青くやわらかな送辞 第5話
←第4話
花山煙火店は大学の最寄り駅から5駅のところで降りて、15分ほど歩いたところにあった。
平屋の建物と、隣に大きめの倉庫のような作業場がある。
平屋の建物の玄関に、大きな木が立てかけられ、縦書きで「有限会社花山煙火店」と書かれてあった。
呼び鈴を押すと、「あ”ーー、開いてるよ!」と大きな声がした。
引き戸をガラガラと開けると、奥から70歳くらいのハッピを着た花山さんが出てきた。
「あー、去年の姉ちゃんも一緒か」
「お久しぶりですー!今年もよろしくお願いします!」
菜都は元気よく挨拶する。
花山さんはちょっと頬を崩した。
土間から直接入れる小さな部屋が横にあり、そこが応接室のようだった。
応接室と言っても長テーブル2つとパイプ椅子が4脚あるだけだった。
花山さんは「ん」と言って、目で、座りな、と合図した。
柊也と菜都は並んで座り、花山さんは3人分の湯呑み茶碗を持ってきて、熱い日本茶を急須で注いでくれた。
じーっと柊也の顔を見る。
威圧感で柊也の方がこわばる。
「兄ちゃん、どっかで会ったことあるか」
(あるわけないでしょ)と思いながら、柊也は「いえ、ないです。僕はまだ1年なので」と言った。
「そっけ」と花山さんは言う。
「で、何発?」
一瞬固まる。
「今年は何発上げるんじゃ?」
柊也がポツポツと喋る。「ひゃ、150発でお願いをしたくて..」
「予算いくらじゃ」
花山さんはチラチラと柊也の顔を見る。
柊也は困って菜都を見る。
菜都が勢いよく言う。
「50万! です!」
花山さんはニヤッと笑い、椅子から立って部屋を出ていった。
「怒らせました?」
柊也は小声で菜都に言う。
「いや、大丈夫」
数分後、花山さんが戻ってきて、1枚の紙を机に置いた。
見積書と書かれた書類に手書きで書き込みがされている。
打上花火1式 150発 480,000円(税込)
菜都が声を上げる。
「ありがとうございます!」
「色とか、でかさとか、こっちに任せてな」
「はい!もちろんです!あ、のー」
「申請手数料やろ、込みでエエよ」
「ありがとうございます!」
交渉は僅か5分もかからなかった。
申請費用というのは、打上花火のために消防署や役所に事前に申請が必要で、いつも花山さんが代行でやってくれているらしい。
煙火店を後にする時、花山さんと菜都が少し話している。
柊也は玄関を出てそれを待っていた。
菜都が出てくると、少し表情が曇っているように見えた。
「どうしました?」
「あ、何でもない、お腹すいたね、何か食べよっか」
「あ、はい」
「駅戻る途中にファミレスあるから、そこでいい?」
ファミレスに入り、窓際の席に座る。
菜都はメニューを取りひとつを柊也に渡す。
「わたしこれだな」とミートドリアを指さす。
「あとスープバーとドリンクバー、立川くん決まった?」
「あ、はい」
菜都はボタンを押す。
ティーンと音がする。菜都はキョロキョロしている。
すぐに店員がやってきた。
「あー、わたしはミートドリアとスープバーとドリンクバー」
菜都は、どーぞ、という手ぶりをした。
柊也はビーフシチューオムライスとドリンクバーを頼んだ。
菜都はまたキョロキョロしている。
「どうしたんですか?」
「ん?」
「何か落ち着かなさそうですけど」
「あ、わたしファミレスでバイトしているから、何かね、いろいろ見ちゃうのよ」
柊也はファミレスでバイトしている菜都の姿を想像する。
「何か大人っぽいですよね、先輩って」
「そう?」
「ふたつしか変わらないとは思えないです」
「ふたつ?あぁ歳ね、ふたつじゃないと思うよ」
「え?」
「立川君、何歳?」
「今年で19です。今18」
「わたし、22歳だよ」
「22?」
「うん」
「4つも年上じゃないですか」
「いきなりおばちゃん扱いしないでよ」
「二浪したんですか?」
「二浪と言えば二浪だよね。学費をバイトで貯めてから入学したから。2年間ファミレスで週5で働いて、4年間かかるお金を貯めたの」
「そうなんですか?」柊也は驚いた。
「うん」
少し会話の間が開いた。
「学費って親が出すものかと..」
菜都は笑顔を崩さないで言った。
「うちはお父さん早くに亡くなって、母親しかいなくて、お母さんちょっと体弱くて働けないからさ」
柊也は喉が詰まる。母子家庭という、ひょんな共通点があった。
また間が開いてから柊也は言う。
「何か、奨学金とか、そういうのは..」
「あー、奨学金かー、何か社会人になった時に、いきなり借金背負ってるの嫌だなって思って。嫌じゃない?それにさ、お金借りながら大学来てると思うと、思いっきり楽しめなさそうでさ」
何となく、柊也は菜都の境遇や事情を想像できた。
「何か、先輩、強いですね」
「あっははは!全然強くないよ」
柊也は菜都と話している時は自然に自分の言葉で話せているような気がした。
料理が運ばれてきた。
「食べよ、いただきまーす」
菜都は本当に嬉しそうだ。
「立川君は?どう?大丈夫?」
「大丈夫、って?」
「何かこう、人に寄りかかれない感じよね、鎧着てる感じ?」
いきなり核心を突かれる。
「まー、わたしで良ければ話は聞くよ」
「ありがとうございます」
柊也は「寄りかかる」の意味を考えてみたけど、いまいちうまく想像出来なかった。
「先輩は、誰かに寄りかかりたくなる時あるんですか?」
柊也の心の片隅で、自分に寄りかかってほしいという密かな感情が動いてそんな言葉をかけると、上を向いて、数秒考えてから菜都は言った。
「誰かに寄りかかるとさ、その誰かが倒れたら一緒に倒れちゃうじゃない?」
その時柊也は、菜都が背負っているものの重さが分かった。と同時に、自分には全然この人に頼られるような鷹揚さがないことも。
「何でも聞くからさ」
菜都は念を押すように言った。
6月の実行委員会全体会では、全部の予算が決まり、今年の学園祭の全体像が出来上がった。
総務委員会の村田君も実委の仕事をしている時は意気揚々としていた。
「夏休み終わったら本格的に忙しくなるからみんなよろしくねー」と実行委員長が言った。
夏休み前に実行委員会で夕ご飯会があった。
20歳を過ぎた先輩はお酒を飲む人もいるようだが、あまり「飲み会」という言い方はしないらしい。
柊也は会場のお店に着くと菜都の姿を探したが見当たらなかった。
「あ、刈谷先輩は..?」
別の先輩に聞いてみると、「あー、菜都は今日バイトだって。結構いつも金欠って言って、たまにしか来ないよ、こういうの」
柊也は何となく納得した。
「た、立川君」
食事会の途中で村田君が隣にきた。
「僕は、実委に入ってよかったよ、充実感があるね」
「そ」
「ねー立川君」
「へ?」
「刈谷先輩とは付き合ってるのかい?」
ぶっ!ウーロン茶を吹き出しそうになった。
「そんなわけないじゃん、何で?」
「いや、ふたりで後夜祭担当でしょ」
「だからって付き合うとかないでしょ」
「す、好きなのかい?」
「は??」
「違うのかい?」
「いや、別にそういうのないけど」
「僕は好きな子ができたよ、同じ実委の1年生」
村田君はやけに正直だ。
「そうなんだ」
「学園祭が終わったら、言おうと思うんだけどどうかな?」
「い、いいんじゃない」
「うまくいくかな?」
「そりゃ分からないけど」
「応援してくれよ」
「まぁ」
「僕は変われる気がしてきたよ」
たまに柊也は村田君の不器用な実直さが眩しく見える時がある。あまり、自分と村田君は変わらない。それどころか、共通点がたくさんあるように思った。
学園祭が終わったら..か。柊也はバイト中の菜都を思った。
collum ファミレスでのお仕事⑤
「すいませーん!」
家族4人の席から呼ばれた。たまにボタンじゃなくてこうして大きな声で呼ばれる時がある。
「はーい」
菜都はすぐにそのテーブルに向かう。
「取り分け用の小さなお皿ありますか?」
まだ3歳くらいの小さな子が座っている。
「あ、はい!すぐお持ちします!」
すっとテーブルを見渡すと子ども用のスプーンとフォークが出ていないことに気付く。
「あ、お子様用のスプーンとフォーク出てなかったですね、すみません、すぐお持ちします!」
「あー、助かりますー」
こうして穏やかな家族の時はいいのだが、家族連れの時はけっこう親がイライラしている時も多く、接客に気を遣う。
前に、店長との月イチ面接でそんな話をすると店長は笑った。
「何か、怒られてるみたいだなぁ」
「え?」
「俺も3歳の息子がいてさ、外食する時もあるんだけどな」
「はい」
「子育てって、けっこう大変なのよ、自分の思い通りになんていかないしさ、ついつい人に当たっちゃったりな」
「なるほど」
菜都は親の気持ちに心を寄せる。
「まー、そんな風に思ってくれよ」
さらりと流されたようにも思ったが、店長の話は妙に説得力があった。
それ以来、菜都は家族連れの接客が苦にならなくなった。
