」と菜都は言った。
「ね」
「こういう時はどうするんですか?」
「うーん、別に悪いことしているわけでもないからねぇ」
「その席だけ冷房を強める、なんて聞いたことあるんですけど」
「ははは!それは都市伝説。そんなことしたらクレームの嵐になっちゃうよ」
「なるほど」
「家で勉強すりゃいいのにね」
菜都は家では意外と集中できない気持ちが何となく分かりながらも、
「そう、ですねぇ」と曖昧に返事した。「基本はどういう風に?」
「長時間注文なく居座られると他のお客さんが入れないから、お声かけ」
「お声かけ、ですか..難しいですね..」
「難しいよね。なんかさ、PC用の電源とかWi-Fiとか自由に使えるようなカフェとは違うからね、でもこういうお客さん少なくないよ、ファミレスも」
「居心地がいいですよね、多分」
「まー、私がちょっと言ってくる」
「あ、わたしが行きます」
「平気?」
「多分!」そう言って菜都はそのテーブルに向かった。
「空いているお皿、お下げしますね」
菜都はそう言って、パスタ皿を手に取った。
学生らしき男の子は「はい」と素っ気なく返事をした。
すーーっと、彼が広げている問題集らしきものに目をやる。
(あ)
菜都はそれが大学受験の過去問題集だと分かった。
わたしと同じ受験生か。
つい言葉が出る。
「受験生ですか?」
男の子は少しびっくりして顔を上げる。
「そうです」彼は素っ気なく答える。
菜都が振り返ると由衣が心配そうに見ている。
向き直り、菜都は続ける。
「わ、わたしもです」
「え?」
「わたしも、受験生」
「バイトしてて勉強大丈夫ですか?」
「あー、ほんとは勉強漬けがいいんだけどね」と言って菜都が笑うと彼も少し頬を緩めた。
「すみません。本当は長時間居たらダメなんでしょ?」
「あ、そうですね、長時間のご利用はご遠慮いただいております、って言わないといけないの」
「すみません。帰ります」
「あ、今日はすいてるから、大丈夫、だよ」
菜都はもう一度振り返る。
由衣が心配そうに見ている。
「がんばってね」そう菜都が言うと彼は菜都のネームプレートを見てから「刈谷さんも」と言った。
菜都は由衣のところに戻ってくる。
「あれ?言えた?」
「一応」
「帰らないって?」
「いや、帰るって」
「帰る雰囲気ないけど」
「すいてるからいいって言っちゃいました、がんばってねって言っちゃいました」
由衣は笑いを噛み殺した。
爽やかな空気が流れる。
ティントーン。
呼び出し音が鳴る。
「はーい」
由衣と菜都は同時に声を出す。
