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THE ALFEEデビュー物語・その3 ~理想と現実の乖離(かいり)~

前回は“コンフィデンス”がAlfie(アルフィー)としてデビューに至るまでを綴りました。


これまでのお話↓

→ その2 ~長いものに巻かれた状態~


だけどそもそも何で、アルフィーというバンド名になったのか?
まずは、お三方がよく話している「ある日、突然アルフィーになった」という部分を、もう少し詳しくお伝えします。

グループ名も、コンフィデンスっていうんじゃヤバイよ。「オリジナル・コンフィデンス」という業界紙があるからって言われてね。じゃあどうしようかといろいろ考えた末、一時期“シド”って名前に決めて動きはじめていたんです。日音のあった赤坂のTBS会館の下にある店の名前と、それにドレミファソラシドの“シド”の両方の意味で。

[引用書籍] ALFEE「オーバー・ドライブ」
p.73, 1982年

「オリジナル・コンフィデンス」というのは、今の“オリコン”…音楽業界紙(当時はレコードの売り上げを調査していた雑誌)を発行していた会社です。
同じ名前だと、他の業界紙で取り扱ってもらうのに不都合が生じる、ということで他のグループ名に変えるよう指示されました。
それで考えたのが、シド
これでいこう、って本人たちは思っていたのに、ある日突然「おまえたちは今日からアルフィーだ」と一方的に決められてしまいます。
だから今でも「アルフィーという名前の由来は?」とメディア出演時に聞かれても、ハッキリした答えを返せないんです。
自分で考えたグループ名ではないですからね。

そして、デビュー曲『夏しぐれ』の有名なエピソード。
FMラジオ「THE ALFEE 終わらない夢」の第3回/2013年4月17日放送分でも話していました。
2017年出版の書籍からの引用です。

坂 デビュー曲は最初は桜井でいく予定だったのに……。
桜 そう、高見沢を見て、“高見沢君で行こう!”って。本当は桜井でいこうと思ってたのが、高見沢のルックスを見た途端に“いいね、ルックスが!”(笑)
高 だから、それが間違いだっていうの。
桜 それで、高見沢君で行くために、もう1曲作ってもらったのが「夏しぐれ」なんだよ。
坂 そうだよ。高見沢のための書き下ろしだよ。筒美京平さんと松本隆さんの。
桜 凄いなぁ!
高 ありがとうございました。

[引用書籍] 「THE ALFEE 終わらない夢 Vol.1」
p.29, 2017年

本来のA面(デビュー曲)は、桜井さんヴォーカルの『危険なリンゴ』でした。
“ハンドマイクで歌って、ギターは弾かなくていい”と言われたギタリストの高見沢さんと、“ギターを弾きなさい”と言われたヴォーカル専門の桜井さん。
無謀な変更ですよね…
以下、高見沢さんが語っています。

ぼくの場合、既に話したように最初はサポート・メンバーという形で参加したでしょう。だからコンフィデンス時代はいつも第三者的立場に立っていて、自分自身の主体的な問題としてグループのことを考えることがずっとなかったんです。
それがたまたまビクターでデビューすることになった時、「君がリード・ボーカルをやりなさい」ってことになっちゃったもんだから、そりゃ最初は、やっぱりすごく戸惑ってしまったわけですよ。
ギターやバックコーラスくらいならやれるとは思っていたけど、当時ボーカルの方は自分でもあまり自信がなかったから、筒美さんに「君のために作った歌なんだから、しっかり頑張れよ」なんて言われても、逆にすごいプレッシャーになるだけでね。だから自分で納得してやるとかやらないとか、そんな問題以前のところから出発してしまって、ただもう困ったなあと思ってるうちに、どんどん物事が進んでしまったというわけなんです。

[引用書籍] ALFEE「オーバー・ドライブ」
p.81, 1982年

もともと、桜井さんの声に惹かれてデビューを誘われていた所がある“コンフィデンス”なんですけど、いざその状況になったら見た目優先になってしまっていて。

まず最初に、これは違うなと思ったのは、デビューしてまもなくTBSテレビの「ギンザNOW(ぎんざNOW!)」のレギュラーになって出演しはじめた時。
とにかく他に出ている連中というのが、歌謡曲のアイドルスターを目指しているような新人タレントばかり。つまり、ぼくらもアイドル路線に組み込まれていたっていうわけなんですけどね。
その当時は高見沢がルックス的に一番アイドル性があると思われたんでしょうか、彼がリード・ボーカルにされて、白いスーツかなんか着せられてね。「ハンドマイクでうたいなさい」なんて言われたり、ただテレビカメラに向かって口をパクパクしてりゃいいだけ。そんな仕事やっても、ちっともおもしろいわけがないでしょう。
~途中略~
とりあえず彼に頑張ってもらって、ぼくらは決められた時間に仕事場に行って、バックでただボーッとギターを弾いてりゃいいって感じ。ただ与えられた仕事を適当にこなしているだけ。グループの音楽性なんか関係ないし、なんか別の人間が働いているようだった。もう自分は音楽をやっているんだっていう現実感もそのうちなくなってきてしまっていたんですよ。

[引用書籍] ALFEE「オーバー・ドライブ」
p.75-77, 1982年

坂崎さんもそう話すように、思っていたのと違うと感じながらも、すべて言われるがまま。
ちなみに「ぎんざNOW!」というテレビ番組は、平日夕方の帯番組の生放送で、Alfie(アルフィー)は木曜レギュラーだったそうです。

ぎんざNOW! - Wikipedia
[ウィキペディア]

この頃のことを、坂崎さんが以下のように振り返っているのが印象的でした。

デビューした前後のこの頃が、グループとしても一番まとまりのない時期だったんです。だからみんなで、これではマズイなんて話し合ったこともほとんどなかった。
~途中略~
自分の考えていたもの、望んでいた場所とはほど遠い所にいるな、同じフォーク・ギターを持って歌っていても全然違うなってことにすぐ気づいたんだけど、じゃあそのためにどうしたらいいのか、軌道修正の方法がわからない。そんな力もない。それで完全に流されてしまっていたというわけなんです。

[引用書籍] ALFEE「オーバー・ドライブ」
p.76, 1982年

…さて、このままどうなってしまうのか?
なかなか進まなくてすみません😅
続きです↓

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